#123 真面目なのに真面目じゃない社長、イベントまであと1日
あの後、千鶴お姉ちゃんは目を覚ますなりすごくいい顔で自分のお部屋に戻っていきました。
本当に会いに来ただけだったみたいだけど……大丈夫なのかな? すっごく血が出てたけど……。
ま、まあ、大丈夫、なんだよね?
イベント二日前の今日は、正直言ってやることがそんなにないんです。
明日はリハーサルやイベント当日の動きを確認する関係で、今日はお部屋でゆっくり休もう、っていうことになってます。
本当は全員で集まる? っていうお話もあったんだけど、
『『『いや絶対失血するからやめておく』』』
みなさんが口を揃えてって言ってました。
失血するようなことってあったっけ……?
なんて思いはしたけど、そう言う事なら仕方ないなぁ、ということでお部屋でゆっくりのんびり過ごして、夜ご飯はすっごく豪華というか、食べるのが怖くなるくらいのお料理が出ました。
なんとなく、作れそうな気もしなくはなかったけど、多分材料が間違いなく高いと思うので、多分作らないと思います。
そうこうしている内に、イベント前日。
「二人とも? ちゃんと、これを首から下げてるんだよ?」
「「はーいっ!」」
「うん、いいお返事です。それじゃあ、行こっか」
さすがにホテルに置いて行くわけにもいかないし、元々リハーサル中も連れてきていいって社長さんに言われていたので、二人を連れてイベント会場に。
会場は何と言うか……うん、すごく広い。
中は既にイベントの準備が終わっていて、ステージやグッズ販売をする場所に、他にも各ライバーのイラストレーターさんたちがイベントのために書いてくれた描き下ろしイラストに、今日までにあった配信の切り抜きや、スクリーンショット、サムネなんかが展示された場所もありました。
それ以外にはフードコートもあるけど……あの、すっごく大がかり……。
「おー、今年は去年よりもすごいねぇ。何気に、ミニゲームコーナーとかもそこそこあるし。うんうん、これはいいね!」
「お、おおぅ、あたし、これが初のイベント……楽しみだけど、すっごい緊張して来たぞ!? え、これ大丈夫!? あたし、明日やらかさないかなぁ!?」
「だ、だだっ、だだだい、だいじょ、大丈夫っ、ですよっ……!? わ、わたし、だって、きょ、去年ちゃんとで、出れた、ので……ね、寧々さん、なら、なんとかなり、ますっ……!」
「信用できるんだかできないんだかよくわからない励ましね……」
「けどよ、超コミュ障な恋雪さんが真面目に出れたと考えると、ある意味ではいい励ましってことにならね? 緊張でガッチガチになったら、俺らの方が恋雪さん以上のコミュ障且つあがり症ってことになるしな! で、俺らが上がれば、恋雪さんも安心できる!」
「俊道、さすがにその励まし方は……いや、恋雪君だからあながち間違いとも言えない……」
「ひぅぅ~~!? や、やっぱり、し、死んだ方がいい、ですかぁ……!?」
「なんでそうなるんやろなぁ……」
「あ、あははは……」
場所は変わっても、普段のノリと変わらない姿に苦笑いが出るものの、やっぱり安心します。
正直、今ですらすっごく緊張してるし、明日からの二日間のことを考えると、すっごく心臓がどきどきするもん……。
「ん、かなり広い。あと、グッズが出てるのが不思議」
「あ、それわかるぞ!」
「ですねぇ~。私もすごく不思議な気分ですよぉ~」
「僕も。その、前に皐月お姉ちゃんと栞お姉ちゃんがアニ〇イトで恥ずかしそうにしてた理由がなんとなくわかったかなぁ……」
たしかに、普段自分が演じてる神薙みたまのグッズがずらーっと並んでる光景はその、不思議な気分であると同時に、なんだか恥ずかしい……。
「特に、君たちの場合はそうだろうね」
「せやなぁ。うちらの場合は、先に通販からやったし」
「そういやそうだな! 二期生も似た感じだっけか」
「そうですね。そう言う意味では、三期生はある意味ラッキー……いえ、ラッキーって言えるのかしらこれ」
「んまー、人によっては? でもうちの事務所、人気になりてぇー、って感じでやってる人いないしねー」
「で、です、ねぇっ……わ、わたし、は、う、売れなくても、ぜ、全然っ……!」
「とかなんとか言ってっけどー、恋雪っちのグッズってちょー人気だかんね?」
「あ、それ知ってるぞ! 隠れてない隠れファンから人気がすごいとか!」
「ん、私も持ってる。大変良き」
「私も持ってますねぇ~」
「ひぇぇぇ!? な、なななっ、なんでも、持ってる、んですかぁっ……!? わ、わわっ、わたし、なんて、い、いらない子ですぅ~~~!?」
「恋雪君は平常運転だね……あと、ミレーネ君、君、本当に頼むから、イベント期間中はそのままでいてね?」
「善処します」
「信用できない言葉ベスト3が来ちゃったよ……」
それ、柊君も言ってたなぁ……。
やっぱり、柊君と皐月お姉ちゃんってすごく相性がいいのかな?
「お、全員集まっているな」
と、僕たちがお話していると、社長さんがやってきました。
「やぁ、久しぶりの人は久しぶり、最近会った、という人はこんにちは。雲切桔梗だ。さて、色々と言うことはあるのだが……まず最初に訊こう。ホテル、どうだったかな?」
『『『怖いです』』』
「「過ごしやすいです(っしょ)」」
「ひ、広い、ですぅ……」
「椎菜ちゃんとみまちゃんみおちゃんの二人といっしょとか言う天国環境で最高です」
「うん、喜んでくれたようでなにより」
「社長、私含めた8名は喜ぶよりも恐怖が前に出てます」
「さすが、皐月君だ。流れるような自然なツッコミ、どうも」
社長さん、すっごく涼しい顔で受け流してる。
というより、スルーしてる。
「さて。見ての通り、そして知っての通り、明日から二日間、我々らいばーほーむのイベントが開催される。既に、会場周辺のホテルの予約はいっぱいだそうだ。すごいね。君たちの人気っぷりは。社長として鼻が高いよ。いやほんと」
ホテルいっぱいなんだ。
まあでも、二日間参加する人もいるし、中には遠方から来た、っていう人もいるもんね。
「当然、明日明後日は多くの人が参加することが予想される。参加する人の性格などは千差万別。中には、君たちのリアルを知ろうとする愚か者が現れてもおかしくはないだろう」
「社長! その時は処してもいいですか!」
「お金なら潤沢ですよぉ~」
「証拠は残さないように」
「「やったぜ」」
「いやだめだからね!? 社長! 煽らないでください!」
「ははっ! 冗談だよ。1割は」
「9割本気じゃないですか!」
「そうですよ! さすがにそれはダメです!」
「あぁっ、今日はミレーネ君もツッコミを――」
「あたしも混ぜてください!」
「私の味方はどこだァ!?」
「「「草」」」
うわぁ……三人とも、すごくいい笑顔だなぁ……。
「同期の君たち、私、キレても正当性があると思うんだ。どう思う?」
「「「超楽しい(わぁ)!」」」
「よしそこに並べ。一人一回ずつ、背負い投げするから!」
すごくいい笑顔なのに目が全く笑ってない皐月お姉ちゃんがそう言うと、お姉ちゃんたち一期生の三人がわー怒ったー! とはしゃぎだしました。
「あー、皐月君。投げるのはしていいから、今は話を聞いてもらえると助かる」
「社長も投げていいですか?」
「推しに投げられるなら本望」
「えぇぇ……」
「お、おおぅ、皐月先輩がドン引きしてるぞ……!」
「やー、やっぱ一期生は見てて楽しいんよー。あーしらの常識人はおかしくなっちゃったしー」
「誰が母性に人生を狂わされたツンデレですって?」
「おっ、あーしらが思ったことを読み取ってくれるとか、さっすがミレーネっち! やっぱ、あーしらしんゆー!」
「ちょっ、なんで抱き着くのよ!? っていうか、あ、あたしたちは、し、親友じゃないんだからね!?」
「おー、久々に見たなー、素のツンデレ」
「つ、ツンデレは、い、いいもの、です……!」
「あーはいはい、二期生も話聞いてねー」
「これ、あたしたちもやった方がいい流れ?」
「ん、でも残念。うちにはああいう風にボケる人はいない。強いて言えば、千鶴」
「とりあえず、みたまちゃんでも吸いますかぁ~?」
「吸うって何!?」
「こう、猫吸いみたいな」
「僕は猫さんじゃないよぉ!?」
それに、僕は狐さんです!
「椎菜君は、ネコだと思うが」
「違いますよぉ!?」
「社長、殺していいですか?」
「おおぅ、愛菜君から純粋な殺意を向けられてしまった。冗談だ。ともあれ、だ。話を戻して君たちをあのホテルの最上階にぶち込んだのは、防犯的意味もある」
「そういや、あのホテルはセキュリティがしっかりしてたな」
「その通り。それに、最上階は基本我々らいばーほーむのライバーとスタッフしかいない。所謂、貸し切りと言うものだね」
「あの社長、どこにそんなお金が?」
「ドル箱」
「端的な説明なのに、汚い大人の面が見られて私はすごくツッコミを入れたい衝動に駆られてますよ」
あぁ、皐月お姉ちゃんが何かを諦めた様な表情に……!
あと、ドル箱って……。
「あと、個人的な感情が一つ」
「その心は」
「みまちゃんみおちゃんの二名が参加するのが決まってから急遽変更した」
『『『えぇぇぇ……』』』
「いやしょうがないだろう!? そこまで愛らしい女の子が来るんだぞ!? どう考えても、絶景を見せてあげて、目をきらっきらさせたいと思わないかい!?」
『『『それは思う』』』
「ふぇ!?」
「「んぅ~?」」
そんな風に思ってたの!?
で、でも、二人のためって言うのは嬉しいけど……。
「あ、あの、社長さん、さすがにその、申し訳ない気が……」
「いやいや、気にしなくていい。こっちは君のおかげで業績が右肩上がりどころか、肩が脱臼して上に飛んで行くくらいの売り上げを見せているからね。あれくらい、資金の4割が消し飛ぶくらいさ」
「大分消えてますよぉ!?」
「いやなに。どうせ、このイベントで全て取り返せるから、必要経費と言う奴だ。あとは、君たちには普段から頑張ってもらっているのだから、これくらいはプレゼントさせてもらわないと、社長としてどうかと思うのでね」
ふっ、と笑みを浮かべながら、そうお話しする社長さん。
す、すごくカッコいい……!
これが、社長さん……!
「と、いうわけで、だ。明日からのイベント、楽しませることも大事だが。まずは、自分たちがいの一番に楽しむこと。全身全霊、全力全開で、イベントを楽しんでほしい。そのためのサポートを私たち運営スタッフは惜しまないし、何かあれば相談してほしい。これからリハーサルがあると思うが……あえて言おう! 今日のリハーサルで確認するのは、ほぼ流れだけだと! 各ステージの中身の確認はしない!」
しないの!?
社長さんのまさかの宣言に、ほとんどの人がびっくりした表情を浮かべていました。
何人かは楽しそうな顔だったけど。
「社長、さすがにそれはまずいのでは?」
「いや、むしろこっちの方がいい。何かアクシデントが起こっても、らいばーほーむだし、で許されるからねぇ! というか、むしろそっちを期待してさえいる!」
「社長、社長って運営者ですよね!? それでいいんですか!?」
「むしろ、こんな社長だかららいばーほーむが出来ると思えば……ね?」
「否定できないっ……!」
あの、皐月お姉ちゃんがすっごく苦々しい顔になっちゃってるけど……大丈夫なのかな? これ……。
「さて、そんなわけだ。もちろん、無責任と言うかも知れないが……私は思う。君たちはガッチガチにリハとかやって完璧にするよりも、ほどほどにやって、本番当日でハッ茶けてっ貰った方が、きっと楽しいだろうし、何より来てくれるファンの人たちも満足すると思う。だから、君たちは失敗なんてくだらないことを恐れずに、らいばーほーむらしく、そして、自分らしく思う存分! らいばーほーむってほしい! それが、私が君たちへの指示とさせてもらうよ。で、どうだ? やってくれるか?」
色々とツッコミどころはあるのかもしれないけど、社長さんの言葉には本気度が伺えたし、僕たちとしてもここまで信用されていると言われたので……
『『『はいっ!』』』
力強い、お返事をしました。
うん、そうだよね、失敗を恐れないで、自分らしく楽しめばいいんだもんね!
レッスンの時、杏実お姉ちゃんにも似たようなことを言われたし、それを心に刻んでおこう。
「まあ、リハの中身をやらない理由って、ぶっちゃけると……推しの本番は、本番で見てぇ! ってのと、いや絶対に出血多量で死ぬのが目に見えてるから、なんだがね」
『『『ずこーーーーっ!!!』』』
「すごいわかる、社長!」
「同じくですぅ~~~!」
「君たちのその平常運転っぷりはなんなんだい……?」
「皐月さん、ツッコんだら負けだと思います」
「君もどっちかと言えばもうあっち側だよね、ミレーネ君」
「あれぇ!?」
なんて、いつものノリになりながら、僕たちはリハーサルをして、当日の動きを全部確認し終える頃には、既に夕方になっていました。
ちなみに、みまちゃんとみおちゃんの二人は、途中まではしゃいでいたんだけど、疲れちゃったようでスタッフさんが持って来てくれた椅子ですやすや眠ってます。
「よし、これでリハは終わりだ。この後はホテルに戻って明日明後日に備えてゆっくりと休んでほしい。では、私もそろそろ許容限界を突破しそうなので、これで失礼するよ。我がらいばーほーむの存在は世界一ィィィィィ!!!!」
社長さんは、すごくいい笑顔をしていたと思ったら、なんだかその、おかしな笑顔になったままアスリートさんのような走り方でどこかへ行ってしまいました。
「……えー、社長が壊れたが、私たちは戻ろうか」
『『『あ、ハイ』』』
社長さん、いろんな意味で大丈夫なのかな……?
けど、明日からイベント本番……うん、全力で楽しむし、全力で楽しんでもらわないとね!
遂にイベントォ! と言いたいところですが、多分次回は掲示板回。
イベント前日の掲示板でも書こうかなって思ってます。すっごい久々に掲示板書くけど……。
うん、なので、実質的なイベント開始は明後日から! お楽しみにィ!




