第九話 街に馴染むふたりと、追放された剣士
街の朝は、鐘の音とともに始まった。カイルとイリスは、日課となったギルドでの依頼掲示板を眺めていた。依頼の大半は、迷子の猫探し、壊れた水路の修理、商人の荷物運びなど、戦闘を伴わない雑務ばかりだったが――
「こっち、昨日の花屋のおばあちゃんからの依頼だって。お花畑の手入れ」
「行こう。イリスが行くと、あの人、すごく嬉しそうだったからな」
イリスは、どの依頼主にもよく懐かれる。不思議と皆、彼女を見ると顔をほころばせ、差し入れを渡してくるのだ。街の子どもたちには「イリちゃん!」と呼ばれ、まるでアイドルのような存在になっていた。
「えへへ。なんか照れるけど……嫌じゃないな、こういうの」
イリスはそう言って、街の人たちに笑顔で手を振る。小さな子どもが花を持って走ってきて、彼女の手に渡していった。
「イリちゃん、お花あげるー!」
「ありがとう、かわいいお花だね」そんな微笑ましい光景に、カイルは目を細める。
(イリスは、こういう穏やかな時間が似合う……)
その日の依頼を終えて戻ると、宿の女将が出迎えてくれた。
「イリスちゃん、おかえり。今日もありがとうね。よかったら台所、手伝ってくれない?」
「うん! やってみたい!」宿の厨房に入ったイリスは、女将の指示を軽々とこなし、さらには即席でスープを仕上げてしまった。
「ちょっと……これ、あたしが出してる料理より美味しいかも……?」
「そんなことないよ。ただ、食べた人が元気になってくれたら嬉しいなって……」
そのやりとりの後、宿では「イリス特製スープ」が話題になり、彼女はさらに住民たちからの好感を集めていった。ギルドでの活動を重ね、ついにカイルとイリスはEランクに昇格した。
「ここまで順調に進めたのは、イリスのおかげだな」
「んー、カイルの作戦とか、気づきとか、すっごく助かってるし。あたしも頑張るね!」
討伐系の依頼に手を出そうと考えていたその日。
ギルドのロビーで、荒れた声が響いた。
「お前なんかと、もう組めるかよ! 足引っ張るだけじゃねえか!」
「……そんな……私は……」
「“瘴気”をまき散らすだけで、味方もやられるんだ。お前のせいで、何度連携が崩れたと思ってる!」
怒号とともに、女剣士がひとり、床に倒れた。銀の鎧が傷つき、肩を震わせながら下を向いている。
カイルとイリスは、思わず立ち止まった。
「カイル……あの人……」
「見に行ってみよう」静かに、二人は彼女のもとへ歩み寄っていった。
広場の一角、人だかりの中心で、金髪の少女が俯いていた。ギルド内でも名の知れたCランクパーティの男が、大声で彼女を罵っていた。
「お前のせいで連携が乱れたんだ!魔法が暴発して、あやうく全滅しかけたぞ!」
「……っ」
少女は反論もせず、唇を噛んでいる。(どう見ても、完全に言いがかりだ)
カイルは少し距離を取りながら、状況を観察していた。
イリスが不安げに隣に立つ。
「カイル……止めなくていいの?」
「もう少しだけ、様子を見る。ああいう罵倒に対して、彼女がどう反応するかで、ある程度……人柄が見えてくるからな」
「うん……でも、かわいそう」イリスは胸元をぎゅっと握る。
やがて男たちは捨て台詞を吐き、レイナを置いてギルドから出ていった。人だかりが少しずつ散っていく。静かになった空気の中、金髪の少女――レイナは肩を震わせていた。
(たぶん……もう、何度も同じことを繰り返してきたんだろうな)カイルはそっと近づいた。
「なあ……大丈夫か?」
声をかけると、少女はゆっくりと顔を上げた。長く艶やかな金髪が肩から流れ落ち、その青い瞳には、耐えるような光が宿っていた。
「……何? あんたも同情しに来たの?」
「違う。ただ、気になっただけだ」イリスもそばにしゃがみ込む。
「ごめんね。無理に話すつもりはないの。ただ、ちょっとだけお話できたらなって……」
レイナは少しのあいだ黙っていたが、やがてぽつりと答えた。
「……あいつらの言ってること、間違ってないの。私のスキル、使ってるだけで、周りに悪影響を及ぼすの。だから、どこへ行っても同じ。“邪魔だ”って言われて、最後には追い出される」
イリスが眉を下げて、優しく微笑んだ。
「でも、戦ってるときに魔力がもれるのって、それだけ力がある証拠だよね?」
「……どうせ制御もできないのに?」
「だったら、制御できるように練習すればいい。私たちも、得意なことばかりじゃないよ。
苦手なことがあっても、それを分かってくれる仲間がいれば……きっと、違う景色が見えると思うな」
カイルは小さくうなずいた。
「試してみる気はあるか? 一度だけ、俺たちと組んでみないか?」
レイナは目を見開き、戸惑った表情を見せた。
「……ほんとに? 私と組むと、大変だよ?」
「大変なことは、もう慣れてる。それに……俺たちのパーティには、天才的なサポート役がいるからな」
「カイル……もう、またそういうこと言う」
イリスが照れながらも、うれしそうに笑った。
レイナはぽかんと二人を見て、そして、ふっと小さく笑った。
「……じゃあ、試してみる。一度だけ、ね。失敗したら……そのときは笑ってバイバイしてよ」
「そのときは俺も、一緒に笑ってやるよ」
こうして、金髪の女剣士──レイナが、カイルとイリスの旅に加わることになった。
──まだ、誰も知らなかった。
この出会いが、やがて国の運命を変えるほどの大きな波を生むことになることを。
◇ ◇ ◇
「というわけで、初心者向けの迷宮依頼を一つ受けてみたわ」イリスが依頼書をテーブルに置きながら微笑む。
「街の北に小さな迷宮があるんだって。スライムやゴブリンが出るらしいよ」
「ありがたい。実戦で動きを見られるのは助かる」
カイルがうなずき、視線をレイナに向けた。
「本当にいいのか? いきなり迷宮なんて」
「むしろ歓迎よ。あたしのこと、ちゃんと見てくれるんでしょ?」
その瞳には、追放を重ねた過去に負けない、静かな決意が宿っていた。翌朝、三人は北の迷宮へと向かった。
入り口は森の外れ、小高い丘に口を開けるような裂け目だった。
「ここが……初心者向けとはいえ、やっぱり空気が違うわね」
カイルが《観察眼》で周囲を確認しながら、一歩ずつ進んでいく。しばらく進むと、ぬるりとした音と共にスライムが現れた。
「数は多いけど、弱そうね」レイナが前に出て、剣を抜いた瞬間──
「──展開、《瘴気の剣域》」淡く紫がかった霧のような瘴気が、レイナを中心に広がる。
本来なら味方すら精神に影響を及ぼすはずの力──
だが──
「カイル、近くに立ってて平気なの!?」イリスが驚いたように声を上げた。
「大丈夫。《神気障壁》がある。状態異常は一切受けない」
カイルはレイナの真横に立ち、気配を探りながら淡々と応える。
「そっちに霧を重ねるぞ、《フォグ・ブラスト》!」
霧と瘴気が交わる迷宮の通路。視界を奪う霧の中で、カイルとレイナが並んで敵を掃討していく。
──ズバッ! ズシュッ! ギャアア!スライムやゴブリンたちが次々に倒れていった。
「……おかしい」戦闘が終わり、瘴気を収めたレイナがぽつりとつぶやいた。
「普通なら、これ……味方も気分が悪くなるのに。あなた……平然としてる」
「《神気障壁》があるおかげさ。君のスキルの影響は受けてない」
「そっか……。あたしのせいで誰かを傷つけることもないって、そう思っていいのね?」
「当然だろ。むしろ、連携が取れるなら心強い」
レイナは一瞬、驚いたような顔をしたが──すぐに口元をほころばせて、小さく頷いた。
「……ありがとう。本当に、ありがとう」イリスも優しく笑って近づく。
「ね、レイナ。今日の夕食、あたしが作るから、一緒にどう?」
「……ぜひ。味見役、がんばるわ」三人の歩調は自然にそろい、迷宮をあとにした。
──傷ついた力が、ようやく居場所を見つけようとしていた。
■《瘴気の剣域【ミアズマ・ブレードゾーン】》要約
分類:領域展開型スキル(補助/弱体化)
発動形式:使用者の周囲半径約10メートルに瘴気の霧を発生させる
(使用中は剣技の威力が増し、瘴気が剣にもまとわりつく)
効果:敵味方問わず影響
・領域内の敵に継続的な微弱ダメージ
・精神的圧迫/錯乱の状態異常(意志力の低い者に特に有効)
・魔力操作・集中力の低下
・使用者自身には影響なし
◇ ◇ ◇
夕食の席。木製の丸いテーブルを囲んで、温かい香りが部屋に広がっていた。今夜のメニューはイリスの手作りシチュー。煮込まれた野菜と肉の香ばしさに、自然と会話も和やかになる。
「……本当に、美味しいですね。こんなに温かい食事、久しぶりです」レイナがそう言って、ほっと息をついた。彼女の銀の鎧は壁際に外して置かれており、今はただの一人の少女の顔だ。
「イリスの料理は、どこで食べても評判になると思う」カイルが笑うと、イリスは嬉しそうに微笑んだ。「ふふ、じゃあ明日も張り切って作らないとね!」そのとき、レイナがふと真面目な表情に戻った。
「……カイル。今日、私のスキルの影響……本当に受けなかったのですね?」
「ああ。《神気障壁》があったおかげで、全然平気だった。むしろ、あの瘴気があって助かったぐらいだよ」
「……そう。そうなんですね」レイナは静かに頷き、カイルの顔を見つめる。
「これまで私は、どのパーティでも嫌われて、必要とされなかった。でも、あなたは――私の近くで魔法を使ってくれた。躊躇いもせず、背中を預けてくれた。……それが、嬉しかったです」
「レイナ……」
「だから、もし……迷惑じゃなければ。私も、このまま……仲間として、共にいても……いいですか?」
レイナの声は静かだったが、真っ直ぐだった。それは今まで、何度も拒絶されてきた者の、慎重な問いかけだった。カイルは迷わず答えた。
「もちろんだ。俺たちは仲間だよ。これからも、よろしく頼む」レイナの目が、すこし潤んだ。
「……ありがとうございます。ほんとうに、ありがとう」
そのまま皆で、温かい夕食を囲んだ。まるで、ずっと前からこうしていたかのように、自然に。静かだが、確かに“絆”が深まっていく時間だった。
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