閑話#52ー1 皐月のなんてことない一日……になるはずだった日:上
「んっ、んん~~……ふわぁ~~…………ん、もう十時か……」
沈んでいた意識が浮上するような、そんな感覚と共に目を覚ました私は、枕元に置いてあるスマホを手に取り、表示された時間を見て呟いた。
「今日の仕事は…………あぁ、そう言えば休みか……」
まだぼんやりとする頭で今日の予定がどうなっていたかについてを思い出し、今日が何もない休みだった理解する。
「とりあえず、起きようか」
いつまでも布団にいると、せっかくの休日を睡眠で終わらせてしまうかもしれないので、私は温い布団の誘惑を振り切って、ベッドから出る。
「さむ……やっぱり、二月ともなると冷えるか……」
モデルたるもの、体を壊すような真似は基本的にしないが、寝る時はどちらかと言えば薄着な私なので、温かった布団から出た直後に襲うひんやりとした空気でぶるりと体が震えた。
もう少し厚着をした方がいいかもしれない。
「まずは、コーヒーでも飲もうかな」
起きて最初はコーヒーを飲む。
これが私のルーティンだ。
まあ他にもいろいろあるにはあるんだが……今日は休日なので、特に気にしない。
というわけで、リビングに移動して、コーヒーメーカーを使ってコーヒーを入れる。
朝はブラックを飲むので、カップにブラックコーヒーを淹れてから、軽く息を吹きかけて一口。
「ふぅ……目が覚めた。さて、とりあえず、何か連絡が来てないか確認でもしようかな」
私はスマホを三台持っている。
一台はプライベート、一台はモデルとして所属している事務所のスマホ、そしてらいばーほーむ用のスマホ。
人からすれば、一台のスマホで済ませた方が楽、とか思うかもしれないが、色々なリスクを考慮した結果がこれだ。
というか、どこから情報が流出するかわからないし、仮に一台のスマホでまとめていた場合、誤爆する恐れもあるからね。
そうなったら目も当てられない。
というより、世の中には社用携帯というものがあるわけだし、あれと同じだ。
「んー……特になしだね。となると、今日はのんびり過ごせるわけか」
普段の私と言えば、基本的にモデルとしての撮影をこなしつつ、同時にらいばーほーむのライバーとしての活動を行う。
今日みたいな完全オフはどちらかと言えば少ない方だ。
らいばーほーむとしての活動も、実質的には仕事のようなものだし。
事務所に所属しているということは、そういうことだから。
「何度も思うが……モデルとして芸能事務所に所属しつつ、同時にVTuberとして活動するのって、かなり特殊だよね……」
そんな独り言を零しながら、苦笑いを浮かべる。
モデルになること自体も学生時代は予想していなかったし、そこからさらにVTuberになるとも思っていなかった。
どちらもかなりの収入になっているから助かるし、だからこそ一人暮らしであるにもかかわらず、一軒家を購入できたわけでね。
どちらも人気が出てよかったと思う反面、なかなかに疲れるのも事実。
モデルの方はかなり楽ではあるが、ライバー活動の方はらいばーほーむのドラッグカーたちが暴走しまくるので、私がかなり疲れる結果に。
個人配信ではまだマシだが、これがコラボともなると私の疲労は倍々ゲームに。
最近は、二期生の常識人が既に過去の人になってもいるし、おかげで私の疲労はすさまじいことに。
だが、別に辞めたいとは思わない。
なんだかんだで楽しいからね。
それに、最近は……
「柊君も入って来てくれたし、ね」
それが一番大きい。
私にとっての心のオアシスこと、柊君。
同時に、一人の女性として狙っている柊君。
バレンタインのあの日、私は色々と確信し、無敵になっている。
柊君の想い人は私だろうということを確信しているからね!
まあ、25歳の女性が、17歳の男子高校生に対して恋慕する、というのは倫理的にどうなんだろう、と思わないでもないが、そんなものは時間が解決してくれるからね。
それに、そういうことをしなければ特に問題はない。
ようは、やることやらなければいいわけで。
「とはいえ……彼はとんでもない鈍感朴念仁だからね……割と直球な言葉をかけても、柊君は気付かないみたいだし。……というか、あれは最早病気だと思うんだが……」
椎菜ちゃんと麗奈ちゃんの二人もいて、三人同時にチョコを渡して、しかも柊君宛のチョコは外装も全然違うものにしたというのに、なぜ気付かないのだろうか。
あそこまで来ると、実は脳に何らかの病気があるのではないか、そう思ってしまうよね。
あとあのチョコ、普通に本命だしね。
……気持ちを伝えられてない以上は、本命と言えないのかもしれないが。
「とはいえ、いつかは気付いてくれると嬉しいんだけど」
なんて言ってみるが、柊君の場合はドストレートに言わないと駄目な気がしなくもない。というか100%そうだと思う。
あれはもう、直球に言わなきゃいけないと気付かない病気か何かだろうし。
だが、私としては高校卒業後の方が告白は好ましいし、望ましい。
別に、付き合うだけならば彼が学生でもまぁ、問題はない……と思う。うん、問題ない。
だが、そこまでは問題はないとは思うんだが……さすがの私も、恋人同士になったら自分の内なる獣を抑え込める自信がない。
というか、絶対に獣が顔を出して、柊君を美味しくいただいてしまう気しかしない。
そうなったら、私はただの淫行痴女になってしまうし、モデルとしてもライバーとしても色々とアウトになってしまう。
故に、告白は卒業後がいい。
「なんて言うが……さすがに、私もいい歳した女性だし、うん……色々と不安になるし、欲求とかもね……」
なんて言ってみるが、私は生まれてこの方恋人ができたことはない。
というか、恋愛的な意味で人を好きになったのも、柊君が初めてだと思う。
なぜ好きになったのか……はまあ、好みドンピシャだからっていうのもあるけど、色々とね、優しい言葉が私に突き刺さった結果だよね。
「とはいえ、今は自分でどうにかするとして……この後はどうしようか」
柊君のことを考えるのをやめ、この後の予定について考える。
「家にずっといる、というのもそれはそれでもったいないし……散歩……いや、ショッピングモールにでも行って、ショッピングでもしようかな」
そうと決まればささっと準備だね。
誰か誘おうかとも考えたけど、さすがに休日くらいは一人になりたいので、一人で行くことに決めた。
……誰かを誘ったら誘ったで、私の疲労が凄まじいことになるのは目に見えてるから。
◇
というわけで、浜波市にあるショッピングモールに。
「なんだかんだ、ここに来てしまうんだよね」
ちなみに、移動手段はバイクだ。
大勢で遊ぶときは電車での移動だけど、一人の時はバイクの方が何かといいからね。
あと、ストレス発散。
「さて、まずはどこへ行こうか」
特に何か目的があって来たわけではないので、歩きながらどこへ行こうかと考える。
一階なら、ブティックなどが多いし、二階に行けばゲームセンターとフードコートや、雑貨店などがあって、三階に行けば映画館やアニメ関係のショップがあるが……。
「一人だと、案外どこを回ろうか迷ってしまうんだよね」
二人以上であれば、話し合ってどこへ行こうか決められるけど、今日は私一人。
何をするにも自由ではあるが、それは同時に選択肢が多すぎて迷うことでもある。
とりあえず、適当に歩こうかな。
ちなみにだが、今日の私の服装はシャツに革ジャン、あとはデニムの長ズボン。
バイクだからね。
変装として、帽子とサングラスはしてるが……まあ、バレることはないはず。
何はともあれ、まずは一階のブティックをはしごしようかな。
そう思って歩き始めたところで、
「ん? 皐月さん?」
ふと真横から声をかけられた。
聞き覚えのある声というか、私がよく知る人物の声だったので、すぐにそちらへ視線を向ければ、そこには自宅で思い浮かべていた人物が。
「柊君じゃないか。奇遇だね」
「そうですね。皐月さんは買い物ですか? それとも、友人と遊びに?」
「いや、今日は完全オフでせっかくの休みだったので、なんとなくでこっちに来ただけだよ。柊君は?」
「俺は……まあ、ちょっとゲームセンターに用があったので」
「へぇ、一人かい?」
「いえ、クラスメートと一緒ですね」
「あれ? 椎菜ちゃんはいないのかい? あとは麗奈ちゃんも」
「椎菜は今日父親の命日で墓参りに、朝霧は事務所の方に行ってますよ。例の件で」
「例の件……あぁ、あれ、彼女受けることにしたのかい?」
「はい。ノリノリでしたね」
「社長もなかなかに思い切ったことをしたとは思うよ」
「あー、それはたしかに……」
まあ、気持ちはわかるけど。
らいばーほーむのスタッフ側には、椎菜ちゃんと栞に対する耐性持ちがいないからね。
その点、麗奈ちゃんは完全ではない物の、そう言ったものを持っているし、社長も欲しがっていたからね。
……まあ、引き込むためにまさか倍率1000倍のVRゲームをプレゼントするとは思わなかったが……。
「……」
社長のいかれっぷりを考えていると、柊君から視線を感じた。
心なしか顔が赤いような気がするが……。
「何かおかしなところはあるかい?」
「あ、い、いえ。なんて言うか、初めて見る格好だったんで、新鮮だなぁと」
「あぁ、そう言えば普段はこういう姿じゃないからね。似合ってないかい?」
「あー……個人的にはすごい似合ってます、よ? 皐月さんカッコいい系ですし、革ジャンとか似合うんだなぁって……」
「――ふふっ、そっかそっか。君はこういう私が好きなのかな?」
恥ずかしがりながらの褒め言葉に、私の心臓がドキッと跳ねる。
嬉しいのと恥ずかしいので顔が熱くなって、ドクドクと心臓がうるさくなるけど、私はそれを表に出さないように柊君をからかってみる。
「え!? あ、いや、まあ……好きっちゃ好きですけど……」
「そうかいそうかい!」
なるほど、柊君はこういうのが好き、と。
それに、こういう反応をすると言うことは、やっぱりあの確信は間違いじゃなさそうだ。
なんだか嬉しくなる。
「おーっす、高宮ー。戻ったぜ……って、おおぅ!?」
「おいおい、どうした高木……って、何ぃ!?」
「お前ら何を驚いて……って、マジかよ」
ここで柊君のクラスメートが戻って来てしまったみたいだ。
できれば、二人でいたかったんだが……残念だ。
「やぁ、こんにちは。君たちは確か……あぁ、プールで会った子たちかな?」
「う、うっす! あ、あー、もしかして高宮と話してた感じで?」
「偶然会ってね。少しだけ会話を。だが、君たちが戻って来たし、私はここでお暇しようかと思ってね」
私はたまたま会っただけに過ぎないし、ここで出しゃばるのもどうかと思うので、名残惜しくはあるが、そろそろ離れるべく、そう告げる。
まあ、同じ事務所所属のライバーである以上、会話する機会はあるはずだし、別にここだけじゃなくてもいいからね。
なんて思っていたんだが……。
「あ、そう言う事なら、こいつ連れてっていいっすよ!」
高木と呼ばれていた子が柊君の背中を押して、こちらに近づけて来た。
「どういうことだ!?」
「いやお前、これはどう考えても行かなきゃダメな奴だろバカ」
「そうだぞ高宮。お前ただでさえ女の敵してんだから、こういう時はいかなきゃダメに決まってんだろアホ」
「んだな。ってか、お前はそろそろ腰を落ち着かせろやマヌケ」
「お前らはなんで罵倒してんだよ!?」
「「「いいから行け鈍感野郎」」」
「ちょっ!?」
「ってなわけなんで、俺たちはこれで!」
「どうぞどうぞ、こいつを貰ってやってください」
「俺たち、応援してるんで!」
「「「では!」」」
そう言い残して、男子三人は去って行った。
あとに残ったのは、私と困惑した顔の柊君だけに(まあ、周囲には人がいるが)。
「あー……まあ、なんだ。柊君がよければ、私と一緒に遊ぶかい?」
「皐月さん、なんかすっごい嬉しそうな顔してません……?」
「はは、気のせいだよ。それで、どうかな?」
「……まあ、俺としても普通に嬉しいので、是非」
「じゃあ、行こうか」
「はい」
どこか照れくさそうに笑う柊君を見て、
よぉぉぉぉぉぉぉし!
私は心の中でガッツポーズをした。
意図せずしてデートすることになったぞ!
既に私のことが好きなのはほぼ確定的ではあるが、このデートでダメ押しをしておきたいところ。
……まあ、そんなことは二の次だが。
せっかくの機会だし、デートを目一杯楽しむとしよう。
本編が思い浮かばなかったので、皐月の閑話をぶち込んだらなんか恋愛ものになった。
本作で一番ラブコメしてんの、この二人だよねって言う……。




