#101 温かいやりとり、母性に溢れる椎菜
「いやぁ、危うく三途の川を全部渡りかけたよー」
「大丈夫なのそれ!?」
「大丈夫大丈夫! なんか、鬼とか色々な存在が私を連れ戻そうとしたけど、全員沈めたから! 地に!」
「絶対大丈夫じゃないと思うよ!?」
一時間ほどで起きたお姉ちゃんは、あははーと笑いながらとんでもないことを言って来ました。
神様もいるし、三途の川もあるんだろうけど……その、お姉ちゃん、すごいです……。
「まあでも、橋を戻るのが大変だったから、水面を走って戻って来たけど」
「愛菜、毎度思うんだが……どこへ向かおうとしてるんだい?」
「んー、どんな状況でも椎菜ちゃんやみまちゃんとみおちゃんを守れる存在? あ、あとはあれ、絶対に椎菜ちゃんより後に私は死ぬつもりだから」
「普通は逆だと思うわ、愛菜」
「でも、嫌じゃん!? 私が先に死んじゃったら、椎菜ちゃんを看取れないじゃん!? 私は死ぬ最期の瞬間まで椎菜ちゃんと一緒にいたいの!」
「お姉ちゃん、僕、まだ16歳なんだけど……」
少なくとも、平均寿命的に八十代くらいまで生きると思うよ……? 病気をしなければ。
しかも、今の体は女の子だから、元の体よりも長そうだし……うん、複雑。
でも、そう言ってくれるのは素直に嬉しいわけで。
「なんというか、極端よね、愛菜」
「そうだなぁ。ま、今の人生を謳歌してるようでいいじゃないか。昔はそれこそ大変だったんだ。俺としては、今の愛菜は見ていて安心するよ。変な方向に育っちゃったけど……学生時代の反動からか、とんでもない存在に変貌しちゃったけど……俺は、安心したよ」
「あなた、遠い目をしてるわ。どう考えても、変貌なんて実の娘に使う言葉じゃないと思うの」
「それはそうだな」
なんてことをお話しするお父さんとお母さん。
……あまり気にしないようにしてきたけど、お姉ちゃんの本当のお母さんってどんな人だったんだろう……あと、僕のお父さん。
お互いにそれぞれの親を亡くしちゃってるわけだし……特に僕なんて、物心ついた時には既にいなかったわけで。
ちっちゃい頃は、どうしてお父さんがいないんだろう、なんて思ったことはあったけど、聞かなかったなぁ。それが普通だと思っちゃってたし。
うーん……。
「あら、どうしたの? 椎菜」
「何か考え事かい?」
「おかーさん、どーしたの?」
「……どこか、いたいのですか?」
「あ、ううん、違うよ。えーっと、ふと、僕とお姉ちゃんの本当のお父さんとお母さんってどんな人だったのかなぁ、なんて思っちゃって……」
苦笑い交じりに僕がそう言うと、二人はお互いに顔を見合わせました。
お姉ちゃんはお姉ちゃんで、どこか困ったような笑みを浮かべる。
「そうねぇ……簡単に言えば、女の子になる前の椎菜が近かったかなぁ」
「そうなの?」
「そうなの。九重家……あ、椎菜のお父さんね? なぜか中性的な男の人が生まれやすかったみたいで。あと、心優しい人が多かったわ。それで、私も好きになって結婚したし」
「そうなんだ」
「実際、事故に遭った理由も、車に轢かれそうになった子供を助けるためだったから」
「そうだったの!?」
「そうなの。本当はもっと早く言うべきだったとは思うけど、なかなか言うタイミングもなかったしね。それに、あまり良い話でもないから」
それはそう、だよね……。
だって、死んじゃってるわけで、気持ちのいいお話ではないよね……。
でも、そっかぁ……人を助けたんだ……すごいなぁ。
「そっか。……それじゃあ、お姉ちゃんのお母さんはどんな人だったの?」
「んー、そうだねぇ……一言で言えば破天荒な女性、だね」
「は、破天荒……」
「そう、破天荒。まあ、愛菜ほどじゃなかったけどね」
「私ってそんなに破天荒じゃなくない?」
「「いや破天荒」」
「お、おう……両親二人から言われると、微妙な気分になるぜー」
「何をするにも豪快な人でね、一緒にいて楽しい人だったよ。いやほんと。正直、愛菜の性格は母親似さ。……ここまでおかしくはなかったけど。やっぱり愛菜、突然変異じゃないかい?」
「お父さん、実の娘ぞ? 私。酷くない?」
「事実だしな」
「ひどーい」
うん、やっぱりこう、血の繋がりを感じるよね、この二人。
「ま、そんな感じね。さてと……そろそろ夜ご飯の準備をしないとね。みまちゃん、みおちゃん、お腹空いてる?」
お母さんが立ち上がりながら、みまちゃんとみおちゃんにお腹が空いていないか尋ねると、くぅ~~、と二人から可愛らしい音が鳴りました。
「おなかすいた~」
「……す、すいてない、ですっ」
「うふふ、誤魔化さなくてもいいのよ~。ん~……みおちゃんは初めてだと思うし、椎菜、今日は椎菜が作る? 初めて食べるのなら、お母さんのご飯がいいと思うし」
「……(ぴょこんっ!)」
僕が作るかどうかをお母さんが言ったら、みおちゃんの耳がぴょこっ! と動いて、尻尾がふりふりと動き始めました。
ちらっ、ちらっ、と僕を見てもいます。
うん、可愛い。
反対に、みまちゃんは、
「おかーさんのごはん……!」
すごく期待に満ち溢れた表情をしていて、尻尾がぶんぶんしていました。
うん、可愛い。
二人とも、僕の手料理を期待しているみたいだし……それに、お母さんの言うことも理解できるし、その通りだと思ったし。
「うん、じゃあそうしよっかな。おかーさん、今日は何を作るつもりだったの?」
「ハンバーグよ」
「あ、じゃあちょうどいいね。みおちゃん、お肉は食べられる?」
「……すき、です」
「よかった。それなら早速仕込みをしちゃおうかな。まだ早いけど、寝かせておきたいし」
僕は立ち上がると、エプロンを身に付けて早速調理に。
すると、とてとて、とみまちゃんとみおちゃんの二人がキッチンにやってきました。
「どうしたの? 二人とも」
「おてつだいっ」
「……た、たいへんそう、だから、その……お、おてつだいをします……!」
「本当? それじゃあ、一緒に作ろっか」
「「うんっ!」」
「「「ごふっ!」」」
お手伝いをしてくれる二人のために、僕は物置部屋から踏み台を二つ持ってくると、僕の両隣りに設置。
そう言えば、お姉ちゃんたちが机に突っ伏してたけど、どうしたんだろう?
でも、大丈夫かな。最近、よく見るもん。
それよりもご飯、作らないとね。
「なにをするのー?」
「……おしえて、ください」
「そうだね~……まだ包丁を扱うのは早いから……うん、ハンバーグの整形かな。ちょっと待ってね。手早く済ませちゃうから」
そう言うと、僕はトトトト――と、玉ねぎをみじん切りにして、それを少し大き目のボウルに入れて、そこに挽肉と塩コショウ、お肉用のスパイス、卵二つ、パン粉、牛乳を入れてこねる。
全体的に混ざって、粘り気が出て来たら整形作業。
「じゃあ、やろっか。いい? 自分の手で持てるくらいのお肉を取って、小判の形にするの」
「こー?」
「……むずかしい、です」
二人に教えると、二人は不格好でも小判型に近い形に整形。
ただ、手が小さいので可愛らしいミニハンバーグ状態だけど。
うん、だけど子供らしくてすごくいいと思います。
「そうそう。そしたらこれを空気抜きします」
「「空気抜き?」」
二人は聞いたことない言葉に、可愛らしくこてんと首を傾げました。
「うん、空気抜き。今作ったこれにはね、空気が混ざってるの。このまま焼いちゃうと折角のハンバーグが崩れちゃうからね」
「そーなんだ」
「……ふしぎ、です」
「それで、空気抜きはこうやって……」
興味津々な二人に、僕はぺしんっ、ぺしんっ、と右手から左手へ肉だねを投げてキャッチして、今度は左手から右手へ投げてキャッチ。
「こうするの。けど、二人は初めてだから。右手から左手に投げて、また右手に戻して、そこから左手に投げるでもいいからね」
「「はーいっ」」
「じゃあ、どんどん作ろっか。回数は……そうだね、二人のはミニサイズだから、10回もいらないかな。5回くらいでいいよ。僕はもうちょっと大きいのを作るからね」
というわけで、三人並んでハンバーグの空気抜きを行う。
僕はぺしんっ、ぺしんっ、と一定間隔でしていくのに対して、二人はぺちっ……ぺちっ……とゆっくりと空気抜きを行っていました。
その表情は一生懸命で、とても微笑ましいです。
自然と口元に笑みが浮かびながら、黙々と、けれどどこか心地いい空気の中、三人でハンバーグの整形をしました。
「うん、これくらいできたら、一旦こっちのバットに置いてね」
「やかないの?」
「……まだ、ですか?」
「うん、30分だけ寝かせたいからね。えーっと、我慢できるかな? できないなら、このまま焼いちゃうし」
「で、できる……よ?」
「……だ、だいじょーぶ、です……!」
と、二人が言った直後に、くぅ~~、と再び可愛らしいお腹の音が鳴りました。
「ふふっ、我慢できないよね。うん、じゃあ、もう焼いちゃおっか。寝かせなくても十分美味しくできるし、早く食べたいよね」
思わず笑いが零れたけど、お腹が空いたままと言うのも可哀そうだし、それに、もういい時間だしね。
それに、いつもならもうちょっと手が込んでるわけで。
別の日に、そういうのは食べさせてあげよう。
今日は、このまま作っちゃおうかな。
「じゃあ、これから焼いていくけど……二人とも、とっても熱いから、絶対に触らないようにね? あと、火が近いからあまり近づき過ぎないこと。いいかな?」
「「うんっ」」
「じゃあ、焼いてくね~」
とはいえ、数が多いので、僕はフライパンを二つコンロにセットして火をつける。
油を敷いて、全体があったまって来たら、右側のフライパンに僕が整形した物を入れて、反対側にはみまちゃんとみおちゃんが作った、可愛らしいミニハンバーグを置いていく。
中火で焼き色が付くまで焼いたら、今度はひっくり返して蓋をして弱火でじっくり。
とはいえ、ミニハンバーグの方はすぐに火が通るから、こっちが先にできそうかなぁ。
あ、この間にお味噌汁も作らなきゃ。
奥のコンロにお鍋を置いて水を張って、粉末状の出汁を入れて沸騰しない程度に温めて、丁度良くなったら乾燥わかめとお豆腐を入れて、最後にお味噌を溶いて完成。
すぐ作れるのに、美味しいから好きです、お味噌汁。
完成したら、ハンバーグの方に。
「「……(じー……)」」
焼いている最中、二人はフライパンをじっと見つめていました。
可愛いけど、あんまり近すぎるのが心配です……。
「いーにおい……」
「……おなか、すきました」
「ん~、もうちょっと待ってね~」
子供の頃って、こういう時間が長く感じたっけ。
僕もそうだったなぁ……今では、作る側で、しかも子供に振舞う側なんだもんね。
人生、どうなるかわからないものです。
「……うん、もうそろそろいいかな?」
「「わぁ……!」」
「うん、いい感じ! それじゃあ、あとはソースを作って、と」
フライパンに残った肉汁を活用してソース作り。
とはいえ、あまり多すぎると油とソースが分離しちゃうので、少しだけキッチンペーパーで吸い取る。
そこに赤ワインを入れて、アルコールを飛ばしてからソースとケチャップ、砂糖、醤油をちょっと入れて、最後にバターを投下。
酸味が強いようならもう少し砂糖を入れて調整。
最後にお皿に持ったハンバーグにソースをかけて完成。
「うん、いい感じ! じゃあ、ご飯にしよっか」
「「わーいっ!」」
「ふふっ」
嬉しそうにする姿が微笑ましい。
僕はハンバーグを盛った大皿を先にテーブルに持って行って、ご飯とお味噌汁を六人分載せたお盆を持って並べる。
あとはサラダを持って来て終わり!
「お姉ちゃん、お母さん、お父さん、ご飯が出来たから起きて」
「「「……我が家のロリ神様たちは最高……」」」
「もぅ、変なことを言ってないで、早く食べるよ~」
「「「あい」」」
机に突っ伏したままの三人を起こして、
「「「「「「いただきます」」」」」」
夜ご飯となりました。
……増えたなぁ。
「はむっ、はむっ……おかーさん、おいしー」
「それならよかった。みおちゃんも美味しい?」
「……お、おいしーです。みお、すき……」
「そっかそっか、じゃあいっぱい食べてね。あ、野菜もちゃんと食べるんだよ?」
「「はーいっ」」
「うんうん、少なくとも野菜が嫌いじゃないようで何よりです」
やっぱり、僕の好みが反映されてるのかも。
僕、基本的に野菜は大好きだからね。
……まあ、トマトとゴーヤはダメなんだけど……うぅ、ゴーヤは一生かかっても食べられるようになる気がしません。
トマトは……お、大人になればいつかはっ……!
「はむはむ……」
「あ、みまちゃん、ソースがべったりついちゃってる。こっち向いて? うん、いい娘です」
「んぅ~~、ありがとー、おかーさん」
「慌てなくていいからね」
「…………おかーさん、みおも、ついちゃった……」
「ほんとだ。じゃあ、みおちゃんもこっち向いて? ……うん、綺麗になった」
「……ありがとー」
いっぱい食べてくれる姿はこう、心がぽかぽかします……あと、すごくいいね、こういうの。
二人ともすごく可愛いもん。
「……うん、次は玉ねぎを炒めようかなぁ」
炒めるとまた違った味になるし、次はそうしよう。
「……って、三人とも、どうしたの?」
ふと、お姉ちゃんたちがすごく温かい目をしながらなぜか鼻血を流してこちらを見ていました。
なんで!?
「お母さん、仲睦まじい母娘のやり取りが見れて幸せよ……」
「孫っていいなぁ……」
「甲斐甲斐しくお世話をしちゃう母性MAX椎菜ちゃん、最高です。1000点満点です」
お母さんとお父さんはともかく、お姉ちゃん……。
三人は終始こんな感じで、みまちゃんとみおちゃんの二人は美味しそうにご飯を食べ続けました。
こう、母娘が仲睦まじくご飯を作る光景っていいよね……すごく癒される。
いつかはこの光景が絵で見たいものです。




