#153 問題の日の翌日、圧倒的お母さん
翌朝。
「んっ、ふわぁ~~~……」
朝起きると、疲れに似た何かがまだ残ってるような感じがして、少しの間ぼーっとした。
昨日、お家に帰った後、あのお金をどうしようかということをお母さんたちとお話ししました。
あと、さすがに状況が状況だったので、お姉ちゃんも呼びもどしてのお話に。
その時に、昨日の段階でかかって来た電話について、お姉ちゃんが、
『は? それつまり、椎菜ちゃんが身バレしてるってことだよね? ちょっと待ってて。そいつら潰してくる。電話番号わかる? あ、メモしてある。おっけー。それだけあれば全然わかるから。椎菜ちゃんの安心安全な生活を脅かす奴は許さん』
とか言って、どこかに電話をかけると、すぐに調査が始まって、解決(?)したらしいです。
お姉ちゃんの伝手ってどうなってるの?
それと、
『お姉ちゃん的には、椎菜ちゃんが社長になるのはいいと思うな! というか、最高過ぎない? もし会社設立するなら今の仕事辞めてそっちに入社するね☆』
とか言ってきました。
あの、もしかしてなんだけど……会社を設立する方で動いてます!?
しかもそれを聞いたお父さんとお母さんの方もなぜか乗り気だったよ!?
さ、さすがに社長になる……はない、よね? ね!?
VTuberになってから、色々と大変なことになってるよね……僕。
「おはよー……」
「「おはよー!」」
「おはよう、三人とも。朝ご飯出来てるわよ~」
みまちゃんとみおちゃんの二人と一緒にリビングへやって来ると、お母さんがほんわかとした笑顔と一緒に挨拶を返してくれる。
今日の朝ご飯は、ご飯と焼き魚、お味噌汁、おひたし。
うん、和食っていいよね……。
「「「いただきます」」」
「はい、召し上がれ」
お母さんが作った朝ご飯を食べてる間、僕の頭の中は昨日のことで頭がいっぱいで、朝ご飯を食べ終わってからは、ソファーに座りながら天井を見上げてうーんと考え込む。
仮に、もしも僕が社長になるとしても、さすがに上手く行かないと思うんだけどなぁ……。
ただ、らいばーほーむのみなさんってすごくお仕事ができる人ばかりだし、仮に経営難に陥ってもどうにかしちゃいそうな人が普通にいるし……。
だからと言って、当てにするわけにもいかないし……。
というか、なんで僕が社長という話になるんだろう。
「う~~~……」
「椎菜、随分と悩んでるわね~」
うんうんと唸っていると、お母さんが優し気な笑みを浮かべながら僕の隣に座ってきた。
「だって……」
「まあ、確定ではないとはいえ、なぜか社長になるかも~、なんてことになってるものね~。しかも、その原因が宝くじで当てた10億円だもの」
「本当にね……」
「たしか、お金を消費するための一つの案が会社の設立なのよね? それで、椎菜が社長に」
「ま、まあ、うん……なぜか最年少の僕が社長ということで満場一致状態で……」
「ん~、椎菜的にはやりたい? やりたくない?」
「え? ん、んっと……どっちなんだろう?」
「そっか。でも、お母さん的には、あんまりお勧めしないなぁ~、という感じね」
「そう、なの?」
お母さんならむしろ、いいね! とか言ってくるような気がしてたけど……。
「それはそうよ。だって、会社の社長よ? 普通に考えて、社員の人生を背負うことになるようなものだもの」
「た、たしかに」
考えてみればそう、だよね?
もしも会社を設立した場合、そこにいる人たちの人生を背負うことになるわけだし……あれ? 責任重大すぎない!?
というか、そんな重大なポジションに僕を推薦するってどういうこと!?
「でもまあ、最初の内はらいばーほーむの人たちだけでやるんでしょう?」
「え、あ、う、うん。それはまあ……。ただ、何人かは手伝いって言う感じみたいだけど……」
仮に会社を設立した場合、入社するって言ってるのは、お姉ちゃん、ミレーネお姉ちゃん、杏実お姉ちゃん、恋雪お姉ちゃん、藍華お姉ちゃんの五名。
ただ、卒業後の進路として、栞お姉ちゃん、冬夜お兄ちゃん、寧々お姉ちゃんの三名が入りたいとか……。
基本的に、今のお仕事に類似してたり、そもそも正社員としてお仕事をしていない人たちが入社を考えてるという感じ、かな?
だから、皐月お姉ちゃんや俊道お兄ちゃん、千鶴お姉ちゃんの三人はお仕事をしている関係で今は入社しない、とのことだったけど……。
まあでも、将来的には入りたい、とは言ってたみたいだけど……。
ちなみに、仮に設立した場合、大学生の三人はアルバイトみたいな感じでやりたいとかなんとか……。
「なら、ある意味失敗のしようがないわよね、それ」
「そ、そう、なのかな?」
「えぇ。だって、みんな才能がすごいじゃない? うちの愛菜だってデザイナーとしても同人作家としての才能がお化けだし、そもそも愛菜って大抵高レベルでこなしちゃう才能の塊でしょう?」
「それは、うん」
お姉ちゃんができないものってなんだろう? っていつも思うもん、僕。
「他にも、売れっ子のラノベ作家だったり、まだデビューはしてないけど、小夜ちゃんもいるじゃない? それ以外で言ってもモデリングができるいるかちゃん、プログラマーないくまちゃん。この時点でも人材としてはかなり優秀。経営に関しては、うさぎちゃんとかできそうよね。だってあの娘、トレーダーで暮らしているんでしょう?」
「う、うん」
実際、らいばーほーむ内で一番お金があるのって、恋雪お姉ちゃんだもんね……。
難しそうなことでお金を稼いでるんだもん。
すごいと思います。
「それに、人との折衝なんかは愛菜ができそうだし、あとは、椎菜も知識さえあれば100発100中な気もするし」
「それはないよ!?」
「そんなことないわ。どんな人からも愛されて、警戒心を緩められるってすごいことなのよ?」
「う、うーん……?」
「だから、お母さんとしてはお勧めしないけど、人生の先輩としてはそう言う道もありだと思うの」
「そ、そうなの?」
てっきり、肯定しないかと思ったんだけど……。
「もちろん。いい? 椎菜。椎菜は確かに私の大切な娘だけど」
「あの、僕男だよ……?」
「既に五ヶ月も女の子で生活してるんだから、今更よ~」
「うぅん……」
「でもね、椎菜はほら、途中まで窮屈な生活だったでしょう? 片親だったし」
「そうでもなかったけど……」
だって、僕のために頑張ってくれるお母さんのことは大好きだし、ちゃんと理解もしてたし……。
「まあ、お母さん的には色々と思うことがあったの。だから、椎菜にはそれはもう……波瀾万丈で楽しい人生を送ってほしいの!」
「波瀾万丈はちょっとどうかと思うかな!?」
「いえでも、山もない谷もない……そんな人生つまらないじゃない?」
「むしろ今の僕って結構山あり谷ありだよ!?」
女の子になってから、濃い物事がたくさん僕に降りかかって来てるもん!
昨日の宝くじなんて最たる例だよぉ!
「うふふ、それもそうだけど、椎菜の場合は谷がないじゃない」
「少なくとも、TS病にかかったことは谷だと思ってるけど……」
「あら、それなら他は全部山ってことよね? なら、いいじゃない」
「えぇぇ……」
「それにね、椎菜」
「う、うん」
「椎菜はまだ高校二年生。学校に通っている期間よりも社会に出る期間の方が圧倒的に長いの」
「それは……うん、そうだね」
僕だって、もうすぐ三年生。
高校生活だって、既に半分を切ってるんだもん。
一応、高校卒業後は進学を考えてるけど……。
「未来の可能性なんていくらでもある。それなら、目の前にある選択肢はたくさんあったほうがいい。というか……せっかくの長い人生。色々なことをやってみるのもありなんじゃないかしら?」
「そう、かな?」
「それはもう。だからね? こういう時は、無理、できない、そう考えるんじゃなくて、やりたいか、やりたくないかで考えることが一番大事。知識や技術なんて、あとから身に付けることもできるんだもの」
「たしかに……?」
考えてみれば、知識は後からでも付けられるし、色々できる気が……。
そう考えたら、やりたい、やりたくないで考えるのがいいのかも……?
「というか、椎菜のためだったら、愛菜がその手の知識とか技術を身に付けそうだけど……」
「……お姉ちゃん、だもんね」
何でもできるお姉ちゃんだから……。
「そう考えたら、僕じゃなくてお姉ちゃんの方がいいような……」
「椎菜、それはダメよ」
「ふぇ? ど、どうして? だってお姉ちゃんだよ? 成功しそうだけど……」
「愛菜の場合……社内規則とかにとんでもないものを入れそうだから。例えば……『みたまちゃんのチャンネル登録は必須』とか『みたまちゃんへの愛を讃える言葉を一日一回必ず書いて提出』とか」
「さすがにそれはないと思うよ!?」
「でも、愛菜よ? 比喩なしで世界の中心を椎菜としている愛菜よ? それくらいすると思うな、お母さん」
「……」
今ままでのことを思うと、すぐに否定できない……!
たしかにお姉ちゃん、自分の配信でなぜか『みたまちゃん学』っていうよくわからないことをしてるみたいだし……。
お姉ちゃん、普段の事柄を全て僕基準で考えてる節があるもんね……。
「ともあれ、お母さんとしてはお勧めはしないけど、人生の先輩としてはそういう選択肢もありだと思う。だから、椎菜がやりたいことをやればいいの。どうせ、人生なんて失敗する時はするし、調子がいい時は調子がいいものよ。お母さんだって、お父さんを亡くして人生辛すぎ~……なんて思いもしたけど、椎菜という最愛の息子がいたし、何より今のお父さんとも出会えて、愛菜とも家族になれたもの。仮に運が悪いことが起こったとしても、その後にはきっといいことがあるものよ。お母さんの経験談」
うふふ、といつもの柔らかいほんわかとした笑みと一緒に、お母さんは僕にそう言ってくれました。
当然僕よりも長く生きてるお母さんであり、僕のお母さんだからか、スッと言葉入って来た気がする。
「なので、難しく考える必要はないわ。というか……仮に本当にやるとしても、らいばーほーむメンバー全員普通に稼げてるじゃない。それも、下手な会社員より」
「それはうん」
僕ですら月の収入がすごいことになってるもん……。
仮に、バイトをいっぱい入れてる高校生でもあんなには稼げないよね、って言う額だし……しかも、未だに右肩上がりだからね、収入……。
「だから、人生を背負うかも! なんて思わなくてもいいの。それに、みんな好きでやる事でしょう? 仮に失敗しても椎菜のせいにすることはないと思うの。だから椎菜は変に考え過ぎず、面白そう! やってみよ! くらいの軽い気持ちでいいんじゃないかしら?」
「なるほど……」
「ま、今はまだ高校生だし、ゆっくりでいいと思うわ」
「……うん、そうだね」
「それに、もしあれだったら、明後日コラボするいくまちゃんに相談してみるのもいいんじゃないの? たしか、お嬢様ってお話だし、色々とやってるみたいだから」
「あ、たしかに!」
それもそうだよね!
明後日は杏実お姉ちゃんとのコラボ配信で、杏実お姉ちゃんってすごく気配りができるし、きっと相談に乗ってくれるよね?
その考えはなかった……!
「まあ、私は椎菜がどんな選択をしても、尊重するし、応援するから好きにやるといいわ」
「うん、ありがとう、お母さん」
「うふふ、いいのよ。子供の悩みは、親の悩みだもの」
「そっか。……うーん、お母さんってすごいよね?」
「そう?」
「うん。だって、途中まで僕を一人で育ててくれて、今だってこうして相談に乗ってくれて……僕、お母さんみたいなお母さんになりたい」
血の繋がりはなくとも、大事な娘が二人いて、お母さんでもある僕。
だから、お母さんみたいなお母さんになりたい、なんてふと思った。
「あらあら、嬉しいことを言ってくれるわね~。ぎゅってしていい?」
「なんで!?」
「他愛のない母娘のスキンシップよ。たまにはね?」
「う、う~……少しだけなら……」
「うふふ、ありがとう。じゃあ、失礼して……」
ぎゅっとお母さんが僕を抱きしめてきました。
お母さんの方が身長は高いけど、それでもそんなに差があるわけじゃないので、傍から見たら小学生同士に見えるかも。
でも、なんだろう、お母さんに抱きしめられるとすごく落ち着く……。
「やっぱり、いくつになっても我が子は可愛いわね~」
「な、なんだ恥ずかしい……」
「うふふ、お母さんはすごく嬉しいわ」
「……僕も、嬉しくはある、けど……でも、この歳で……」
「ふふっ。母娘のスキンシップには年齢は関係ないものよ。それに、どうあがいたって椎菜よりも先に私の方が天に召されちゃうもの。なら、悔いのないようにスキンシップを取っておいた方がいいの」
「そ、そっか……」
「だから……久しぶりに、お母さんに椎菜とのスキンシップを楽しませて?」
「……うん」
「素直でよろしい。それに、しばらく一緒にいられなかったし、なかなか時間も合わなかったからね。今日一日はお母さんと一緒ね!」
「うん」
うふふ、と嬉しそうに笑うお母さんの顔を見て、こういうのもたまにはいいよね、なんて僕は思いました。
「なんだろう、この疎外感……一応、父親なんだが……」
なんて、テーブルの方でコーヒーを飲むお父さんがどこか寂しそうに呟いている事に気付きませんでした。
ごめんなさい、お父さん……!
椎菜以上の母性を持つ母親です。
まあ、現時点でもクソ強母性な椎菜の母親って考えたら、そりゃあ母性あるよねって言う話。
椎菜母はなんだかんだらいばーほーむ適性がありますが、自分の子供となるとすごく真面目になるし、今回みたいに的確(?)なアドバイスを送ります。
というかこれ、椎菜母が明らかに椎菜の背中を押しに来てません? あれ? 社長コース待ったなし?




