#2
これまでも露骨な好意を向けられたことはある。だからそれほど危機感を持てなかったのかもしれない。
案外、大抵の子は相手にその気がないと分かると去っていくものだから。
「紅本先輩って、本当にかっこいいですよね。俺もそうなりたいなぁ……」
「あはは。全然かっこよくないよ」
この前未早に「俺ってかっこいいみたい」と言ったのは撤回しないといけない。
現実に他人から言われると、中々恥ずかしいものだ。照れくさいのを隠しながら、下駄箱で靴を履き替える。
「やっぱり、彼女さんいるんですか?」
「あー……」
彼女、ではない。いるのは彼氏だ。
でもそれを言うわけにはいかないから、つい言い淀んでしまった。
すると沙倉君は目を細め、秘密を打ち明けるように囁く。
「じゃあ、お試しで僕と付き合ってもらえませんか?」
「え?」
「僕、男の人と付き合ったことあるんです。だから多分、紅本先輩がしてほしいことも分かると思う」
……っ。
彼は足を止め、可愛らしい声で告げた。
しかし内容は全然笑えない。逡巡したのち、息をついてかぶりを振った。
「……ありがと。でも俺、付き合ってる子いるんだ」
他校の子だけど、と当たり障りない感じで付け足し、振り返る。
未早がいるから選択肢は決まってるし、沙倉君の為にも断らないといけないと思った。
これだけ綺麗な子だ。未早が言っていた噂と同じく、性別問わずモテているはず。
問題は本気度。
彼は、俺のことが好きなわけじゃないと思う。偶然見つけた先輩と、新しい恋愛を楽しみたいのだろう。
「って、それはそうと“お試し”とか言っちゃ駄目よ。自分のこと、もっと大事にして」
動揺からオネエみたいな口調で諭してしまった。
しかしこれが効いたのか、狼狽えてるのが伝わったようだ。沙倉君は頬を染め、恥ずかしそうに俯いた。
「そ……そうですよね。変なこと言って、すみません」
「ううん。俺の方こそごめんぬ」
さっきから駄目だ。噛みまくってるし、負の連鎖が止まらん。
背中にロケット背負って大気圏に逃亡したい心境だったけど、沙倉君は自分のスマホを取り出した。
「紅本先輩。……僕の連絡先消してください。僕も、先輩の連絡先消しますから」
「え、何で?」
「付き合ってる子がいるんでしょ? その子が知ったら、嫉妬しそうだから」
おぉ……。
そんなこと考えるなんて、繊細な子だ。
そこまでする必要はないんじゃないかと思ったけど、未早のことを思い出し、頷いて連絡先を消した。
「じゃ、失礼します」
沙倉君はにこっと笑って去っていった。
見た目よりしたたかな子……だけど、悪い子じゃないと思う。あくまで、俺と仲良くなってみたかったのかもしれない。
でも経験豊富な歳下と付き合う自信がない。
かっこいいどころか最高に情けない。調子に乗んのもいい加減にしろ、と自分に喝を入れたくなった。
経験値ゼロだから、同じようにウブな子か、少々ぶっ飛んでるぐらいの子がちょうどいいんだろうな。
────そう、まさしく彼のような。
「え。皐月、あの子の連絡先消したの?」
放課後。音楽室の改修工事で部活が休みになった為、未早と教室で待ち合わせた。
沙倉君との顛末を話すと未早は机に頬杖をつき、不思議そうに呟いた。
だけどその声音の中には、確実にホッとしたような響きが混じっていた。
「うん。沙倉君の方から、やっぱ消してくれって言ってきてさ」
「何それ。爆速で好かれて、爆速で嫌われたってこと?」
「嫌われたわけじゃねえよ!」
心外過ぎて全力でツッコんでしまった。
ほんと失礼な……そもそも俺は巻き込まれた側だぞ。
呆れられてるから告白されたことを教えてもよかったけど、やっぱりやめた。
万が一変な噂が流れても嫌だし、沙倉君はこれから本当に好きな子を見つけるかもしれないし。
それに、恋人が告白されたと知って良い気分になるとは限らない。俺にとって未早は自慢の恋人だけど……もし彼が他の男子に告白されたら、多分冷静じゃいられないと思う。
これも立派な独占欲なのかもしれない。
俺だけの未早だと思ってるから。……未早を狙ってる奴がいたら、絶対に近付かせたくない。
俺の手が届く範囲で、撫で回したい。
「ふうん……つまり、ちょっと惚れただけ、ってことだよね」
「はい?」
未早は腕を組み、ひとりで腑に落ちていた。急に何なのかと、食い気味に尋ねる。
「何が言いたいんだ?」
「あの子が皐月に近付いた理由。要するに見てくれだけで興味持って、近付いたってこと。それなら尚さら負ける気しないね。……かっこいいって思ったのは、別にいいけど」
最後の方はかなり小さな声で零し、未早は頬を搔いた。
「俺なんて、入学する前から皐月のこと見てたんだ。二年や三年ならともかく、同じ一年生には絶対負けない。負ける気がしない。俺は世界でい…………っちばん、皐月のこと好きだもん」
「…………」
あれ。
何か半ギレで、めちゃくちゃ闘志燃やしてるけど。
こいつ、自覚あんのかな。自分がすごい熱烈な告白して、沙倉君に嫉妬してることに。
「あ、あ~。そうだよな。そもそも年数が違う。お前の方がずっとすごいよ。大勝利!」
笑顔で拍手を送ると、彼はふふんと満足したように笑った。立ち上がり、俺に向かって手を差し出す。
「俺はいつも皐月が好きな気持ち抑えてるよ。あんな子より大人だから。……じゃ、帰ろ!」
子どもだなぁ。
ほんと、最高に生意気でめんどくさい。
だから最高に可愛過くて、絶対手放せないんだ。




