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第8話 クローン人間。

*** 京都科学大学・再生医療研究室。


蛍光灯の白い光が無機質に降り注ぎ、静まり返った研究室には、遠くで鳴る冷却装置のモーター音が、空気の緊張をじりじりと焼いていた。


培養器のガラスに反射する顕微鏡の光。無数のサンプルと、ラボの隅に積まれた電子カルテの端末。その一角、奥のカウンターでは、白衣を着た二人の若い研究員が、紙コップのコーヒーを片手にひそひそと声を落としていた。


「……絶対に、言えないよな」


一人が机の端に寄りかかりながら低く呟く。視線は空のペトリ皿の奥、誰にも見えない場所を見つめている。


「オマエ、だったら……ショック?」


もう一人が小さく笑いながら訊ねる。笑ってはいたが、その目は冗談を投げているようで、どこか本気の答えを欲していた。


「そうだな……なんか、偽物っぽいし。嫌かも」


呟きと同時に、指先が無意識に紙コップをカタカタ揺らす。その小さな震えが、言葉以上に本音を物語っていた。


「……実はさ。オマエもクローンだよ」


唐突な一言に、一瞬空気が止まる。


「え? マジ?」


目を見開いて息を呑む友人に、言った本人がすぐに肩をすくめて笑った。


「冗談だよ、冗談」


「……笑えねぇよ」


苦笑を返しつつも、どこか冷や汗のようなものが背筋を流れていく。


「それにしてもさ……クローンが、クローンをつくるための研究してるなんて、ふざけた話だよな」


「教授も酷だよな。よりによって……アイツにそんなことやらせるなんて」


「自分がクローン人間だって知るのも、もう時間の問題だよな……」


二人はふと、黙り込んだ。

息を呑むような静けさの中、冷蔵庫の冷気が低く唸る。


「……オマエは? 自分のクローン、つくらないのか?」


「もう……つくったよ」


あまりにあっさりとした口調に、相手が目を丸くする。


「……え、聞いてないぞ。その話」


「じゃあ今度、飲みの席にでも連れていくよ。ヤバいぐらい、俺にそっくりだから」


「そりゃそうだよな。オマエのiPS細胞から生成してるんだからな……」


そのとき、研究室のドアがガラリと音を立てて開いた。


「お疲れー」


ケンが現れた。黒髪の前髪が少し乱れ、手にはラボのマグカップ。だが、その笑顔にはどこか力がない。


「あっ、お、お疲れ……」


慌てて姿勢を正す二人。空気が僅かに変わったのを、ケンも感じ取っていた。


「……どうしたの、二人とも。なんかコソコソしてない?」


「いや、あの……この前の合コンのときの話だよ。ちょっとな」


「誰か、気になる子でもいたの?」


「いや……みんな、お高く止まってるお嬢さんでさ。微妙だなぁって」

軽く肩をすくめて苦笑い。だが、表情が強ばっていたのは、ケンの目にも映った。


「へぇー……」


ケンは静かに頷いたあと、ぽつりと漏らした。


「……ケン、お前さ……今日、テンション低くないか?」


その問いに、ケンは少しだけ笑って、ゆっくり首を横に振った。


「ああ……実は、アオイのお母さんに拒否られちゃってさ」


一瞬、空気が止まる。二人の視線が同時にケンへ向いた。


「……挨拶、行ったのか?」


「うん、先週。気合い入れてスーツ着て、手土産も持っていったんだけど……」


ケンは机の縁に腰を預け、両手を軽く広げる。


「何をしでかしたってわけでもないのに……初対面だったんだ。なのに、明らかに拒絶されて」


「……マジか」


「……じゃあ、もしかして、結婚はボツ?」


「……今のところはね。でもアオイ以外は考えられないから。諦めない。原因を見つけて、お母さんを説得するつもりだよ」


ケンの声には、どこか自分に言い聞かせるような張りがあった。


「……そっか。俺たちで何かできることあったら言えよ。協力するよ」


「ありがとう」


ケンは、ほっとしたように微笑んだ。


「……よし、そろそろ俺たちは帰るか。ちょっと外で飲みたい気分だし」


「おう、お疲れー。また明日な」


ふたりはそれぞれのバッグを肩にかけ、扉の方へ向かう。

ケンは背中に「ありがとう」と小さく呟いたが、彼らは振り返らずに手を軽く挙げて研究室を後にした。


再び静寂が戻った部屋に、ケンはひとり残された。

マグカップの温度が、指にじんわりと染みていた。


──なぜ、ハナさんは自分を見て、あんな目をしたのか。おまけに、わざわざ手紙を送ってくるほどの拒絶は、よっぽどだ。

やっぱり、孤児院で育ったことが原因なのだろうか?


頭の片隅に浮かぶ、アオイの母の表情。


孤児院で育ったケンは、両親を知らないし、興味もなかった。

いないのが普通だったからだ。

だが、もしかしたら、両親に何か問題があるのかもしれない。

(ハナさんになんらかの、危害を加えたとか......)


ケンは、自分自身が知らない、自分の秘密を探ろうと考え、

ゆっくりと椅子に座りなおし、ノートPCの蓋を開いた。


改めて、自分が育ったセントマリアンヌ養護施設を検索してみた。


検索した記事の一つに、ハッとした。


『セントマリアンヌ養護施設、クローン人間の積極的な受け入れで、ポストヒューマン社会の幕開けを支援』


「え!?、もしかして.......俺は..........」







荒削りの小説ですが、興味を持っていいただけるようでしたら、評価ポイント、ブクマ、率直な感想など頂けると、大変ありがたいです。

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