婚約破棄は、恒例行事です
手慰み数弾。
婚約破棄をすると、こうなるのです。
王都の学園の卒業式当日。
全校生徒とその保護者に、通達があった。
本日無事卒業した第四王子と、婚約者の婚約解消の儀を、王城で行うと。
それを聞いた隣国の第二王子は、激怒した。
「何処まで、あの御令嬢を傷つければ、気が済むのだっっ」
「信じられません。我が国の王は、とことん性根が腐っているようですっっ」
「矢張り殿下にしか、あの方を救うことは、できないようです」
第四王子とその婚約者の、学園での様子を見て、不信感をあらわにしていたのは、隣国の王子だけではなかった。
よそよそしく接し合い、形だけの関係であるのが明白な態度は、婚約者の令嬢を秘かに思っていた令息たちからも不満は届いていたし、王子自身、何よりも男のくせに定例の行動しかしない第四王子に、呆れかえっていた。
この国の第四王子は、王妃の実子で顔立ちは整っているが、何もかもが平凡な少年だ。
対する令嬢は、美しく立ち振る舞いも上品な完璧な少女で、一王子とはいえ、軽々しく婚約を解消して良い女性ではない。
このままでは、彼女には大きな傷がつき、最悪家からも見捨てられ、平民にされてしまうかもしれない。
隣国の王子は、そんな焦燥と共に、取り巻きとなったこの国の令息たちを見回した。
「……王城に、向かわなければ」
「お供いたしますっ」
パーティーが始まる刻限だったが、一同は構わず会場を飛び出し、馬車を急き立てて王城へと向かった。
王城に到着した後、謁見の間に到着するまでで幾度か、城の騎士や執務官に足止めされたが、何とか間に合った。
隣国の名を出しながら向かったそこの扉の前で、この国の王の声が厳かに響いたのだ。
「これをもって、第四王子と公爵令嬢の婚約を、白紙にするものとする」
響いた声に、静かな礼で答えた気配がして、王子は扉を力いっぱい押し開いた。
重々しく開いた扉の向こう側で、二人並んだ若い男女の背中があり、そのはるか前方に玉座に座る国王陛下が見える。
振り返り驚く若い二人を見据え、王子は声を張り上げた。
「お二人の婚約が白紙になったのでしたら、ご令嬢はもう、自由なのですね?」
「? え? どなた?」
「あ、あなたは、隣国の……」
戸惑う令嬢と第四王子に構わず、令嬢の前で膝をつく。
「私と、隣国へ参りませんか?」
「え?」
「は? 何をおっしゃっているのですか? 彼女は……」
今更慌てる第四王子は無視し、隣国の王子は令嬢を見上げて微笑む。
「私なら、あなたを幸せにいたします。どうか、遠慮せずにこの手を……」
「あの、遠慮も何も……」
「殿下? 何か、思い違いを……」
戸惑う令嬢の手を取り、慌てる第四王子の言葉を遮り、隣国の王子は立ち上がった。
自分よりも背の低い第四王子を見下ろしつつ、笑う。
「何だ? あれだけつれなくしていたくせに、誰かに捕られると思ったら惜しいと? 今更遅いっ」
「そ、そうではなくっ。手をお放しください。無礼ですっ」
焦って令嬢の手を取ろうとするのを振り払い、隣国の王子はつい、第四王子の顔を殴ってしまった。
呆気なく吹っ飛ぶ少年に、悲鳴を上げた令嬢が駆け寄ろうとするが、その体を捕まえ、王子は優しく言った。
「さあ、行きましょう。こんな国より、我が国の方があなたを幸せにできる」
「そうです、ご令嬢。我々もお供いたします」
「あなた方、本当に、先程からっ。どうか、お放しくださいっ。……殿下っ」
倒れて動かない第四王子に、悲壮な声を投げる令嬢を、取り巻きと三人で抱え込み、抗うのにも構わず扉の方へと向かった。
と、腹の底から吐き出したかのような溜息が、謁見の間に響いた。
と同時に、三人の前に大きな壁が立ちはだかる。
「……第二王子殿下。他国での非礼、しかと見届けさせていただきました」
冷ややかに言葉を発したのは、この国にはいないはずの、母国の宰相だった。
その背後には、武装した騎士が数名控えている。
「? 何故、お前がここに?」
驚いた王子たちの腕から抜け、令嬢は第四王子の元に駆け寄る。
「ああっ。殿下っ。お怪我は……っ」
「大丈夫だ。済まぬ。矢張り私では、守り切れないようだ」
「何をおっしゃるのですかっ。この婚約期間が、どれだけ心安らかだったか、先程も申しましたっ」
学園では見せなかった、熱のある会話が交わされているのを、隣国の王子は呆然と見つめた。
その傍で、取り巻きの令息の一人が、呟く。
「……どういう事だ?」
「どういう事も何もない。お主らのような穢れから、聖女を守るために、第四王子を婚約者としていた。これより、令嬢は神殿に入り、聖女としての洗礼を受ける」
「はあっ?」
取り巻きたちと第二王子の声が、揃った。
この国の王は代々、ピュアで知られている。
それはもう、他国でも知られた事実だ。
善行を施すのも恥ずかしいと考える血筋で、聖女の世代交代の度に、学園を卒業する聖女候補の令嬢に向かって、婚約者となっていた王子が婚約破棄を声高に宣言するのが、恒例となっていた。
「その慰謝料として神殿に多大な寄付をし、婚約を破棄した王子を神官として神殿に押し込め、聖女を労うのが、この国の習わしです。まあ、我が国の王子が知らぬというのも、少々問題ですが、この国の貴族の御子息が知らぬのは、どういうことなのでしょうな?」
隣国の宰相はぽかんとしたままの三人を、呆れたように見ながらも、玉座の方に声を投げた。
「親にも教えられているであろうし、何より聖女候補が学園にいる旨は、知らされているはずだ。この国の歴史を語るうえでも、大切なこと故、誰でも知っていると思い込んでいた」
「それは、盲点でございましたな」
宰相が厳かに頭を下げ、後ろの騎士に命じた。
「第二王子には、国にお帰り願う。お連れしろ」
「は」
返事をした騎士二人が王子をはさんで腕をとると、国王陛下も自分の国の騎士に、低く命じる。
「その者たちを、貴族牢へ」
「は」
騎士たちが動くのを見ながら、従者に短く告げた。
「かの者たちの保護者を、王城に召喚する」
「は」
すべてが速やかに進み、終わった。
喧騒と共に、隣国の王子と取り巻きの令息が回収された後、重々しい扉は再び閉められた。
締め切られたのを見計らい、残った隣国の宰相が脱力した。
厚い敷物が敷き詰められた床に座り込んでいた若い二人が見る前で、大柄で固い印象の彼が膝を折り、天井を仰ぐ様を見て、玉座に座る国王陛下も、体中の空気を吐き出す勢いで息を吐き出した。
「うまく済んだっっ」
「? ?」
令嬢が目を丸くする傍で、第四王子が涙ぐむ。
「良かった。今度こそ、貴方を守れる」
「殿下?」
戸惑う令嬢は、知らない。
彼女は本来、パーティーの最中に、婚約破棄されるはずだったことを。
それは、本当に恒例行事として組み込まれていたのだが、そこで今と同じ事態になった。
違ったのは、隣国の第二王子の聖女の誘拐が、成功してしまったことだ。
パーティー会場という、観客も多い中で、誘拐を阻み切れず、聖女を失くしたこの国は、その後大荒れした。
犯罪者を出した隣国も、その荒れに巻き込まれ、二つの国はそれぞれ、他の国に吸収されるまでになってしまったのだ。
当の第二王子とその取り巻きは、令嬢の頑なな態度に苛立ち、逃げる途中で暴行に走り、その勢いで手にかけてしまった後、何処かに逃げてしまったらしい。
令嬢の婚約者だった第四王子は、変わり果てた姿で戻ってきた令嬢を見る前に、殴られたときの怪我が元で、命を落としてしまっていた。
何もかもが後手に回ってしまったことを、死ぬまで後悔したのだが、息が無くなったと思った瞬間、巻き戻っていた。
時期は、聖女候補が卒業する、七日前。
それから大慌てだった。
婚約の件を切り出す場を、パーティー会場から、王城の謁見の間に変更し、その旨を隣国にも伝えた。
これで、何もかもを防げればよかったのだが、予想以上に頭が軽かった隣国の王子は、謁見の間にまで土足でやってきてしまった。
「……まあ、土足でも構わない場所ではあるが、礼儀も何も、忘れてしまっていたのだな」
「申し訳ありません。このことは、我が国の王にも、包み隠さず報告いたします。その上で、処罰いたしますので、どうか……」
宰相の下手な申し出に、国王は鷹揚に頷いた。
「適切な対応を望んで居る旨、伝えていただければ、助かる」
適切な対応。
隣国は、誠実に適切な対応をした。
第二王子を平民に落としたうえで、斬首に処したのだ。
「他国の聖女の誘拐を企てたのだ、当然である」
そんな声明が出され、国王は天井を仰いでしまった。
「……うむ。これでは、あの令息たちも保護者頼みの処罰は、優しすぎるか」
取り巻きだった令息二人の、凄惨な運命が決まった瞬間だった。
何というか、テンプレって、うまく書かないと鳥肌モノになってしまいますね……。




