バレンタイン特別IF:小話#2 日常
【柊×皐月】
2月14日のバレンタイン。
街をひとたび歩けば、男女で腕を組んで歩くカップルや、これからチョコレートと共に告白をしようとしているのか、気合の入った女性、自信なさげだが健気に頑張ろうとする女性、呼び出されたのかそわそわしている男性や、浮かれている者たちを羨ましそうに見る男性、もしくは嫉妬しているような男性などなど、それはもう様々な者たちがいた。
そんな中、なかなかのイケメンであり、どこか所在なさげに見える柊だが、内心では割と緊張していた。
一体なぜそうなっているかと言えば……。
「やぁ、待たせたかな?」
「いえ、全然待ってないですよ。むしろ、ついさっき来たばかりで」
「はは、さすがは中身もイケメンと呼ばれる高宮君だね。それじゃあ、行こうか」
「あ、はい」
今日はデートに誘われていたからである。
色々あってらいばーほーむに入り、四期生として活動を始めた柊は今日、自身をらいばーほーむに引き込んだ張本人から、
『バレンタイン当日、良ければ一緒に外出しないかい?』
とのお誘いを受けていた。
柊的には、毎年恒例の鬼ごっこをするんだろうと思っていたのだが、あの面倒な状況から離れられると渡りに船だったし、正直な所楽しそうだとも思ったので、受けることにした。
ちなみに、今日は普通に平日なのだが、姫月学園ではバレンタインデーは学園がパーティー仕様になるため、出席だけすれば後は自由。学園側で用意されたチョコを食べるもよし、意中の相手にチョコを渡していい雰囲気になるもよし、逆にそわそわとチョコが貰えないか学内を歩き回るも良しの日だ。
あと、昨年の柊は、整った容姿からやたらとチョコを貰っていたため、男子から嫉妬され、リアル鬼ごっこに発展したので、苦い思い出だ。
まあ、中学時代もそうだったが。
そう言う背景もあって、柊は毎年バレンタインは複雑な気持ちで学校へ行くのだ。
しかし、今年は皐月と出かけると言うこともあって、その大変な状況からは逃れられて気分は軽やかだ。
あとはまあ、柊から見ても皐月は普通に美人だし、好みのタイプということも相まって、普通に嬉しいのである。
表には出さないが。
「それにしても、どうして俺を誘ったんですか?」
「ん? あぁ、まあなんだ。君には色々と迷惑をかけてるんじゃないか、と思ってね。そのお礼さ」
「迷惑って……あー、こう言っちゃなんですけど、確かに城ケ崎さんに誘われたのがきっかけですが、俺は椎菜が心配でもありましたからね。別に迷惑じゃないですよ」
「いやそうは言うが……四期生、大変だろう? 特にあの二人」
「……否定は、できません」
四期生の二人と言われて、柊はすごく苦い顔をしながら肯定した。
苦虫を嚙み潰したような顔と言われたら、間違いなくお手本となるような苦々しい顔である。
「私としては、どんなに酷くとも千鶴君のような人物が一人入って来るだけで、他の二名はマシな方だとは思っていたんだが……まさか、半分が千鶴君レベルの狂人とはね……いや愛菜レベルでもあるか」
「俺も驚きましたけどね……ある意味楽しくはありますが、胃が痛い……」
「だろうね……あれは、私でも手に余りそうだ。ミレーネ君がすっかり向こう側に行ってしまったので、私としてはどうしようもなさそうなんだけどね」
「ははは……」
既に四期生として活動を始めている柊は、もう既に胃を痛めていた。
さすがに、シスコンとロリコンレベルの人が来ることはないだろうと思っていたからだ。
実際はそんなことはなく、むしろそれレベルのヤバいのが二名ほど入ってきてしまった結果、柊の負担はえらいことになった。
「……正直、城ケ崎さんがいかにすごいかがよくわかりましたよ」
「と、突然どうしたんだい?」
「今まであの愛菜さんを抑え込んでいたり、他にも後輩たちのストッパーをしていたことです。俺は、クラスの方で精一杯だったんですが……正直今は段違いですよ。というか、俺も抑え込めるか怪しいんですが、あの人たち。なまじ年上なのが余計に……」
「まあ、そうだろうね……とはいえ、尊敬、か。ふふ、頭がおかしくならなそうな君に、そう真っ直ぐ言われると照れるが、嬉しいものだね」
柊の発言に、皐月は少しだけ頬を赤くしながら嬉しそうに笑った。
そんな表情に、柊の方も思わずドキッとする。
「っと、ここだ。ここが今日の目的地」
「ここは……喫茶店、ですか?」
柊が連れてこられたのは、ひっそりと佇む一軒の喫茶店だった。
モダンな雰囲気を出している店で、柊はなんとなく気になった。
「あぁ、喫茶『白日』。名前の由来を聞いたことはないが、すごく居心地のいい場所さ。私も一人で来ることがよくある。というか、らいばーほーむ内でここを知っているのは、私くらいだろうね。そもそも喫茶店であることに気付かない人も多く、私も初見じゃわからなかった」
「なるほど……しかし、なぜここに?」
「時に高宮君は、甘いものは好きかい?」
「は? あ、はい、人並みには……」
「ならよかった。丁度今日はバレンタインで、特別メニューを出してくれるんだよ。しかも、これがかなり美味しい」
「へぇ、それは期待しちゃいますね」
「あぁ、期待していいとも。さ、入ろうか」
「はい」
皐月先導する形で扉を開けると、ちりんちりん、というドアに付けられたベルが鳴る。
中はこじんまりとしているが、あまり狭さなどは感じなかった。
日当たりがいいのか、日が差し込んでおり、暖かな雰囲気があり、柊は入っただけでなんとなく気に入った。
テーブルや椅子などは全て木製であり、木の温かみもある。
「なるほど、これはいいお店ですね」
「お、気に入ったかい?」
「はい」
「いらっしゃいませ。おや、城ケ崎さん」
と、二人が入り口付近で話していると、穏やかな笑みを浮かべた初老の男性が出迎えた。
「やぁ、白野さん。バレンタインセット、二つ頼めるかな?」
「かしこまりました。そちらは……恋人ですかな?」
皐月の注文を受けた白野と呼ばれた男性は、どこか好奇心を覗かせた表情で皐月の隣にいる柊のことを尋ねた。
「ははっ、さすがに違うよ。先輩後輩の関係で、まあ、友人でもあるかな?」
「は、初めまして、高宮柊って言います」
「おやおや、これはご丁寧に。喫茶『白日』の店主をしております、白野修と言います」
胸に手を当てて一礼する姿は、どこかの紳士に見えた。
なんと言うか、カッコいい、そんな男性である。
「ささ、お好きなお席にどうぞ」
「あぁ」
とりあえず、二人は適当な席に座ると、注文した物が来るまで雑談に興じた。
「それにしても、俺たちしかいないんですね」
「まあ、本当に穴場だからね」
「経営とかって出来てるんですか?」
「そうだね。私も以前気になって聞いたことがあるんだが、どうやら趣味で経営しているだけで、売上は気にしていないらしいんだ」
「え、そうなんですか?」
「あぁ。なんでも、暇になってしまった余生、どうせなら好きなことをしていたい、と言った感じらしい。なので、採算度外視。あくまでも、来てくれた人に美味しいコーヒーや紅茶、スイーツ、料理なんかを提供するらしい。私もなんとなくで入ったけど、すぐに気に入ったよ」
「なるほど……」
お金目的ではなく、自分の趣味のためにやる、という部分になんとなく柊は惹かれた。
柊自身、まだ高校二年生の青二才もいい所だが、いずれは大人になって社会で働いて、年を取って老人になるのは間違いない。
もし仕事を辞めた後、自分は何をしているだろうと思うと、店主のやっていることはかなりお手本になりそうな気がしたのだ。
「趣味で経営する店、か」
「ん? 興味でもあるのかい?」
「あー、いや。もし金銭面に余裕があって、暇な老後になったら、こういうのもありかと思って」
なんて柊が言うと、まさかの話が飛び出て来て皐月は思わず面食らった。
しかし、そのままははっ、と笑うと口を開く。
「なるほどね。しかし、高宮君。君はまだまだ先が長い。その間に色々と経験してから考えるべきだよ?」
「それはわかってますよ。あくまでも、もしそうなったら、っていう話ですからね」
「ならばよし。……ま、その時君がそう言う風にするのだったら、私も是非とも一緒したいところだね」
「はいっ?」
「いやなに。君は面白いし、何より一緒にいて落ち着く」
「あっ、そ、そうですかっ?」
「そうだとも。モデル業もそうだが、配信者業もかなり大変だからね。私としては、下手に問題を起こさないし、一緒になってストッパーをやってくれる君のことは目をかけているんだよ。あと、普通にカッコいいしね、君」
ふっと大人っぽい笑みを浮かべる皐月に、柊は顔を赤くさせた。
その気がないと思ってはいるものの、こうも勘違いさせるようなセリフを言われまくれば、いくら柊と言えどもさすがに顔だって熱くなるし、思わずドキッともする。
というか。柊的には皐月が好みのタイプなので、余計なのだが。
あくまでも、同年代に興味がないだけで、柊は割と恋愛は興味ない、なんてことはない。むしろ、好みのタイプがいれば人並みに一喜一憂はできる性格をしている。
間違っても、色々と捨て去った人というわけではない。
「お待たせしました。バレンタインセットです」
と、ここで注文していた品が届いた。
「これはまた……」
「今年も美味しそうだ」
「それでは、ごゆっくり」
二人の目の前に置かれたのは、白い丸皿に、フォンダンショコラ、トリュフチョコレート、あとはチョコレートフォンデュが載せられた物と、ホットコーヒーが入ったカップだった。
「これはまた……椎菜だったら間違いなく、完食が難しいセットですね」
「はは、そうだね。君は行けるかい?」
「はい、全然平気ですよ。それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
早速とばかりに、柊はフォンダンショコラを一口サイズに切って、口に運ぶ。
すると、ふんわりと柔らかい生地と、熱すぎない、かといって温くもない、絶妙な温度に溶けたチョコレートの甘さが口の中に広がった。
甘すぎず、かといって薄いと言うわけでもなく、ただただ美味しい。
「これは……美味しいですね」
「そうだろう? トリュフチョコレートも美味しいし、チョコレートフォンデュもいいよ。そして、それらを食べた上で飲む、ブラックコーヒーが最高でもある」
「……たしかに、このコーヒーは美味しい」
「だろう。白野さんが独自にブレンドしたものらしいけどね」
「なるほど……ん、こっちのもいいな」
と、バレンタインセットが気に入った柊は、皐月とセットについて話しながら綺麗に完食した。
「ふぅ……すごく美味しかったです」
「なら、連れてきた甲斐はあったかな?」
「いや、ここに連れて来てもらえてよかったですよ。また来たいと思うくらいには」
「それはよかった。……さて、そんな君にはこれを上げよう」
皐月は少し頬を赤くさせながら、柊にどこか可愛らしい柄の包装紙で包まれた箱を柊に手渡した。
「これは……」
「私からのバレンタインさ」
「え、いいんですか?」
「もちろんだとも。どうだい? 嬉しいかい?」
「それはもちろんですよ」
「ほほう? しかし君は、あまり恋愛ごとに興味が無いように見えたんだが?」
「いや、俺の場合は単純に好みが年上ってだけですから。それに、城ケ崎さんみたいな綺麗な人からバレンタインのチョコレートを貰うのは、俺からしてもものすごい嬉しいことで……って、どうしたんですか?」
「あ、い、いや……は、ははっ、そ、そうかっ、君から見て、私は綺麗か」
突然真正面から綺麗と言われて、皐月は顔を赤くさせた、
皐月のことを綺麗だと言う者は多く、言われ慣れているのだが、なぜか柊相手には普通に赤くなってしまっていた。
「何を言ってるんですか? そりゃ綺麗ですよ? 正直に言えば、好みではあります」
「んにゃ!?」
さらに畳みかけるように、好みだと言われて、猫のような悲鳴が出た。
「えっ、ど、どうしたんですか?」
「な、なんでもないが!?」
「そ、そうですか? あの、真っ赤ですよ?」
「き、気にしないでくれっ、ちょっと熱いだけだからっ」
「いや、丁度いいかと思うんですが……」
「いいんだよっ!」
「ならいいですけど、風邪、引かないでくださいよ? 最近はインフルエンザも流行ってるみたいですし」
「あ、あぁ、もちろんだよ。……くっ、年下にこうもドキドキさせられるとは……嬉しいような、恥ずかしいような……」
この後、二人はなんてことない雑談(中身は愚痴に近いが)をして、満足した後家路に就くのだった。
◇
【愛菜×千鶴】
「というわけでバレンタインです」
「あのぉ~、どうして私が呼ばれたんでしょうかぁ~?」
2月14日、バレンタイン。
乙女たちの聖戦の日とも言える日に、千鶴はなぜか愛菜に呼ばれていた。
場所は桜木家のすぐ近くにある小さな公園だ。
公園とは言っても、遊具なんてない、ベンチとちょっとした自然のある場所なので、子供は基本的に来ないのだが。
「千鶴ちゃんは椎菜ちゃんのことが大好き、そうだね?」
「そうですねぇ~。あそこまでの理想のロリで、世界一可愛い人はいませんよぉ~」
「うんうん、よくわかってるね! というわけで一つ、問題があります。椎菜ちゃんに関することです」
「ほほぅ~」
「先におさらい。椎菜ちゃんは元男の娘のTSっ娘。OK?」
「OK」
「バレンタイン当日、椎菜ちゃんはそれはもうモッテモテになる」
「なるほどぉ~? 真理ですねぇ~」
「そう真理。しかし、今年からの椎菜ちゃんは一味も二味も違う! そう……椎菜ちゃんは見るだけで可愛さで心臓が止まっちゃうレベルで可愛い幼女になってしまった! そう、椎菜ちゃんを狙う悪い人がいるかもしれないっ……!」
「それはだめですねぇ~……! 間違いありませんよぉ~~!」
「そうでしょう? なので、ここは一つ、椎菜ちゃんに危害が及ばないように陰ながら見守ることにします」
「了解ですぅ~~」
過保護の度を越えている気がするが……まあ、シスコンなので致し方なし。
あと、それにすぐ同調するロリコンもロリコンである。
何はともあれ、二人の今日やることは、椎菜に何か危険が及ばないかを見守ることだ。
バレンタインの主役は女性とは言え、椎菜の場合は普通に男から女になった稀有な存在であるため、かなり厄介とも言えるが。
と、そうこうしている内に、家の玄関が開き椎菜が出てきた。
「行ってきます」
ちょうど学園へ行くところらしい。
「というわけで、早速行こっか。椎菜ちゃんを護るよ!」
「おぉ~」
二人のストーキ――護衛任務(笑)が始まった。
今日の姫月学園では、バレンタインパーティーが催されている。
内容としては、授業が一切なく、ただひたすらにバレンタイン仕様になった学園内を練り歩いたり、あとは告白したり、されたり、まあ細かいことは柊の話でしたので割愛。
とはいえ、さすがに部外者は入れないので、二人がするのは学園の外から椎菜の様子をうかがう事……ではなく、学園内にいる人物から情報を貰うことだ。
「というわけで、お姉ちゃんでーす☆」
『……あの、愛菜さん。俺にお姉ちゃんでーす、とか言われても反応に困るんですが。というか、突然どうしたんですか?』
情報を貰う相手は、椎菜の幼馴染であり親友、そして愛菜が強制的に鍛え上げた柊である。
電話に出た柊は、呆れた声を出しつつも、電話をかけて来た理由を即座に尋ねる。
「いやほら、椎菜ちゃんって女の子になっちゃったじゃん? だから、椎菜ちゃんが心配だなーって思って。で、今学園の近くの喫茶店にいるんだよね」
『はぁ……ということは、今日一日、椎菜に問題がないか確認しろってことですか?」
「それもあるけど…………っと、はい、今送ったー」
『何を……って、なんですかこのアプリ』
「それは、杏実ちゃんが作った、映像送信アプリ。そのアプリを起動すると、インストールしたスマホを通して、リアルタイムの映像が設定したデバイスに届くっていうアプリ」
『何入れてんですか!?』
「まあ、安心してよ、バッテリー消費はかなり抑えられてるし、カメラ部分で取ってればいいだけだから」
『いやそれ、普通にビデオ通話で良くないですか?』
「そんなことしたら、椎菜ちゃんにバレちゃうじゃん。人知れず守るのがお姉ちゃんです」
『あぁ、はい、そうですか。……つまり、スマホのカメラで椎菜の様子を取ればいいってことですね』
「そゆこと! じゃ、お願いね! あ、一応音声はこっちに届くから安心してね! それじゃ!」
『あ、ちょっ――』
柊が何かを言おうとしたが、その前に愛菜が通話をぶっちぎった。
「というわけで、これから私たちがすることは、こちらのPCで柊君から送られてくる映像を見ることです」
「いつの間にこんなアプリをぉ~~?」
「いずれ使えるかなと」
「用意周到ですねぇ~」
それだけで済ませていい問題じゃない気がするし、人によっては悪用も考えるくらいのアプリなのだが……まあ、頭の中が愛する妹と姪のことでいっぱいの愛菜には、悪用をしようなどと考えることはないのだが。
ちなみに、仮に脳内メーカーで愛菜の頭を表示したら、4割が妹、4割姪、残りの2割が仲となる。
仲はらいばーほーむのライバーたちのことを指す。
つまり、シスコンの頭の中は基本的に妹と姪とほんの僅かのらいばーほーむのライバーのことしか頭にないとも言える。
アホである。
まあ、隣にいる千鶴に至っては間違いなく、幼で埋め尽くされていそうだが。
閑話休題。
「はいじゃあ、早速映像が映ったので見て行こう。……ほほう、相変わらず椎菜ちゃんは可愛いねぇ」
「ですねぇ~。それにしても、結構賑わってますねぇ~。この学校は毎年こうなんですかぁ~?」
「そうだねー。少なくとも、ハロウィンやクリスマス、バレンタインなんかは毎年やってるかなー。まあ、前回のクリスマスパーティーに関しては、椎菜ちゃんはらいばーほーむのイベントに出ていたから、未参加だけどね。とはいえ、あれは冬休み中のイベントだから、出席してもしなくてもいいタイプのものだけど」
「それじゃあ、他のイベントは出席が必要なんですかぁ~?」
「うん、必要。とはいえ、出席だけして帰るのはありだから、人によっては出席したー! じゃあ、帰りまーす! をする人もいたけどね。ちなみに、私はいじめられてたので、速攻帰宅してました☆」
「重いですねぇ~」
「ま、私だからね☆」
しれっと重い話を混ぜても、千鶴は特に表情を歪めるなどはしなかった。
まあ、千鶴としてはいまいちピンとこないし、そもそも楽しそうにしている愛菜を見たら、そんな気なんて起きなかったので。
「っと、話してる間に映った! おー、柊君のスマホ、それなりに性能がいいものだから、結構綺麗に映るねぇ」
「アプリを落としたスマホに左右されるんですねぇ~」
「そうみたい。さすがに、性能を超えた物は無理~、って杏実ちゃん言ってたし」
「それはそうですよねぇ~」
まあ、頑張ればできそう、とも杏実は言っていたのだが。
余談ではあるが、杏実のプログラミング技術はかなり高い。
プログラマーが一人なのにゲーム制作が問題なくできていることから、それは当然とも言えるが……尚、もうすぐ完成まで迫っていたりする。
「ふむふむ……少なくとも、今のところは平穏だね。田崎先生ちょっと疲れてそうだけど。また飲みに誘おうかな」
「仲いいんですかぁ~?」
「仲がいいと言うか、私の恩師。すっごいいい先生だけどねー。というか、田崎先生以上にいい先生を私は見たことないし」
「ほほぉ~。実は私には姉がいるんですけど、小学校の先生をしてるんですよぉ~」
「へぇ~……って、え、そうなの?」
「はいぃ~。百合園家は子供好きが多いのでぇ~」
「あー、だからロリコンに」
「ですねぇ~」
そこをですねぇ~、で肯定できる辺り、普通に酷いのだが、二人は頭がおかしいので何も言わない。
「むっ、椎菜ちゃん本当にモテモテ……! 随分とチョコを貰ってる……!」
「本当ですねぇ~。すれ違うたびに貰ってませんかぁ~?」
「ぐぬぬぅ……し、しかし、恋愛的な意味で狙ってるわけでも、下心的な意味で狙ってるわけでもなさそうだし……」
「今のところは普通のバレンタインですねぇ~」
「みたいだねぇ」
柊が撮影している椎菜の様子を見て、二人はなんてことないバレンタインだと安堵する。
まあ、何か問題が起こるとも思えないし、そもそも椎菜相手に問題を起こそうものなら、確実に死が待っているのだが。
と、バレンタインパーティーな日の学園は騒がしく、そこかしこでチョコを渡したり渡されたりをしている光景が繰り広げられており、そこかしこで甘い雰囲気が漂っていた。
「こういうのを見てると、私たちって浮いた話がないよねぇ」
「まあ、男性に興味がありませんしぃ~」
「私もそれなりに変だって自覚あるけど、千鶴ちゃんも結構おかしいよね」
「お互い様ですねぇ~」
ふふふ、とお互いに笑い合う二人。
実際の所、この二人は普通に相性がいいのだ。
「それにしても……うんうん、実に平和。学園は平和でいいねぇ……」
「ですねぇ~。まあ、私も本職的に少々こういう世間一般のイベントの日というのは忙しくはあるのですがぁ~」
「……そう言えば、千鶴ちゃんって本職何やってるの? 私、知らないんだよねぇ」
「あまり表立って言える仕事じゃないですからねぇ~」
「え、なに? 裏稼業的な?」
「そう言うのじゃありませんよぉ~。合法ですからぁ~。届出も出してますしぃ~」
「ふぅん? というか、届出が必要な仕事なんだねぇ」
「そうですねぇ~。これでも、かなり稼いでますからねぇ~」
「それは知ってる。じゃなきゃ、あんな立派なマンションで生活できないでしょー。ちなみに、どういう職業で?」
「……えーっと、耳打ちでいいですかぁ~?」
「もちのろん」
「では――」
ごにょごにょ、と愛菜の耳元で千鶴自身がしている職業を言うと……
「……え、マジ?」
「マジですねぇ~」
「千鶴ちゃん、それ、椎菜ちゃんにもし言ったら……殺すよ?」
愛菜、言葉にとんでもない殺気を込めていた。
しかし、千鶴はそれを柳に風と涼しい顔で受け流していたが。
「大丈夫ですよぉ~。そもそも言えるはずありませんしぃ~。というか、言ったら私は切腹しますよぉ~」
「うん、その気概やよし。……でも、そっかー、それで儲かってるんだから、普通に需要があるんだねぇ」
「思いの外ありましたねぇ~。そこで私はトップをさせてもらってますけどぉ~」
「実質会社の社長だよね、それ」
「まあ、間違いじゃないですねぇ~」
「……私もそうだけど、なんでライバーしてるんだろうねぇ。新しく入った四期生の内の二人もそうだし」
「ん~、お金が全てじゃないっていう事じゃないでしょうかぁ~? たしかに、一発当たればお金も稼げるのが配信者ですからねぇ~。特に、VTuberは当たれば大きいですしぃ~」
「まあねぇ。ま、らいばーほーむはお金目当てで入ろうとしたらほぼ確実に落とされる事務所だし。もちろん、例外はあるけどねー」
ちなみに、その例外とはうさぎのような場合である。
一応は、トレード以外にも収入源が一応欲しいと思ったからやってるのと、あとはまあ、自分を変えたいと思ったからが理由なので。
「んー……今のところは問題もないし、ちょっと何か食べよっか」
「あ、いいですねぇ~。少しお腹も空きましたしぃ~」
「よっし、じゃあ軽食でも頼もーっと」
問題がないことを確認してから、二人は軽食を注文した。
◇
それから柊のスマホを通して一日の椎菜の動向を見ていた二人が、特にこれと言って問題が起こることはなく、帰宅することになったようだ。
『っというわけです。一応、妙なことをしようとした人がいましたが、俺の方で対処しておいたんで大丈夫です』
「りょうかーい。なるほど、画面外であったわけかー。だから画面がちょっと乱れたんだね」
『すみませんね。っと、じゃあ俺もそろそろ帰宅するんで。これで。あ、これの消し方ってアプリをアンインストールすればいいんですか?』
「そうだね。それでOK」
『じゃ、消しときます。……というかこれって、普通に犯罪行為な気がするんですが……』
「まあ本筋じゃないからセーフセーフ。それに、家族のことを思ってのことなので!」
『それでまかり通ったら、警察も法律もいらない気がしますが……はぁ、まあいいですよ。それじゃあ、お二人も気を付けて』
「うん、今日はありがとね、柊君。あとで、君の家に高級チョコレートをポストに放り込んでおくよ」
『怖いんで止めてください……』
最後はそんな風に言い合って、通話は終了した。
「というわけだから、椎菜ちゃんを見守ろっか」
「あの、もういっそ合流した方が早い気がしますよぉ~?」
「……千鶴ちゃん、天才か!?」
「恐縮ですぅ~」
「ならば、合流しよう! その方が安心安全!」
というわけで、二人は喫茶店を出ると椎菜が出てくるよりも早く、学園の校門に到着。
二人ともかなりの美人であるため、学園を出ていく学生たちが思わず二人に見惚れる者たちが続出。
どちらも大人のお姉さんと言った風貌なので、特に男子からの視線がすごかった。
千鶴とか、かなり胸が大きいのでそこもあるのだが。
そうして、二人で椎菜が出て来るのを待っていると、椎菜が大量のお菓子が入った袋を持って出て来た。
「おかえり~、椎菜ちゃん」
「おかえりなさ~い~」
「ふぇ? あ、お姉ちゃんに、千鶴お姉ちゃん! どうしたのこんなところで?」
二人を見つけた椎菜はぱぁっ! と明るい笑顔を浮かべた物の、すぐになぜ二人がいるのかわからず、きょとんと首を傾げた。
「たまたまた近くまで来ていたのでぇ~」
「あ、そうなんだ! でも、お姉ちゃんはともかくとして、千鶴お姉ちゃんはちょうどよかったですっ!」
「ちょうどいい、とはぁ~?」
「えーっと……あ、あったあった。はいっ、これどうぞっ!」
椎菜はごそごそと自分のカバンから何かを探すと、可愛らしいラッピングが施された物を取り出して、千鶴に手渡した。
「これはぁ~?」
「バレンタインデーのプレゼントだよっ! 千鶴お姉ちゃんにはお世話になってるし、その、大事なお友達ですから!」
「え、わ、私に、ちょ、チョコレートを……!? ち、ちなみに、手作り……?」
「もちろんっ! あ、お姉ちゃんにもはいこれ!」
「ヤッタァァァァァ! 椎菜ちゃんのチョコレートぉぉぉぉぉ!」
「もう、大袈裟だよ~。あとここは学園の前なんだからもうちょっとお静かに!」
「おっとごめんごめん。ついつい。って、千鶴ちゃんどしたん?」
「( ˘ω˘)スヤァ」
なぜか微動だにしない千鶴を不思議がって、愛菜が話しかけると、そこには安らかな笑みを浮かべて、鼻血を流し、口からも血を流す千鶴の姿がそこにはあった。
「ふぇ!? 千鶴お姉ちゃんどうしたの!? 起きて! ここは往来だから起きてぇ~~~!」
椎菜からの手作りバレンタインチョコを貰ったことで、幸福度が振り切れてしまった千鶴は、しばらく死んだままであったそうな。
二話目!
今回は、柊×皐月と、シスコン×ロリコンの話しでした! まあ、前半は甘々でしたが、後半は薄々でしたね。仕方ないね!
次は、16時ィ! まあ、これを書き上げたのも日曜日なので、この先はまだ書けてない!




