第1話 目立たない転生者
桜井灯里は、放課後の教室でぼんやりと窓の外を眺めていた。普通の女子高生、勉強も運動も中の上。特別な才能も、目立つ容姿もない。そんな自分が、今日も平凡に過ごしている――と思った瞬間、世界はぐらりと揺れた。
「う、うそ……」
気づけば灯里は、見知らぬ森の中に立っていた。辺りは緑の香りに満ち、鳥のさえずりが聞こえる。手には見慣れないローブ、そして胸には小さな魔力石のようなものが光っていた。
「え、これ……夢……じゃないよね?」
後ろから聞き覚えのある声がした。振り向くと、白い鎧を着た少年――いや、青年が立っている。
「君、無事か。突然の転生は危険だと聞くが……」
彼の名はリオネル。王国の見習い騎士で、王族直属の魔法軍団に所属しているという。灯里は戸惑いながらも、事情を説明した。
「なるほど……君は普通の人間、だな」
その言葉に灯里は少しむっとした。平凡なのは否定しない。でも、ここで普通だと決めつけられるのは癪だ。
森を抜けて村に向かう途中、灯里はふと気づいた。草花の知識、調理の心得、簡単な治癒魔法――全部、日常で無意識に身につけたことが、ここでは役立つ。
「……やっぱり、私、できるかも」
灯里は小さく笑った。地味でも、凡人でも、努力は無駄にならない。そう信じて、この世界での第一歩を踏み出した――。
森の向こうに小さな村が見える。ここから、灯里の異世界生活が静かに、しかし確実に動き出すのだった。