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第9話 人間、ヒューマノイド、クローンの共同生活。

*** ケンとアオイの家。


雨がぽつぽつと窓を叩いていた。湿った空気がリビングを包み、外の世界が遠くに感じられるような静けさが漂っていた。


「まったく……お笑いだよ」


ケンは、背もたれに体を沈め、深いため息をついた。天井を見上げるようにして目を閉じたその横顔には、疲労と諦めが滲んでいた。


「らしくないね。どうしたの?」


アオイがそっと近づき、ソファに腰を下ろしながらケンの顔を覗き込む。彼の目の奥をのぞくように、静かな声で問いかける。


そのすぐそばで、ミオは無表情のまま立っていた。だが、彼女の瞳はしっかりとケンに向けられていて、いつでも言葉を差し挟めるような、微かな緊張を纏っていた。


「俺たちってさ、実は、すごい家族なんだよ」


ケンは自嘲気味に笑った。口元は笑っていたが、瞳にはまったく光がなかった。


「どういう意味?」


アオイの声が少し震えた。彼女の指先はソファの縁を無意識に掴んでいた。


「人間、ヒューマノイド、そして……“クローン人間”が一緒に暮らしている」


言葉が宙に落ちる音が聞こえるようだった。


アオイは、呼吸を忘れたように沈黙した。その目が一瞬だけケンを見つめた後、何かを拒むように視線をそらした。


時計の針が静かに進む音だけが、部屋の空気を切り裂いていた。


やがて、ケンがまた深く息を吐いた。重く、長い、諦めに満ちた吐息だった。


「灯台下暗しだったよ。研究室の保冷庫にしっかり、僕のIPS細胞が保存されていた」


彼の声は淡々としていたが、その裏には深い衝撃が隠れていた。言葉を紡ぐたびに、ケンの手が髪をくしゃくしゃと掻きむしるように動いた。癖だった。動揺のサインだった。


アオイが唇を噛みながら、重い口を開いた。


「つまり……ケンは……京都科学大学の研究室で、つくられたの?」


その問いは、まるで彼女自身の現実が音を立てて崩れていくのを確かめるような響きだった。


「大正解! さすが、アオイちゃん、かしこい!」


ケンは無理やり明るい調子を作り、道化のようにおどけた。だが、その声の軽さは、返って部屋の重苦しさを際立たせた。


アオイは返す言葉が見つからず、視線を床に落としたまま、じっとその一点を見つめ続けた。指先が震えていることに、彼女自身さえ気づいていなかった。


「アオイさんを騙したわけじゃありません。僕もこの事実を知ったのは昨日です。僕は嘘をつかない誠実なクローン人間でーす」


ケンのわざと軽やかな口調ではなす。ただ、その笑顔は明らかに痛々しかった。壊れた人形のような笑顔だった。


その瞬間、アオイの目から涙が溢れた。


「ヤメて! そんな言い方しないで!」


感情が爆発するように、アオイは叫んだ。震える声と涙に、自分自身でも驚いているようだった。


ミオが、静かに口を開いた。感情の波に呑まれることなく、機械のように整った声音だった。


「そもそも“人間”を基準にして考えるから、話がややこしくなるんです。

たしかに、生物の世界では人間が頂点に立っているように見えます。でも、生き物にはみんな“寿命”という制限がありますよね。


その点、ヒューマノイドは機械ですから、心をデータとして永遠に継承できる可能性を持っています。

クローン人間はというと、肉体そのものを何世代にもわたって受け継いでいける存在です。


つまり、それぞれ役割も仕組みも違うんです。比べるものじゃありません。

“どっちが上か”じゃなくて、“どれも価値がある”という考え方が大切だと思います。


昔、人間が犬や猫と一緒に暮らすようになったように——

これからは、ヒューマノイドやクローン人間と共に生きる時代が来ると、私は思います」


彼女の言葉はどこかで聞いた講義のようだったが、その中に微かに宿る “祈り” のような温度が、アオイの胸を締めつけた。


「価値があるか……でも、アオイのお母さんに拒否られたしな……」


ケンがつぶやくように言った。


「お母さんは、ケンがクローン人間であることを知らないと思う。だから、それは関係ないよ」


アオイがゆっくりと顔を上げた。涙で濡れた目に迷いと希望が交錯していた。


「でもさ、結論としては……お母さんが言ってた通り、結婚はやめよう。というか、そもそもクローン人間って、結婚なんかできないんじゃないかな……」


ケンの声は静かだった。でも、そこには諦めと、自分自身をどこかで見捨てているような響きがあった。


アオイは、涙を拭おうともせず、肩を震わせた。


これは絶望の涙ではなかった。混乱と恐れと、まだ言語化できない何かが心を満たしていた。


「私だって……わからないよ。もしかしたら、クローン人間なのかもしれない……」


ぽつりと落とした言葉に、部屋の空気が一瞬で変わった。


「それはないよ。アオイ、お父さんにはあんまり似てなかったけど、お母さんにそっくりだもん」


ケンが、苦笑いを浮かべながら答えた。いつもの調子に戻ろうとしていた。でも、その笑顔は、どこか寂しげだった。


アオイは思った。

――ケンと笑って、ミオとたわいない会話をして、ただ、普通の、平穏な生活ができれば、それで幸せだったはずなのに。


なぜ、こんなにも普通じゃない、複雑で、息苦しい人生を生きなければならないのだろう。


アオイは、天井のどこかにいるはずの神様を、静かに、心の底から恨んだ。





















荒削りの小説ですが、興味を持っていいただけるようでしたら、評価ポイント、ブクマ、率直な感想など頂けると、大変ありがたいです。

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