第4話 ミーナの影。
片付けを終えたミオが、ダイニングの照度センサーのように無音で歩み寄る。二人の前まで歩み寄り、初めてミオの方から話かけてきた。
「お願いがあります」
「……どうしたの? ミオからお願いなんて初めてね。なんでも言って」
アオイは少し驚いてマグカップをそっとテーブルに置き、無言でミオを見上げる。ケンも椅子の背から身を起こし好奇心むき出しの視線を送った。
「服を――買ってもいいですか?」
ケンは、想定外のミオからのリクエストに戸惑いながらも、平静をつくろって答える。
「え?、服?、んー......まあ、そうだね。ずっと同じ服だったし。洗剤の薬剤でシミも付いてるしね」
「私、買ってきてあげようか?」
アオイの言葉を遮るように、ミオは首を水平に振る。
「……できれば、自分で選びたいです」
「へぇー凄いね。ヒューマノイドなのに、まるで女の子みたいだね。センス、見てみたいな」
冗談めかした声を落としながら、ケンはタブレットをスワイプ。マイクロ倉庫での労働報酬ログが青い数字を弾く。
「残高は十分。二万円以内なら自由にどうぞ」
「ありがとうございます」
ミオは深く頭を下げると、そのまま玄関へと向かい、すぐに姿を消した。
アオイとケンは声を潜めて顔を見合わせる。
「ヒューマノイドが、どんな服を買ってくるのか……気になる。センス良かったら、私のも選んでもらおうかな」」
「お、それいいじゃん。どんな服買ってくるのか....福袋よりもワクワクする」
=== 数時間後―玄関。
電子錠のチャイムが鳴り、午後の琥珀色の陽が斜めに差す。
「ただいま戻りました」
ミオが敷居を越えた瞬間、室内の空気密度がわずかに変わる。ケンとアオイは反射的に廊下へ駆け寄った――が、ミオの姿を見た瞬間、アオイとケンから笑顔が消え、笑みが凍り付く。
* 小花柄のワンピース。
* 首元で揺れる細いシルバーのネックレス。
* 毛先がふんわりとカールしている茶色のポニーテール。
なんと、それは...........他界したミーナの定番スタイル.........そのものだった。
玄関の温度が数度下がったように感じた。アオイの指先が震え、ケンは息を飲む音すら出ない。
ミオは二歩前進し、背筋を垂直に保ったまま問いを放つ。
「……似合いませんか? ダメでしょうか」
ケンは言葉を探す。喉に貼りつく唾を無理やり飲み込み、なるべく穏やかに口を開く。
「う……うん。似合ってると思う。けど……どうしてその服と、その髪型を?」
ミオは目を伏せ、ぽつりと呟いた。
「可愛いと、思ったからです」
ショックを受けて落ち込んだかのように。踵を返し、足音のない歩行でキッチンへ戻った。
残された二人は玄関マットの上で石像のように固まる。
ケンは目を閉じ、肺の底の空気を絞り出す。
(.......顔立ちは全く違うが、雰囲気があまりに似すぎてる。まるで……魂が戻ってきたみたいだ──ミーナの記憶を学習したとしか思えないが........ミオにミーナの情報は与えていない.....)
わずかな沈黙の後、アオイが、震える声で、ポツリと囁いた。
「……実は夢みたの……ミーナが出てきた。今まで見たこともない鬼のような怖い顔して、『私達のこと絶対に絶対に許さない』って……」
「昨晩?」
「だいぶ前の話。タイミング的には、ちょうど、ミオが来た日」
「なんで、言ってくれなかったの?」
「うん.....ただの夢だし......ミーナの話なので微妙だなぁって思って言えなかった」
ケンはアオイの両手を包み込み、視線を合わせる。
「そっか。いずれにしても、ただの夢だよ。──ミーナは、俺たちを恨んだりしないよ。そんなヤツじゃなかったろう?むしろ応援してくれると思う」
「でも……私、ミーナからケンを奪ったんだよ?」
涙がこぼれ、頬を伝う。ケンは額を軽く合わせ、低く囁く。
「俺がアオイを選んだ。俺がアオイを好きになった。だから、アオイは、後ろめたさなんて抱えなくていい」
アオイは微笑むが、その横顔を伝う涙は乾かない。
「……うん。あの子は、ずっと私の味方だったから、恨んでないって信じたい.......」
アオイは、少しほっとしたように微笑み、ケンの胸に頭を預けた。
ケンは、アオイを抱きしめながらも、頭の中では、この状況を整理していた。
(ミオはどうやってミーナを再現した?
なぜ、ミーナを真似るような格好をする?
アオイはこれまで悪夢を見たことすらなかった。それが、なぜ?
――『動画を見ているようだった』という感覚も気になる。
リモコンなしでテレビを操作できるミオの通信機能......まさか。
もしミオが、視覚・聴覚情報を直接アオイの脳へ送信できる能力を持っていたとしたら........『夢』ではなく『記憶の挿入』だ。
そして、仮にミオのメモリーに、ミーナに関するあらゆる情報が格納されているとしたら──。
僕の好物がひじきで、アオイのがエッグベネディクトだという事を知っていたことなど、すべての辻褄が合う。
アオイは、ミオが嫉妬していると言っていた.......ただ、誰が、何の......目的でこんなコトするのだろうか........)
ケンは、少し謎が解けた気がしたが、 肝心な部分が全く見えない。まるで雲の中を歩いているようだった。
いずれにしても、ミオのメモリーを確認してみようと思った。
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