#119 なんてことない日、イベントまであと16日
いるかおねぇたまとの配信が終わってから一週間ほど。
「あぅぅ~~~……」
僕は教室でぐったりしていました。
「椎菜、大丈夫か?」
「椎菜ちゃん、ぐでぐで~ってしてるよ? 大丈夫?」
「大丈夫……じゃないかなぁ……」
ぐで~っと机に突っ伏す僕を見て、二人が心配そうに声をかけてきました。
「ここの所、早く帰ってるみたいだが……もしかして、レッスンか?」
「うん~……イベントも近いから、頑張らなきゃ~ってなってて……それに、その、僕がペアでやるイベントもあるでしょ? だから、二人で極力集まって、一緒にレッスンを受けてて……」
本格的なレッスン自体は、藍華お姉ちゃんと配信した次の日から始まったけど、やっぱり初めてのことだから、慣れてなくて変に疲れちゃって……。
「なるほどな。しかし、そんなに大変なのか?」
「そうだねぇ~……僕としても初めてのことばかりで……歌って踊るのって、あんなに大変なんだね……」
よく、アイドルさんとか一部のVTuberさんは踊りながら歌うなんてことをしていたけど、あれって本当に疲れます……。
肺活量もいるし、体力もいるので。
TS病の影響で、体力面は問題なかったけど、やっぱり慣れないことをしてるからか、精神面の方に負担が……。
「あー、そっか、椎菜ちゃんライブって書かれてたもんね。それにやっぱり歌って踊るんだ?」
「うん」
「それ、言ってもいいのか?」
「大丈夫~。公式サイトには情報も出てるから~……」
「本当に疲れてるんだな……期末テストは大丈夫なのか? そんな調子で。勉強は? テストは来週だぞ?」
「予習復習を日課にしてるから、余裕はあるよ~……」
元々、普段から予習復習をするようにしてたから、慌ててお勉強を! なんてことにはならないようにはしてます。
何が起こるかわからないから、そう言う風にしてるんだけど。
「それならいいが……しかし、椎菜がそこまでぐでっとしてるのを見ると、よっぽど大変なんだなと思わされるな……。俺、来年は参加させられるんだろ……?」
「だろうねぇ。高宮君も向こう側だし?」
柊君がデビューすること自体は秘密なので、こそこそと周りに聴こえないようにお話。
僕としては、早く柊君が来てくれると嬉しいなぁ、なんて思ってます。
あとは……皐月お姉ちゃんが、その……うん、すっごく柊君が入って来るのを待ってると言うか……。
「はぁ……俺も俺で気を付けないと、か。いや、来年は大学受験もあるのか……そこを考えると、なかなか両立が難しそうだな……そうなると、今からある程度積み上げておいた方が良さそうだな……」
「あれ? 高宮君は進学なの?」
「あぁ。大学に行って損はないからな。就職もいいとは思ったんだが、まあ、両親が大学は行っておいた方がいいって言って来ていてな」
「そうなんだね~……僕は、どうしようかなぁ……」
「椎菜ちゃんはどうするか決めてないの?」
「う~ん、大学に行くでもいいし、そのまま就職でもいいとは思うんだけど……配信者としての活動もあるから、どうしようかなぁって。さすがに、進学も就職もしないで卒業するのは、色々と先生たちに心配をかけさせちゃいそうだし……」
「それはそうだろうな。現状、椎菜が神薙みたまだと知ってるのは、うちのクラスと田崎先生くらいだからな。他の先生方は知らないだろう」
だからこそ、僕が進学も就職もしないで卒業するのは心配されちゃいそうなんだよね……ただでさえ、僕はTS病っていう本当に珍しい病気にかかっちゃったからね……。
一応、三年間は毎月20万円支給されるけど、それは高校卒業から四ヶ月くらいでなくなっちゃうから、そう言うのも含めて心配されそうだよね。
……実際には、かなりの貯金があるので、必要ないくらいだけど……。
「だが、もう決めておいた方がいいんじゃないか? 大学に行くにせよ、就職するにせよ、早めにな。まだ一年ある、じゃなくて、あと一年しかないと思った方がいいとはよく言うだろう? 高校生活の三年間なんてあっという間なんだ」
「そうだね~…………」
「椎菜ちゃん的には、どっちに気持ちが傾いてるの?」
「個人的には大学かなぁ……」
「そうなのか?」
「うん~……ほら、いつまでやるかはわからないけど、まだまだ活動はするつもりだし……それなら、ある程度自由がある大学の方がいいのかなぁ~、なんて……」
「たしかにそうだな」
「なるほどねぇ~。でも、大学生が何人かいるんだもんね?」
「うん~……一人は3月には卒業だけど」
栞お姉ちゃん、就職はしないって言ってたけどね。
なんでも、VTuber以外に収入源があるらしいけど……。
何をやってるのか気になるなぁ。
「そっか~。……それにしても、椎菜ちゃん、本当に大丈夫?」
「疲れが取れないかなぁ……」
「明日明後日は休みだが……やっぱりレッスンか?」
「ううん、レッスンの先生が、今週の土日は休んでいいって言ってて……一応テストがあるからって言うのもあるけど、それ以上に飲み込みがいいから、それくらいなら大丈夫って」
「まあ、椎菜は元々体力が低かったが、愛菜さんの護身術を習って、すぐに覚えるくらいには妙に体の動きに対する才能はあったからな。運動神経がいいんだろうな」
「まだまだだけどね~……」
栞お姉ちゃんは、一度経験してるからか、かなりすごくいい動きをしてたしね。
僕も栞お姉ちゃんに追いつけるようにしないと……。
「あ、そうだ。ねね、椎菜ちゃん」
「なぁに~」
「椎菜ちゃんって、元日は暇?」
「ふぇ~? 元日……?」
「そそ! ほら、初詣行きたいなぁって!」
「朝霧、まだその話をするには早くないか? そういうのは、せめて冬休みの前日にすると思うんだが……」
「いいじゃんいいじゃん! 椎菜ちゃん多忙なんだし、こういうのは早めに決めておきたいじゃん!」
「それはそうだが……」
「それで、どうかなどうかな?」
「初詣……うん、いいね~。みまちゃんとみおちゃんの二人も一緒でいいかな~?」
「それはもちろん! でも、神社に神様を連れて行くってことだよね? それって」
「……たしかに。色々と大丈夫なのか?」
「……わからない、かなぁ~……」
たしかに二人は神様だけど、神薙みたまを基にして生まれた神様だから……何を司ってるのか知らないんだよね……。
「まあ、大丈夫だよ、きっと! じゃあ、元日は一緒に初詣に行こ! 高宮君も一緒に!」
「あぁ、構わないぞ」
「僕も~」
「やた! じゃあ決まり! あとは冬休みかな? 二人は予定はあるの?」
「俺は……特にないな。家でのんびりしようと思ってるよ。というか……俺にとっては今年の冬休みがゆっくりできる最後の冬休みかもしれないからな……」
「高宮君、すっごく遠い目になってるよ?」
「……例の家事サービスの配信を見て、戦々恐々としていてな……」
「あー、すごかったよねぇ、ツンデレちゃん。あれもう常識人じゃないよね。たつなさんとか、すごく胃が痛そうにしてたし」
「本当にな……」
「あと、さらっと明かされたけど、いるかちゃんってお母さんがいなかったんだね」
「みたいだね~……僕、すっごく申し訳ない気持ちになっちゃったよぉ……」
何も知らなかったとはいえ、すごく言いづらいことを言わせちゃったし……。
でも、あの配信は配信ですっごく楽しかったし、何より藍華お姉ちゃんの可愛い所が見れたのでよかったです。
あとは、片親しかない人の気持ちは僕もよくわかるから。
僕の場合は、お父さんだけど……。
「それはそうだろうな。だがまあ、椎菜にあそこまでの母性があるとは思わなかったな……」
「わかるー! あれ、すごかったよねぇ! あたし、鼻血出ちゃったもん!」
「大きな声で言う事じゃないと思うよ~……?」
「ありゃりゃ、本当に元気がないねぇ」
「よっぽど疲れてるんだろう。……それで、椎菜の冬休みの予定は?」
「僕は……配信がメインになる、かなぁ。あ、あとは旅行に行く予定があります」
「旅行! いいなぁ」
旅行に行く予定があると言うと、麗奈ちゃんが羨ましそうな声を上げました。
「それってあれか? らいばーほーむのメンバーで行く……」
「そうだよ~。温泉旅行~」
どこへ行くかの具体的なことはまだ決まってはいないけど、それでもみんなで旅行は楽しそうだよね!
それに、みまちゃんとみおちゃんの二人も連れて行っていいって言われてるから余計に!
「温泉旅行かぁ……椎菜ちゃんなら、いろんな意味で温泉を満喫しそうだよね」
「どういう意味で~……?」
「ほら、椎菜ちゃんって胸が大きいから、肩凝りが解消されるんじゃないかなーって」
「あ、なるほどね~……たしかに、肩凝りが解消されたら嬉しいかなぁ。もちろん、こんな体になっちゃった以上、肩凝りとは一生戦うことになりそうだけど……」
この体になってから一番困ったのは、肩凝りと生理だからね……。
女の人って本当に大変だったんだなぁって、そう思います……本当に。
「その胸じゃね~」
「あ、あははは……」
「……そう言う話は、出来れば俺がいない時にしてほしい所なんだが・……」
「「あ」」
「まあ、別にいいけどな……周囲からの視線が痛いが」
微妙な表情を浮かべながら、柊君がため息交じりにそう呟きました。
見れば、柊君に鋭い視線を送ってる男子のみんなが。
「しかし……そうか、椎菜は本当に忙しくなったんだな」
「たしかに忙しいけど、充実はしてるから楽しいよ~……?」
「覇気のない状態で言われてもな……まあ、いいか。椎菜、あぁ、朝霧もだが、冬休みは適当に集まって遊ぶか?」
「あ、いいねいいね! 是非是非!」
「僕ももちろんいいよ~……」
「なら、近い内に予定を決めるか。少なくとも今日は……椎菜がこの調子だからな」
「なんだか、ごめんね~……」
「いやいいよ。レッスン自体、かなり大変そうだからな。……さてと、そろそろ席に戻るかな。椎菜、居眠りはしないようにな」
「し、しないよ~? 多分……」
「椎菜ちゃん、すっごくしそうな反応だよ?」
「あぅ……だ、だって、眠いので……も、もちろん、寝ないつもりだけど……」
授業で居眠りなんてしちゃいけないからね。
それに、ちゃんと授業を受けないと、怒られちゃうし、成績にも響いちゃうからね……。
今日はいつも以上に頑張らないと!
ふんすっ! と意気込む僕だったけど、結局今日の授業の半分くらいで、うつらうつらして、軽く居眠りをしちゃって、先生に心配されるのでした。
すっごい平穏……。
こういう何でもない日常話は、個人的には好きです。山も無ければ谷もない、本当に普通な生活って感じがして。実際、椎菜って普通じゃない生活ですからね……。




