第5話 MN20251010。
*** ケンとアオイの家。
アオイが一人で、デスクに向かって仕事をしている。
ノックも無しで、いきなりドアが開き、ケンが興奮気味に飛び込んでくる。
「アオイ!、ミオの夢や嫉妬の謎、解けた!」
ケンはデスクの脇に立ち、指先で無造作な黒髪をわしゃっとかき上げる。
「え?、ほんとに?」
アオイは視線をパソコンのモニターからケンに移し、目を見開き応える。
「犯人は、コイツだよ」
ケンは指でつまんだ小さなメモリーメディア――“MN20251010”と書かれたシールが光るチップ――をデスクに転がす。
「何それ?」
「ミオの体内に入っていたAIチップ」
「取り出したの?」
「うん。この中に、ミーナと、ミーナの一人称視点で得られる情報が全て組み込まれていた」
アオイは白い歯を軽く噛み、人差し指を深く口に押し当てて考え込む。
「えっと、それは、つまり、ミーナ自身の事だけではなく、彼女が知っている私たちの過去の行動も全て、記録されているということよね?」
「そう。僕たちの情報も、しっかり」
「嫉妬の情報も?」
「うん」
「嫉妬の情報が入っているのは、おかしくない?ミーナが生きてた頃は、まだ、私達付き合ってないし」
「嫉妬に似た言動と行動は、AIによって後から生成されたんだと思う。おそらく、ミオがこの家にきてから」
「AIが自発的に学習したということ?」
「そうだと思う。死ぬ前までの、ミーナの情報には、僕たちが、愛し合っている情報はなく、僕と付き合っている情報しかなかった。
つまり、この家にきてから、僕たちが付き合っていると言う事を追加学習したんだと思う」
「ヒューマノイドは、機械なのに、嫉妬するような感情があるの?」
「感情は無いけど、生成AIによって、嫉妬に似た言動と行動は生成されるよ」
アオイは眉根を寄せ、人差し指の歯形を確かめるようにそっと抜く。
「あ、なるほどね。だから、まるで、嫉妬しているかのように、私たちの仲を邪魔するような行動をするのね」
ケンは頷き、額に落ちた前髪を払う。
「そうだと思う。人間もそうだけど、感情があっても、その感情を隠していると誰にもわからない。言葉と行動で示して、初めて相手に伝わるよね」
「そうよね。感情って、表現しなかったら、外から見たら、無いのと一緒だもんね」
アオイの脳裏に、過去にミーナへ抱いた嫉妬が蘇り、胸がちくりと痛む。思わず指先がまた口元へ――自分の癖に気づき、そっと手を下ろした。
「AIチップを抜いたので、これで、もう、ミオはおかしな行動はしないということ?」
「そうだけど、抜いたままの状態だと、そもそも、ミオは全く動かない」
「うまく、ミーナの情報だけ抜けないの?」
「AIの構造上、それは無理なんだ。動作するための基本的な情報と一緒に学習されているので」
「つまり、ミーナの情報だけ、独立して記録されているわけではないということ?」
「そうだよ。このAIチップに入っている情報は、学習済みデータなので、学習前のデータではないから、分離はできないんだよ」
「じゃあ、どうするの?」
「選択肢は、二つだよ。一つが、ミーナの情報を持っているという事を受け入れて、今まで通りミオを使う。二つ目が、破棄」
「ミーナの事は気になるけど、ミオを破棄したくない、なんか、かわいそう」
――そう言いながらも、アオイは不安を紛らすように爪先で床をトントンと打つ。
「うん。僕も、同じ。ミャーを殺すのと同じ感覚だよ。ペットというか、家族というか....」
「そうよね。機械ってわかっているんだけど、人の姿をしているし、言動も行動にも、魂のようなものを感じるので.....殺すのは無理かも」
「72時間以内に、このAIチップを戻さないと、自動的にシステムがシャットダウンされて、ミオは永遠に動かなくなるみたい」
「後、何時間あるの?」
「昨日、抜いたから、後2日間ぐらいはある」
「一旦、メモリーを戻して、ゆっくり考えない?」
「そうだね。それが最適解かもね」
「でも、誰が、どうやって、どんな目的で、仕組んだの?」
ケンは深い溜息を吐き、再び髪をくしゃくしゃにした。
「それは......全くわからない。推測すらできてない.......残念だけど白紙だよ」
「あ、そうなんだ.........ケンでもわからないんだ........」
アオイは悔しげに小声で呟き、唇に指を当てる。
「アオイ、なんか、推測できる?」
「ごめん、実は、私も、嫉妬の原因を探ろうと思って、ずっと、考えていたんだけど、わからなくて」
「そっか。そうだよね」
「なんか、気持ち悪いんだけどね」
「わかる.........、あ、それから、アオイが見た悪夢の話しだけど......」
「私の夢もなんか関係あるの?」
「おそらくだけど、ミオが、無線で、アオイの脳に直接、送信したんだと思う」
「そんな事できるの?」
「調べてみたら、脳を構成しているシナプス間の信号を疑似的に作り出して、それを埋め込むことができるみたい。要するに、アオイの視覚と聴覚がミオにハックされ、侵入されたということ」
「難しくてよくわからないんだけど、つまり、あのミーナが出てきた悪夢は、夢じゃなくて、ミオが恣意的に私の脳内に作り出したフェイク映像ということ?」
「そうだと思う」
「そういえば、確かに、悪夢を見たときに、足もとに、ミオが立っていた.....」
「水を持ってきたという名目で部屋に入ってきたよね」
「ミオ、すごいね。そんな事できるんだ。ちょっと怖い.....」
「ヒューマノイドも高性能過ぎない方がいいのかもしれないね」
「AIが暴走すると、マジで、ヤバそうね。完璧に人間が制御できるようにつくれないの?」
「今主流になっている生成AIは、人間の脳を模倣してつくられていて確立論で動いているんだよ。だから、時々、開発したエンジニアでも予測できない行動や言動をするんだよ」
「逆に言えば、自律可動させなければ、100%制御できるヒューマノイドになるの?」
「生成AIを使わずに、一昔前のAIを使えば、100%制御できる。けど、全ての行動、言動を一つずつ定義して、プログラムに落とし込むという作業が必要なので、定義された、ルーティーン作業、単純な行動しかできないロボットしかつくれないと思う」
「なんか、難しく、私には、よくわからないけど、とにかく、ミオを完全に制御することはできないという事だけはわかったわ」
ケンが、しばらく、天井を見つめながら、ポツリを呟く。
「........あれこれ、話ながら、ふと、思ったんだけどさぁ」
「何?」
「昔、僕がミーナが付き合っている時、アオイもいつも一緒で、結局僕らはいつも三人で行動していたよね」
「懐かしい」
「変な話だけど、ミオとも同じように、付き合ったらどうかな?」
「ん?どういうこと?」
「だから、ミーナの生まれ変わりのミオも、友達として、一緒に連むというアイデアだよ。ミーナを除け者扱いするから怒るんじゃないかな」
「ケン、ハーレム状態で、なんか、ずるい気がするけど、言ってことはわかる」
「もし、うまくいけば、3人で快適で、楽しい時間が過ごせるはず」
「あんまり、自信ないけど.......他に選択肢なさそうだし......」
「じゃあ、決まりね。これからは、ミオをミーナと思って接するんだよ」
アオイは指を噛みかけてハッと止め、視線を逸らす。
「ミオにケンを取られそうで……少し怖い」
ケンが、笑いながら応える。
「ヒューマノイドなので、浮気はありえないし、昔はミーナが好きだったけど、たとえ、今、目の前にミーナがいても、アオイを選ぶよ」
「うん。わかった。うれしい」
アオイはわずかに頬を染め、うっすら涙を浮かべて微笑む。彼女の指はもう唇に届かない。ケンの手がしっかり包み込んでいる。
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