#109 スウェーデンリレー、割と必死な柊
「それじゃあ、俺はリレーに行って来る」
そろそろ俺が参加するスウェーデンリレーの時間になったので、俺は椎菜たちにそう言う。
「はいはーい! 頑張ってね!」
「頑張ってね、柊君」
「おにーさん、がんばってっ」
「……がんばる、ですっ」
俺がスウェーデンリレーに行くと言うと、四人はそれぞれ応援してくれた。
椎菜もそうだが、みまちゃんとみおちゃんの二人に関しては微笑ましくて、思わず笑みが零れるな。
「あぁ、ありがとな。それじゃ、行って来る」
スウェーデンリレー……俺はなぜかアンカーにされたからな……400メートル。
うちのクラスからは、陸上部の奴も出ているはずなんだが、なぜか俺がアンカーだ。
理由は……概ね、嫉妬というかなんというか、そんなところだろう。
いや、そんなところだろう、ではなく、確実に、か。
……実際のところ、裏で男子たちがこそこそと俺をアンカーにしようと画策しているところを目撃したし、その時に俺をアンカーにする、的なことも言ってたしな。
概ね、普段の俺を見て、陸上部が出まくるアンカーに俺を出場させて、恥をかかせてやるぜ、とか思っているんだろう。
というか、実際に中学時代それがあった。
今年も同じだと思うが……正直、さっきまでの競技風景を思い出すと、椎菜たちの応援でまたぶっちぎりになりそうな気がしてならないが……。
反則だと思う、我が幼馴染は。
ともあれ、俺は早い所着替えて、集合場所に行くか。
「はぁ……胃が痛い」
別に緊張をしているわけでもないんだが……こう、俺は男子自分のクラスよりも、他クラスの男子から目の敵にされている気がするんだよな……。
理由は十中八九、俺が椎菜や朝霧と言った、クラスどころか、学年でもトップレベルの美少女と一緒にいるからだろうが。
とはいえ、椎菜は俺からすれば姿と性別が変わっただけで、男の時の椎菜と大差ない親友だから恋愛感情なんて抱きようがないし、朝霧も別に恋愛感情があるわけでもない。むしろ、協力して椎菜のフォローをしているだけであって、色恋というわけじゃないんだがな……。
あと、俺は思うんだが、椎菜相手に女子相手で接するのはある意味間違いな気がするんだが……いや、邪な感情を向ける奴は処すが。
「まったく、椎菜はいろんな意味で俺を悩ませてきたが、TS病になって以降の椎菜は大変だな。まあ、楽しい日常だがな」
ふっと小さく笑う。
俺自身、今の日常は気に入っている。
椎菜の周りはいつも騒がしいし、こう言ってはなんだが……こう、濃いのが集まって来るから退屈しない。
らいばーほーむとか、椎菜が入っただけであれだからな。
……らいばーほーむ、らいばーほーむかぁ……俺、あそこに入るんだよなぁ……。
正直、一期生のあの人を見てると、本当に俺なんかが常識人枠が務まるのか、と不安になるし、胃が痛くなる。
というか、四期生には一体どんな狂人が来るのか戦々恐々としているぞ、まったく。
「……っと、今はそんなことはどうでもいいな。目の前の競技に集中しないとな」
そう言うのは後回しだ。
せっかく、椎菜たちが応援してくれている事だし、無様な姿だけは見せないようにしないとな。
そう思いなが集合場所へ行くと。
『『『し、しんどい……』』』
そこには、青い顔をして肩で息をする他クラスの選手たちがいた。
うちのクラスは普通に血色がいい……というより、なんか燃えていた。
「あ、あー、これはなんだ?」
「お、来たか高宮。いやほら、うちのクラスの殺戮兵器が味方にはバフ、他クラスにはデバフをかけてたんだけどよ、なんかデバフだけじゃなくて、ナチュラルにダメージも与えてたみたいでな」
「見ての通り、出血多量ってわけよ」
「とはいえ油断はできないがなー」
「……俺の幼馴染兼親友、実は神様だったりしないか?」
広範囲技を使ってくる上に、それが味方にはバフ掛けで、敵には攻撃とデバフとか、ぶっ壊れすぎるだろう。
もしもソシャゲのキャラとかだったら、間違いなく椎菜は環境キャラ……というか、ぶっ壊れキャラだろうそれはもう。
なんというか、応援という単純な行為をするだけで、ここまでのことを引き起こせるのなら、もう何でもありだな。
「お、おのれ、二年一組めぇ……!」
「学年一の超癒し系ロリ巨乳美少女の桜木さんと普段からイチャイチャしやがって……!」
「イチャイチャしてるわけないだろう……」
「うるせぇ! 学年一女子人気が高いお前に俺たちの気持ちなどわからぬぅっ!」
「いやお前ら、さっきまで青い顔だったのに、なんで赤い顔になってるんだよ」
『『『失血など、にっくき高宮への怒りだけで簡単に抑え込めるわ!』』』
「……なぁ、俺って嫌われてるのか?」
「嫌われてると言うか……」
「普通に桜木と仲いいし、朝霧とも仲がいいからな」
「正直、いけすかねぇんだよ、あのクソイケメン野郎、とか思われてるな」
「……創作物でも何度も思ってきたが、普通に考えて仲良くしてただけで嫉妬された挙句、男子から目の敵にされるって、普通に考えれば理不尽じゃないか?」
「「「うるせぇぞ、ラノベハーレム主人公」」」
「お前ら俺のことをそんな風に思ってたのか!?」
『『『姫月学園男子全員の考えだが?』』』
「くっ、全員さも当然だろ、みたいな顔をしていやがる……!」
というか、俺学園の男子からラノベハーレム主人公とか思われてた方が地味にショックなんだが。
「あのな、言っておくが、俺は椎菜は恋愛対象に入らないぞ? 小学一年生の頃からの付き合いなんだ。女子になったからって恋愛的に好きになるわけがないし、第一椎菜がそれを望んでいない。だから、今まで通りに接してるだけで、とやかく言われる筋合いはないからな?」
『『『ぐはぁっ!!!』』』
「なんで吹き飛ぶ!?」
本当にこいつらはどうなってるんだ!?
「ぐっ、な、なんてイケメンレベルだッ……!」
「奴のイケメンレベルは最強だと言うのか……!? くそっ! あんな身も心もイケメンな奴に、俺たちが如きが勝てるわけがねぇんだッ……!」
「本当に何を言ってるんだ……」
あと、イケメンレベルってなんだ。聞いたことないんだが。
「だ、だがしかし、まだ朝霧がいるだろう!? お前、朝霧とも一緒にいるじゃないか!」
「あのモデル並みに綺麗なのに、正確は明るくフレンドリー! まさにマドンナ的存在の彼女とも一緒にいやがって!? 羨ましいんだよ此畜生ッッ!」
「いや、朝霧は協力関係の友人ってだけだぞ……?」
「うるせぇ! そもそも一緒にいるだけで殺意が湧くんだよッ!」
「それはもう理不尽すぎないか!?」
「どうせ最初は友達でしたー、協力関係だっただけですー、なんて言っときながら、最終的にはファイナル〇ァンタジーするんだろう!?」
「しないが!? 全然最終回でも何でもないぞ!?」
「はいはい、イケメンはみんなそう言う」
「これだからイケメンは」
「いやそれはもうイケメン関係ないだろう……」
こいつらは一体何が言いたいんだ……。
いや、俺に対する嫉妬って言うのはわかるんだが……なんと言うか、こう、酷い。
「だがしかーし! このリレーではお前を正々堂々、完膚なきまでに叩きのめすことが出来るッ……!」
「叩きのめすって……」
「お前も無様な姿を桜木さんに晒すがいいわ! フハハハハハ!」
「いくら文武両道タイプのイケメンとはいえ、走りならば勝てるはずだ! 絶対に負けーん!」
「あ、あぁ、そうか。まあ、お互い頑張ろう」
「その余裕が腹立つぜぇ……!」
俺の立場、面倒くさすぎないか……?
◇
それからほどなくして、二年生の番となった。
短距離走系ならともかく、リレー系の種目は基本的に学年ごとになるので、俺たち二年生は丁度二番目だ。
そんなわけで、スターターピストルの音で第一走者が走り出した。
『おーっと! 二年三組が早い! 先ほどまでは、どの競技でもなぜか文字通り血を吐きながら走っていたはずだが、一体何がーーー!?』
嫉妬が原動力になってるんだろうな……。
うちのクラスは四番目か……というか、よく見たらほぼ陸上部だな……。
これは勝てるかどうか微妙だ。
それから第二走者第三走者とバトンが回り、ついに俺の出番が回ってこようとしていた。
現状の一位は六組で、二位は二組、三位は五組、四位は三組、五位が一組、六位は四組となっていて、一位と二位の差はそれなりにある。
なので、五位のうちのクラスは正直相当不利だし、ここから一位を取るのはかなり難しいだろう。
俺としては、楽しめればそれでいいんだが……
「柊君頑張れー!」
「高宮くーん! 頑張ってー!」
「おにーさん、がんばれーっ」
「……がんばる、ですっ」
ああも応援されるとなぁ……。
ぴょんぴょん跳ねながら応援する椎菜は可愛いし、その横で一緒に応援する双子の二人も可愛いし、朝霧も普通に嬉しいくらいには可愛いと思う。
というか、だからこそ、俺へのとげとげしい視線が集中しているわけだが。
まあ、応援されてる以上頑張ってみるが――
「柊君、勝てなかったらクソキツイ修行ね☆」
――俺は今、本気で勝ちに行かなければなくなってしまったようだ。
知らない間に俺の近くに来ていた愛菜さんが、それはもう迫力のあるにっこり笑顔で俺の命を脅かすことを言って来た。
俺は、本気で勝ちに行くことにした。
「この程度で巻き返して逆転勝利できないなんて、椎菜ちゃんの護衛失格だよね」
「……あの、愛菜さん、俺、陸上部でも何でもないんですが」
「何を言ってるの。私が様々な歩法を教えたじゃん? あと、走法も。あれだよ、縮地」
「やれと!?」
「やれ(圧)」
「……はい」
愛菜さんには、逆らえないッッ……!
そもそも、逆らったらそれはもうぼっこぼこだからな……。
「わ、わりぃ、高宮、差が出来ちまった」
「あぁ、安心てくれ。俺は死にたくないから本気で勝ちに行って来る」
「お前どうした」
俺はバトンを渡され、スタートダッシュを決めた。
『二年一組のアンカーにもバトンが渡ったぁ! しかし、一位とは差がかなりできてしまっている! ここからどこまで巻き返せる……って、速ァ!?』
愛菜さんから学んだ技術の一つに縮地がある。
理論など知らん、とりあえず覚えろ、とか言われた技術の一つで、まあ簡単に言ってしまえば一歩での移動距離がかなり伸びる技法だ。
覚えないと殺されそうだったので、死に物狂いで覚えた技術の一つ。
愛菜さんと比べると技量は足元にも及ばないんだがな……あの人の場合、二十メートルを一瞬で移動するから……やっぱあの人人間じゃないと思うんだ。
「先に行くぞ」
「なっ、高宮ぁ!? き、貴様、まだ後ろにいたんじゃないのか!?」
「俺は死にたくないんだッ……!」
「なんでそんなに必死なんだお前!?」
愛菜さんに殺されたくないからだよ。
あの人の修業は、かなりキツイ。
一時、本当に死ぬんじゃないか? とさえ思ったことがあるくらいにはキツイ。
「だから、俺は先に進む……!」
殺されたくないから。
周りが楽しんだり、勝ちを目指している中、俺のモチベーションは生存本能になった。
まあ、本当に殺されることはないが、死んだ方がマシなくらいキッツイ修業を課せられそうなので、俺は死に物狂いで走る。
『なんとぉ! 二年一組、ものすごい追い上げを見せています! というか、一歩一歩の幅がものすごいことになっているぅ!?』
先に走り出していたアンカーたちを抜き去って行き、遂に最後の一人だ。
「な、何ィ!? な、何故だっ、なぜそんなアホみたいな速度で走れる!?」
「世界一頭のおかしいシスコンに仕込まれてな……」
「なんでそんなに遠い目をしてるんだよ」
「……シスコンは、恐怖なんだ」
「本当に何があった!?」
「あとはまあ……」
「柊君頑張れーっ! 一位になれるよーーーっ!」
「幼馴染の応援があるから、だな」
「ごはぁっ!」
「いやなぜそこで血を吐く!?」
「ま、負けた、ぜ……ぶへらぁ!?」
なんか、六組のアンカーが突然血を吐いて倒れたんだが!?
いやゴール手前でなぜ負けを認めたんだよ!?
だが、足を止めるわけにはいかない。
俺はまだ、死にたくないからな……!
心の中で叫び、俺は一位でゴールテープを切った。
『ゴーーール! 一位でゴールしたのは、二年一組ーーーー!! あの差からのまさかの逆転一位勝利ィィィ! あと、六組のアンカーさん!? 大丈夫ですか!? あ、担架持って来て担架! ってよく見たら、他のクラスも死んでる!? すみませーーーん! 大至急、救護班を呼んで、あ、もう来てますね! じゃあセーフ! というわけで、二位以下の順位は、ゴールに近かった順で出させていただきます!』
……なぁこれ、俺が全力で走る意味、あったのか……?
柊視点、結構楽しい。
どっかの閑話で、いつぞやのクッキーを貰った時の鬼ごっこを書きたくなったくらいには。まあ、書くんですけどね。
現在進行形でバレンタインの話を執筆中。五話、間に合うか……? と心配になってますが、なんとしても間に合わせる所存です。




