バレンタイン特別IFー2:メイン#1 椎菜×恋雪の場合
先に言っておきますが、私は恋愛描写や話を書くのが死ぬほど苦手です。
二月十四日バレンタイン。
日本に住み、そして問題なく成長していきさえすれば、どのような行事なのかを理解する年に一回だけ存在する行事。
主に、女性が意中の相手、もしくは普段から仲良くしてくれている同性へチョコ、通称友チョコや、友達止まりの異性の友人に送る、義理チョコ、意中の相手へ渡すための本命チョコ。
とまあ、渡すチョコの意味は複数存在するが、この中において、渡す側が最も大変なのは、間違いなく本命チョコである。
人によっては勘違いされて面倒くさいのが嫌だ、という意味で義理チョコの方が大変なのかもしれないが、基本的には本命チョコだろう。
本命チョコ。
すなわち、恋人になりたい、という意思表示をするチョコ。
そんな本命チョコだが、らいばーほーむにおいて、作る者はほぼいないだろう。
そう、ほぼ、ほぼなのである。
決して0というわけでもないのだ。
では誰がそれに挑戦しているかと言えば……
「う、うぅ、で、できる、気がしない、です、よぉ……!」
らいばーほーむ汚部屋組、シャトーブリアントリオ、コミュ障、最強ゲーマー……まあ、色々と肩書がある、御月美うさぎこと、戸隠恋雪である。
「で、でも、わ、わたし、だって、やる時はやるん、です……!」
一人であるにもかかわらず、おどおどしている恋雪は、現在進行形でキッチンの前に立っていた。
立っているだけだが。
そんなうさぎの目の前には、チョコレート(何をトチ狂ったのか、お高い奴)がまな板(一度も使ったことがないので新品)の上に置かれており、その横には包丁(無駄に切れ味のいい職人が丁寧に作った奴)が置かれている。
既に財力がおかしいことになっているが、こいつは金持ちバカなので気にしたら負け……というか、気にしたら速攻で意識がシャットアウトすることだろう。
総額とか考えたくもない。
さて、そんな恋雪がやろうとしていることは、見てわかる通り、チョコ作りである。
そう、チョコ、チョコだ。
それはつまり、ある種料理よりも難易度が高いとされる、お菓子作り……!
らいばーほーむ内において、恋雪の家事能力は藍華とワースト一位の座を争うほどに壊滅的!
料理は、焼く! 煮る! のみ!
こいつには、揚げることも、蒸すことも、和えることもできないのだ……!
なんだったら、適当にベーコンとかハムとか切って焼くくらいしかできない。
信じられるか? これでこいつ、24歳なんだぜ!
……尚、この世界線の恋雪は本編軸よりも椎菜との絡みが多くなっている。
具体的には、全員コラボをした一ヶ月以内に椎菜が恋雪の家に行くという形で。
初めてうさぎの家の惨状を目にした時は、それはもう烈火のごとく怒った。
家事ができないことに対して怒ったのではない。
人が生活する上で、問題だらけの環境を放置したことに怒ったのである。
まあ、椎菜のその辺の考え等については、本編軸で死ぬほど理解していると思うので割愛するとして……。
何はともあれ、こちらの時間軸では、椎菜と恋雪の交流がやや早くなったために、二人は……というか、高頻度で椎菜は恋雪の家に来るようになっていた。
掃除をしに来る、という意味で。
その結果、今まではゴミ屋敷過ぎた恋雪の自宅は、床が全て見え、ゴミに隠れることはなく、清潔な状態が保たれるようになった。
だから、というわけではないのかもしれないが、二人は何かと一緒にいる機会が増えた。
そんな生活が続き、2024年のバレンタインの一週間前。
恋雪はふと思った。
思ってしまった。
「あ、あれ? も、もも、もしかして、わ、わたし……し、椎菜さんのことが、す、好き、なのでは……!?」
と。
今まではなんとなく一緒にいると落ち着くなー、とか、一緒にいるの、楽しいなー、とか、もっと一緒にいたいなー、とか思っていた。
どう聞いても、好きだろそれ、と思ってしまうくらいには、割と椎菜のことを考えることが多かった恋雪。
だが、相手は超が付くほどのコミュ障……。
恋愛感情という物を理解できていなかったし、知識にある恋愛というのは、全てギャルゲばかり。
つまるところ、好き、という感情を理解できていなかったのだ。
もちろん、恋愛を抜いた、親愛や友愛などの好きという感情は理解できていた。
だが、恋愛的に人を好きになったことがない(というより、そもそもの話、恋愛で人を好きになるほど人と接しなかったので……)ので、恋雪は椎菜に対しての想いなどが恋であることに気付かなかったのである。
あとはまあ、単純に自分の感情に鈍感だというのも原因だろうか。
そうして、自覚してしまった恋雪は、一人であわあわ。一人でうろうろ。一人でごそごそ……。
好きであることを自覚してしまった恋雪の行動は色々とアレだった。
例えば、椎菜が家にやって来た時は、
「こんにちは! 今日もお世話しに来たよ!」
「ひあぁぁ!? しししし、し、椎菜、さん!? な、なに、何故、こ、こここ、ここにぃ!?」
インターホンを鳴らしてから家に入って来た椎菜に驚いて、すてーん! と派手にすっ転んだり、
「恋雪お姉ちゃん、はい、あーん」
「ぴゃ!? い、ぇ、んぁぁぁ!? あちゅい!?」
「大丈夫!?」
にこにこ笑顔で差し出されたオムライスにびっくりして、スープを零して太腿にびしゃぁ! したり、
「恋雪お姉ちゃん、顔が赤いよ? 大丈夫?」
「にゃああ~~~~~~~~~~~!?」
椎菜が原因で顔を赤くする恋雪を心配した椎菜が、恋雪の額に手を当てて熱を測ろうとしたら、いつもの運動不足っぷりの貧弱体はどこへ行ったのやらと言わんばかりに、猫のような悲鳴を上げてごろごろと後ろに転がり、ゴンッ! と後頭部をぶつけりしていた。
まあ、あれだ。
初めて人を好きになったことによる気恥ずかしさと、生来の超コミュ障が合わさった結果、会話……それどころか、顔を合わせることすらできないレベルで椎菜と接することができなくなってしまったのである。
なんとも哀れな兎だ。
あまりにもおかしな行動を取る恋雪に、椎菜は首を傾げつつ、本気で心配。
それと同時に、もしかしたら嫌われたのかもしれない……とも、ちょっぴり思うようになってしまっており、ここの所、少しだけ気分が落ち込み気味だったりする。
とまあ、そんな一件があったあと、恋雪は思い立った。
「ば、バレンタインに、こ、告白を、すれば、いい、のでは……?!」
と。
あの超コミュ障が! 告白を!! 選択したのである!!!
そうと決まれば、バレンタインに合わせてチョコを作ろうということになり、恋雪は急いで材料を取り寄せた。
その結果が、お高いチョコ、やたら切れる包丁の二つである。
調理技術がクソザコナメクジな恋雪なので、やることはチョコを溶かして、形を作って、そこに文字を書くこと。
それだけだ。
最もシンプルなチョコ作りと言えよう。
そうして、早速作り始めることになったわけだが……恋雪は、おろおろしていた。
チョコ作りに自信が全くなく、本当にできるのか、と心配になってしまったのである。
それが冒頭の恋雪だ。
「で、でも、じ、自分で、や、やると、決めた、わけ、ですし……が、頑張って、作って、ぎょ、玉砕、しない、と……!」
恋雪、玉砕の覚悟は決まっていた模様。
自分がそう言う意味では絶対に好かれていないと思い込んでいるので……。
さすがコミュ障。
「わ、わたしに、技術なんてものは、ない、ですし……そ、素材の味で、勝負、と思ったんです、けど……うぅ、ゆ、湯煎って、ど、どう、やれば……!?」
コミュ障、湯煎の方法がわかっていなかった。
一応ネットで調べたのが、調理技術がクソザコナメクジな恋雪からすれば、自身の知っていて、出来る調理方法が焼くと煮るくらいしかないために、恋雪視点からすれば湯煎は難易度が高かったのである。
まあ、普通の料理でも湯煎をすること自体、あまりないのだが……。
何はともあれ、恋雪的に難易度の高い調理法である事に変わりはない。
普通に料理をする人からすれば、初めてやるなー、上手くできるかなー、くらいのものでしかないのだが、こと恋雪に限って言えば、一般人が高さ10段の跳び箱に挑戦するが如き無理ゲーなのである。
「……た、タイムリミットは、あと、四日……四日以内で、椎菜さんへの、チョコを作る、ことが、できれば……綺麗に、玉砕、できる、はず……!」
ちらりとカレンダーを見て、恋雪はそう零す。
「……寝ないで、やれば、いける……! 料理は、ゲームと、同じ、だと思い込む……!」
こいつは一体何を言っているんだろうか。
何はともあれ、恋雪のなが~~~~~~~~い挑戦が始まった。
◇
「うーん……」
ところ変わり、桜木家にて。
その日、椎菜はごろんとソファーに仰向けに寝転び、何かを考えこんでいた。
よく見ればYシャツの腹部辺りがめくれており、椎菜の白いお腹とおへそが見えている。
クラスメートたちが見たら鼻血を噴き出し、血を吐きまくっているのが目に浮かぶようなだらしない姿だ。
「椎菜ちゃん、うんうん唸ってるけど、悩みでもあるの?」
「あ、お姉ちゃん。うーんとね、その……なんだか最近胸の辺りがもやもやするなぁ、って……」
「ふむふむ、もやもやとな? それはどんな時に感じるのかな?」
「うーん……どういう時………………あ、んーっと、恋雪お姉ちゃんのお家に行くと、最近恋雪お姉ちゃんの様子がおかしくて、顔を赤くしながら僕を見て驚いたり、なぜか後ろに転がったり、猫さんみたいに叫んだりされてて……そんな姿を見てると、もやもや~ってする、かも……?」
「……げぶふっ!」
へにゃり、と眉を曲げる椎菜の口から飛び出した質問の答えを聞いた愛菜は、笑顔のまま少しの間を空けると、突然血を吐いた。
「ふぇぇぇ!? ど、どうしたの!?」
まさかの姉の反応に、椎菜は慌てて飛び起き、愛菜の心配をする。
「ま、まさかっ、いや、そんなバカなっ……! い、いや、お、思い返せ、邪神シスコンよ……これまでの椎菜ちゃんに、そうなるような予想が果たしてあっただろうか……!? …………………………クソォ! 思い当たる節がありまくりだぁぁぁぁ!?」
椎菜に心配された愛菜はと言えば、四つん這いになって項垂れ、床をだんっ! と手を振り下ろして叩き付け、自問自答して、自答部分で叫んだ。
「お、お姉ちゃん突然どうしたの!? 大丈夫!? すっごい頭をぐるぐるぶんぶんしてるけど!?」
「くっ、ま、まさか、こんな日が来る、とは……! 畜生……チクショォォォォォォ!」
「お姉ちゃん落ち着いて~~~~~~~~!?」
しばらく愛菜が再起不能の狂人になった。
◇
それからようやく愛菜が落ち着いたので、改めて愛菜が椎菜の相談に乗ることに。
「というわけで、はい、椎菜ちゃんの悩みの解決をしよう」
「あの、お姉ちゃん? すごく変な顔をしてるって言うか、仏様みたいな顔になってるよ……?」
「気のせいです、椎菜ちゃん。今は、椎菜ちゃんの悩みを解決することこそ優先すべき事柄……それ以上に優先される事柄は存在しないのです……」
「本当に大丈夫……?」
「モーマンタげはぁっ!」
「血を吐いたよ!?」
「おっと失礼……こほん。えー、まあ、あれです。椎菜ちゃんはね、今ね、とても大事な岐路に立たされていると言っていいでしょう」
「お姉ちゃん、それどういうキャラクターなの?」
「暴れ狂う私の内なる嫉妬の獣が表出し、草食獣のような見た目してしっかり狙うもん狙ってた獣を仕留めに行かないための理性というなのストッパー的言動」
「そ、そう、なんだ?」
椎菜は愛菜が何を言っているのか、何一つわからなかった。
ちなみに、現在の愛菜は、口から血を垂れ流しながら、仏のような笑顔と共に会話している状態である。
お前死ぬのか。
「ともあれ……椎菜ちゃん的に、ちくしょ……じゃなかった、恋雪ちゃんのことはどう思っていますか?」
「え、どうって…………んっと、す、すごく大事なお友達……なの、かな……?」
愛菜の問いかけに、椎菜はしどろもどろになりながら答えるが、どこか腑に落ちない様子だった。
自分の思ったことを答えているはずなのに、椎菜としてはそれが全てではないような、そんな気がしているのである。
だが、椎菜はそれがなんなのかわからない。
なので、小さく首を傾げる。
愛菜が吐血し、言葉を続ける。
「それは、本当に?」
「ほ、本当……だと、思う……よ?」
「そこに、友達に向ける感情以外にあるのではないですか?」
「友達以外の感情……?」
愛菜に言われて、椎菜は自分の胸に手を当て、目を閉じながら考え込む。
すると、頭の中に自然と恋雪の顔が浮かび上がって来た。
なぜかはわからないが、そこに浮かぶ恋雪の表情はご飯を食べている時や、一緒にいる時に見せる柔らかく、それでいて自然な笑顔だった。
なぜか、とくん、とくん……と心臓の鼓動が早くなり、椎菜の頬が徐々に熱を帯び始める。
もし、目の前に鏡があれば、そこに映る椎菜の顔は赤いのは明白なほどに、頬が熱くなる。
「……なぜか、ドキドキした、かも」
「ぶふあぁぁぁ……!」
「本当に大丈夫なの!?」
「な、なんの、これしきぃ……! げふっ……ふぅ……。椎菜ちゃん、それはね……こ、ここここ、こ、ココココココkococokocokokokoko……こ、恋、ですげはぁ!」
「……ぴゃ!?」
愛菜の、『恋』という指摘に、椎菜は謎のバグり方をする愛菜を心配するよりも早く、ぼんっ! と湯気が出そうなほどに顔を一瞬で真っ赤に染め、変な声を上げた。
「こ、恋……こ、恋って、それって、あの、えと……す、好き、っていう、意味、だよ、ね……?」
「イグザクトリー」
「ぼ、僕が、恋雪お姉ちゃんのことを……?」
「わ、私のこの考えが、た、正しければ、ねぇ……!」
「で、でも、僕がその、恋雪お姉ちゃんを好きになる、なんて……」
椎菜は生まれてこの方、恋をしたことがない。
理由は色々とあるが、元々が可愛らしい男の娘の容姿をしていたために、ある種特殊な状況になることが多かったからだろう。
そして、TS病発症後は、椎菜自身が恋愛をすると結果的に同性同士での状況になりかねないし、そもそも自分のことを恋愛対象として好きになってくれる人はいないだろう、と心のどこかで常に思っていたことによって、無意識に恋愛しにくい精神となっていた。
だが、だがしかしだ。
色々あって接する機会が多くなった恋雪という、年上でだらしなくて、優しくて、一生懸命で、好きなことには全力になれる、そんな存在と一緒にいる内に、無意識に惹かれていたのだ。
それらは小さな……本当に小さな粒程度のものだったが、それらが次第に椎菜の心に降り積もって行き、いつしかそれは恋心という大きな塊となっていた。
だが、椎菜は恋心というものを持ったことがなく、恋愛をしたことがなかった。
誰かが恋愛をしているのは見たことがあるし、物語では恋愛というものを理解していた椎菜だったが、自分の気持ちに対して気付くことはなかったのだ。
故にこそ、椎菜は愛菜に指摘されるまでそれの存在を認知することはなかった、というわけである。
「じゃあ質問するけど……恋雪ちゃんの笑顔を見るとどう思う?」
「えっ、と……ぽわぽわ~って、胸が温かくなる、かな……?」
「お世話をしてる時、どう感じる?」
「その、楽しいなぁ、って。あとは、色々してあげたいって思う、かも……」
「じゃあ、恋雪ちゃんが真剣にゲームをしている時は?」
「かっこいい、って思う、よ……?」
「では最後。恋雪ちゃんと一緒にいる時、椎菜ちゃんはどんな気持ちになる?」
「一緒にいる時………………えっと、胸が温かくなって、もっと一緒にいたいって思って、それで、えと…………幸せ、って思ってる、と、思う、かも…………」
質問への返答を重ねるうちに、椎菜の声がどんどんか細いものに変化していく。
それに比例するように、椎菜の顔が赤く染まって行き、その様は正に恋する乙女のようであった。
結果、愛菜に大ダメージが入り、流れるように笑顔で吐血。
だが、椎菜にはそれは最早見えていないと言っていいだろう。
「うん、100%恋ですね。どうあがいても、何をどう取り繕っても、誤魔化しても、何をしても無駄無駄無駄なレベルで否定できないくらいに、恋と断言できます」
「……恋……」
恋、という言葉を口にすると、椎菜の心に何かがぽっ……と灯ったような気がした。
それは小さな火から徐々に大きさを変え、大きく燃え上がる。
「……そっか……僕、恋雪ちゃんが好き、なんだ……」
そう呟くと、ストン――と何かがぴったりと嵌った。
椎菜は恋心を自覚したのである。
「……お姉ちゃん、僕はその、何をしたらいい、のかな……?」
「告白一択」
「い、いきなり!?」
「椎菜ちゃん。恋に遠慮も手加減も必要はないのです。それらはきっと、後悔することになってしまう物です。それに、椎菜ちゃんはきっと、恋雪ちゃんと恋人になりたいと、そう思っているはず……」
「こ、恋人さん…………そ、それは……うん……な、なれたら、う、嬉しい、でしゅ……」
「げぶふっ……!」
俯きがちにもじもじすれば、愛菜は吐血する。
最早ツッコミがなくなった。
「(ふきふき)ならば、告白しかありません」
「こ、告白……ぼ、僕にできる、かな……?」
「できます。幸いにして、もうすぐバレンタイン……。本命チョコを恋雪ちゃんに作り、それを渡しながら告白……完璧なプランです」
「そ、そっか、バレンタインだっけ……本命チョコ………………お、お姉ちゃん、こ、恋雪ちゃんには、何を作れば喜ぶ、かな……?」
「椎菜ちゃんが作ったものなら、恋雪ちゃんはきっと無条件で喜ぶはず。喜ばなかったら私がころ――んんっ! お説教しますが……問題はないでしょう。きっと喜んで受け取ってくれるはずです」
「……そ、そっか。僕よりも付き合いが長いお姉ちゃんが言うなら、そう、だよね……うん、僕、頑張って本命チョコ、作るっ!」
「それでいいのです……頑張るんですよ、椎菜ちゃん……私は、そろそろ、血が、た、足りなく―――…………」
バタンッ!
言葉の途中で愛菜はいい笑顔を浮かべながら、後ろ向きに倒れた。
「お、お姉ちゃん!? し、しっかりして! お姉ちゃん!? お姉ちゃ~~~~~~~~~~~~~~~~ん!!!???」
しばらく愛菜は死んだままだった。
◇
それから時間は流れ、バレンタイン当日。
「で、でき、ました…………ふ、ふふ、ふへへぇ~……わ、わた、わたしは、や、やり、とげた……ぜ……ぐぅ……」
それはもうぐちゃぁ……としたキッチンの前で、恋雪が隈だらけの目をしつつ、ふらっふらと体を揺らしながら、調理台の上に鎮座する、ハート型にあなたが好きです、とド直球に書かれたチョコレートを見下ろし、全身に駆け巡る充足感と、心を満たす達成感で恋雪はそのまま倒れ、泥のように眠ってしまった。
その直後、恋雪の家のインターホンが鳴る。
椎菜がやって来たのだ。
椎菜は玄関前でインターホンを何度か鳴らすも、特に返答がなかったので、いつものように恋雪からもらった合鍵を使用して家の中へ入る。
実は椎菜は、恋雪の家に通っている内に、色々あって家の合鍵を恋雪から貰っていたのだ。
理由としては、恋雪が完全に椎菜に心を開いているから、というものと、たまに徹夜の影響でぶっ倒れている可能性があるから、というもの。
インターホンに反応しなかったため、椎菜はいつも通り徹夜で寝ちゃったのかも、と苦笑いを浮かべながら思い、そのまま中へ足を踏み入れた。
家の中に入った瞬間、ふわり、と甘い香りが椎菜の鼻腔をくすぐる。
バレンタインだから、チョコでも買ったのかも、そう思って椎菜が奥へ進むと……
「くぅ……すぅ……」
キッチンの前で、止まるんじゃねぇぞ……というポーズで倒れてる恋雪を発見した。
「やっぱり……恋雪お姉ちゃん、ここで寝ちゃだめだよ。起きて」
床に突っ伏して小さな寝息を立てる恋雪の体をゆさゆさと揺らす椎菜。
だが、一向に恋雪が起きる気配はない。
「ん、んんむぅ…………」
「起きない……」
何度ゆすっても、声をかけても起きない恋雪に、椎菜はちょっぴり不満顔。
ぷく~っと頬を膨らませるという、周りに人がいようものなら速攻で鼻血+吐血のコンボを決めていたことだろう。
もし、それがロリコンだったら発砲音のような音と共に鼻と口から血を噴き出していたに違いない。
「今日、いっぱい気合を入れて来たのになぁ…………」
そう零す椎菜は、少し残念そう。
気合が空回りしたような状況になってしまったことが、それをさらに加速させている。
「……そう言えば、恋雪お姉ちゃん、なんでキッチンで寝ちゃってるんだろう? それに、すごく甘い匂いがするし…………って、あれ、これって、チョコレート? それも、ハート型……? あ、何か書いて……って…………にゃ!?」
ここでふと、椎菜は恋雪がここで寝ている事と、入った時からずっと漂っている甘い匂いに対して疑問を覚え、直後に調理台の上に置いてあるチョコレートの存在を発見すると、そこに書いてある文字を見て、猫のような声を上げた。
チョコレートには、『椎菜さんへ あなたが好きです』と書かれていた。
そう、見ちゃったのである。
明らかに、今見てはいけない物を、椎菜は見てしまったのだッ……!
どう見ても、椎菜からすればネタバレ以外の何物でもない文字をッッッ!!!
本来であれば、起きた状態で椎菜を呼び、そして意を決してこれを椎菜に渡して、玉砕するつもりだったのだが、数日に及ぶ徹夜と無事にチョコが完成したという達成感によって、集中の糸が切れたことで速攻入眠、からの爆睡。
結果、サプライズしに来た椎菜が、サプライズのネタバレをくらうという、なんだこれ案件となってしまったのである……!
これにはさすがの椎菜も、あわあわ、おろおろ!
「え、こ、ここ、これって、ぼ、僕の見間違い、じゃなければ、ぼ、僕宛の、チョコレート、だよね……? そ、それも、ほ、本命の…………ほ、本当に? ゆ、夢、じゃないよね……?」
だが、チョコレートに書かれた文字を見て、椎菜は夢か現実かを確認するため、ぎゅむっ! と自分の頬を抓った。
「い、いはぃ…………じゃ、じゃあ、これは、ゆ、夢じゃなくて、え、えと……げ、現実で、つまり、恋雪お姉ちゃんは……ぼ、僕のことが、好き……?」
辿り着いた答えを口にした瞬間、みるみるうちに椎菜の顔が真っ赤に染まった。
そして、じんわりと胸が温かく、そして熱くなった。
好きな人が、自分のことが好きだった。
その事実に、椎菜は今までに一度も感じたことのない幸福感を覚えた。
今すぐにでもはしゃぎたいし、嬉しさを表現するために叫びたい、そんな衝動に駆られたが、ぐっと堪えた。
今、恋雪はぐっすり眠っているところだ。
「それに……ふふっ、恋雪お姉ちゃん、頑張ってチョコを作ってくれたんだ……」
恋雪が寝ている理由が、チョコ作りで頑張ったからであることは、誰の目から見ても明らかだった。
特に、椎菜からは。
椎菜は恋雪の料理のダメダメさを知っているし、この先も本当に最低限はできるようにはなるだろうが、まず無理だろうなぁ、なんて思っていた。
だからこそ、苦手な人が一生懸命作ってくれていたんだろうと思ったら、こうして寝ている恋雪を起こしたくなくなったのだ。
ではどうするか。
「とりあえず……運ぶこと自体はできないことはない、けど……うん、このまま膝枕してあげよう」
膝枕をすることとなった。
椎菜はうつ伏せになっている恋雪を、優しく仰向けにすると、そっと恋雪の頭を自分の太腿に乗せた。
心地よい重みがかかり、その重みが幸福感を生み、嬉しさ、そしてどうしようもなく大好きという気持ちが溢れる。
そうして気が付くと、椎菜は恋雪の頭を優しく撫でていた。
その表情は甘くて、優しくて、そして母性のような笑顔だった。
静かな時間が流れ、あるのは外から聞こえるバイクや車が通る音、それから鳥の鳴き声のみ。
部屋の中は恋雪の規則正しい寝息と、時折椎菜から漏れる小さな笑い声くらいだ。
愛おしそうに眠る恋雪の顔を見ながら、椎菜は恋雪の頭を撫で続けた。
そんな時間がしばらく流れると、ふと恋雪が目を覚ます。
「ん、んんん……なんだか、あったかくて、やわらかい、ですぅ……」
「おはよう、恋雪お姉ちゃん」
まだどこか寝ぼけている恋雪に、椎菜は恋雪の顔を覗き込みながら、優しく微笑んでおはようと声をかけた。
「はれぇ……しいなしゃんがいます……あぁ……そうでしたぁ……わたし、椎菜さんに、チョコを作ったんですよぉ~……数日間、がんばって、何度も失敗して、作った、大事な………………はっ!? だ、大事なチョコ!?」
話している間に目が覚めたのだろう、恋雪が珍しく大声を上げると、がばり! と勢いよく起き上がり、その勢いのまま立ち上がった。
「あっ、よ、よかったぁぁ……ゆ、夢じゃ、なかった、ですぅ……」
「恋雪お姉ちゃん、すごく頑張ったんだね」
「は、はいぃ、それはもう……椎菜さんに、こ、告白をするために………………………って、ひえぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~!? な、ななっ、な、なんっ、なんで、し、しし、椎菜さん、が、こ、ここに!? あっ、い、いえ!? こ、これは、べ、別にそのっ、お、思い上がるのも、は、甚だしい、と、い、言いますかっ、た、たしかに、し、椎菜さんにこ、告白するため、に、つ、作ったチョコ、です、けど……あっ、え、えと、わ、わわわ、わたし、なんかじゃ、つ、つつ、釣り合わない、です、よね……!? す、すみませぇぇぇぇんっ……い、今すぐ、こ、このチョコを、た、叩き割って――」
あわあわ、おろおろ、ぶんぶん、とそれはもう忙しないくらいに動きまくる中、恋雪の口もある意味マイナスな意味で絶好調で回っていた。
椎菜に迷惑だと思われたと思い、頑張って作ったチョコを叩き割ろうと手を振り上げたところで……
「恋雪お姉ちゃん」
椎菜に名前を呼ばれた。
「はひっ!?」
それにより、振り下ろしかけていた手がピタリと止まる。
「あのね、僕、すごく嬉しいの」
「そ、そそ、そうですよね!? すごく嫌…………って、へ?」
「実は今日は、僕もその、恋雪お姉ちゃんに伝えることがあって来たの」
「つ、伝えること、ですか……?」
「うん」
伝えること、そう言われて恋雪はもう二度と来ません、と言う椎菜を想像して、がくがくと震えだした。
さらばわたしの人生、そう思った恋雪だったが、その予想はいい意味で裏切られることとなる。
「僕は……恋雪お姉ちゃんのことが、好きです……!」
「…………はぇ?」
「あ、あのね、お姉ちゃんに色々と言われて気付いたんだけど、ね? 僕……恋雪お姉ちゃんのことが好きって、気付いたの」
「ぇ、あ、は、ぇぁ?」
「それでね、今日は恋雪お姉ちゃんに本命チョコを渡すために来て……そしたら、僕のことが好きって書かれたチョコを見つけて……僕、すごく嬉しくなっちゃって……だから、ね? 恋雪お姉ちゃん」
「ひゃい!?」
「で、できたら、えと、その、あの……ぼ、僕と、つ、付き合って、くれませんか…………?」
顔を真っ赤に染め、上目遣いになりながら、椎菜はストレートに想いを恋雪に打ち明けた。
ストレートな告白を受けた恋雪は……。
「え、あ、あの、えと…………わ、わた……わ、わたしも、し、椎菜さんのことが、す、好きれふっ……!」
「恋雪お姉ちゃん……!」
「だ、だから、し、椎菜さんがよければ、あの、えと、ず、ずっと、わ、わたしと、い、一緒に、い、いて、く、くれません、か……?」
告白をしたかと思えば、なぜかプロポーズのような言葉になっていた。
あと、まるで恋雪から告白しました、みたいな感じになっている。
「……うんっ! ずっと一緒にいたい!」
「ひゃあ!?」
そんな半ばプロポーズじみた言葉を受けた椎菜は、とびっきりの笑顔を浮かべて、恋雪に抱き着き、ずっと一緒にいたいと返した。
そして、その笑顔のまま恋雪の顔を見上げ、
「不束者ですが、恋人さんとして、これからよろしくお願いしますっ! 恋雪お姉ちゃん!」
そう言った。
「は……はいっ! こ、こちら、こそ、よ、よろしく、お願い、し、しますっ……!」
そんな椎菜の言葉に、恋雪も笑顔を浮かべて、それを受け入れるのであった。
◇
――こうして、二人は晴れて恋人関係となった。
あの後は、お互いのチョコレートを交換して食べたのだが……恋雪のチョコのおいしさが明らかにおかしかったので、恋雪に恐る恐る尋ねたら、とんでもないチョコを使用していることを告げられ、椎菜が固まるという事態が発生した。
それから、二人は交際を始めたことを先にらいばーほーむの面々に告げ、そのまま配信でも交際を始めたこと話した。
少なくとも、椎菜が卒業するまでは清い交際をすることを誓った(そもそも椎菜に性知識はほぼない)。
コメント欄は祝福の嵐となり、二人は色々安堵。
お互いに顔を向け合って、笑顔を浮かべ、これから先の人生に想いを馳せるのだった。
……尚、邪神ズブートキャンプが開かれたのは言うまでもない。
メイン一本目は椎菜と恋雪の話しでした!
案外この二人のカップリングを希望してるのがそこそこあったのはびっくり。
次は18時だヨ!




