#85 放課後、外堀を埋めに来るなりふり構ってない人
私が我慢できなかった。
それからのみんなはすごいと言いますか……結果として、学園内で僕が神薙みたまなんじゃないか、という噂は、結局噂という形で片が付きました。
というのも、みんなが僕から直接聞いたと言うことにして、部活の先輩さんや後輩さんに違うらしい、ということを連絡したからだそう。
完璧に疑いは晴れていないけど、それでも朝来た時のように視線がいっぱいくることは無くなりました。
ただ、同級生の人たちからはまだちょっと疑いの目があるけど……。
「はふぅ~~……どうなるかと思ったよぉ……」
「だろうな。まあ、アレに関しては本当に運が悪かったとしか言いようがないな」
「だねー」
「うぅ、僕が早くみまちゃんを寝かせて上げてればっ……!」
痛恨のミスだよ……。
「絶対にみまちゃんのせいにはしないんだね?」
「それはそうだよっ。みまちゃんのせいにするなんて、僕にはできませんっ! というより、これに関しては本当に僕が悪いからね……」
「とりあえず、クラスメートたちのおかげで、なんとかなったんだ。気を落とすなよ?」
「うん……今後はすごく恥ずかしくはなるけど、それでも被害は最小限になったからね……うん、不幸中の幸いだよぉ……」
「うんうん。そうしよ? あ、そうだ。椎菜ちゃん。放課後暇?」
「放課後? 何かあるの?」
「いやなんとなく、一緒に遊びたいなーって」
「あ、うん、大丈夫だけど……でも、ちょっと待ってね?」
「はいはーい」
僕は一言断ってから、ちょっとお母さんに電話。
『もしもし、椎菜? どうしたのー?』
「あ、お母さん? あの、今お友達の麗奈ちゃんに放課後遊びに行かないか誘われてまして……お母さんたちってどれくらいで帰って来るの?」
『そうねぇ、今は手続きをして、帰りは買い物をして行くから……早くても五時ね』
「あ、うん。わかったよ。ありがとう、お母さん」
『はいはい、行くなら楽しんでくるのよー。みまちゃんはこっちで見ておくから』
「うん! じゃあね!」
『じゃあね!』
通話終了。
「お母さんたちが面倒を見てくれるらしいから大丈夫! でも、そこまで長くは遊べないけど……」
「いいのいいの! むしろみまちゃんが大事なのはわかるしね」
「うん、ありがとう、麗奈ちゃん。あ、柊君も来る?」
「そうだな。折角だし、俺も一緒に行くか」
「はい決まりー!」
三人で行くことが決まると、麗奈ちゃんは嬉しそうにしました。
「それで、どこに行くの?」
「んー……あ、ショッピングモールとか?」
「まあ、この辺で放課後に遊ぶとなるとあそこになるか。まあ、いいんじゃないか?」
「うん、いいよ」
「やった。じゃあ、放課後にショッピングモール行こ!」
と、そう言うことになりました。
僕は昨日行ったばかりだけど、二人と一緒に行くのはまた別だからね!
うん、最近は色々あったから、こうして普通に遊んでなかった気がします。
……あ、でも、一応先週三人で修学旅行のお買い物で行ったっけ。
まあ、あれはあれ、です。
◇
と、そうしている内に、一日が終わって早速ショッピングモールへ。
「先週来たばかりだけど、やっぱり人が多いねぇ」
「まあ、この時間はな。学生も多くなるだろ」
「それで、どこへ行こっか?」
「んー……あ。そう言えば椎菜ちゃんって髪型を変えたいって思ったことないの?」
「ふぇ? 髪型?」
「うん、髪型ー」
「そう言えば、椎菜が髪を結んでるところは見たことがないな……」
「え、だって僕男だよ……? むしろ、髪を結ぼう! ってあんまり思わないんだけど……」
たしかに髪の毛はかなり長くなってるけど……強いて言えば、ご飯を作る時とかに、無造作に髪を後ろで縛るくらいかな?
「なるほどねー……じゃあじゃあ、折角だからアクセサリーショップに行かない?」
「ふぇ?」
「いいんじゃないか? 椎菜なら何でも似合うだろ」
「でしょ!? じゃあ、高宮君も一緒ね!」
「あ、いや、俺は店の外で……」
「だーめ! 高宮君は椎菜ちゃんの一番の親友なんだから、ちゃんと選んであげないと!」
「いや普通に男一人は恥ずかしいんだが!? って、引っ張るな!?」
「はいはい、椎菜ちゃんも行きましょうね!」
「ひああ!? 離してぇ~~~!?」
僕と柊君は、麗奈ちゃんに引っ張られるようにして、女の子向けのアクセサリーショップに連れていかれました……。
「ちなみに椎菜ちゃんって、髪飾りを買うとして、こういうのがいい! みたいな物ってあるの?」
「ぼ、僕、この組み紐があるからいいんだけど……」
「だめです! 女の子なんだから、お洒落しよ! お洒落!」
「ふぇぇ……」
「で、親友の高宮君は、どう思う?」
「あー……まあ、椎菜は綺麗な黒髪をしてるからな……白系が似合うんじゃないか? こう、雪の結晶とか、そう言う物がモチーフの物が似合いそうだな」
「あ、いいねいいね! あ、これとかどうどう!?」
そう言って麗奈ちゃんが持って来たのは、氷の結晶の飾りが付いたヘアゴムでした。
「あ、可愛いね」
ちょっといいかも……。
「でしょ? こう言うのならいいんじゃないかな? 大人しいし!」
「そう、だね……」
「それに、椎菜ちゃんは綺麗な髪の毛だし、何でも似合いそう! いくつかプレゼントするから、やってみない?」
「え、そ、そんな、悪いよ……」
「いいのいいの! 気にしないで! 高宮君も選んで選んで!」
「俺もか……まあいいけど」
と、麗奈ちゃんが押し切って、柊君にも選ぶように言っていました。
柊君は苦笑いしながらも、ちゃんと選んでくれてるみたいで、なんと言いますか、すごくノリがいいよね、柊君。
それからそう時間もかからず、二人はヘアゴムを購入。
それから近くの休憩スペースに移動。
「はい、あたしからはこれ!」
「わぁ、可愛いね!」
麗奈ちゃんが僕にプレゼントしてくれたのは、さっき見つけた氷の結晶の飾りが付いたヘアゴムと、桜の花びらの飾りが付いたヘアゴムでした。
大人しいけど、可愛い……。
「本当にいいの?」
「もちろん! というか、椎菜ちゃんがヘアゴムを使ってくれれば、あたしも最高だから!」
「そ、そっか。ありがとう、麗奈ちゃん!」
「いいのいいの!」
「で、椎菜。これは俺からな」
「あ、これ……」
そう言って柊君がプレゼントしてくれたのは、ヘアゴムじゃなくて、葉っぱと朝露の飾りが付いたヘアクリップでした。
「椎菜は家事をよくするだろ? なら、ヘアゴムよりも、すぐに髪をまとめられるヘアクリップの方がいいと思ってな。あと、こういうデザインは割と好みだったと思うしな」
「う、うん、ありがとう、柊君!」
「お、おおー、これが幼馴染……! さすがだね、高宮君!」
「まあ、付き合いが長いし、椎菜の好みはある程度知ってるしな」
けど、本当に柊君って僕のことを理解してるよね……嬉しいような、気恥ずかしいような。
でも、柊君のような関係性の人ってなかなかできるものじゃないと思ってるから、大事にしないと。
「というわけだから、早速使ってみない?」
「え、い、今から?」
「うん! でも、椎菜ちゃんに似合う髪型って言うと……高宮君、なんだと思う?」
「ん? そうだな……さすがにツインテールは似合わないし……ポニーテールとか、ルーズサイドテールみたいな、そういう感じのものが似合うんじゃないか?」
「高宮君、ルーズサイドテールなんてよく知ってたね?」
「アニメとか、ああいう髪型が好きなんだよ」
「なるほどねぇ。じゃあ、試してみよ! 椎菜ちゃん、どっちがいい?」
「え、えーっと……とりあえず、ポニーテール?」
「はいはい! 椎菜ちゃん、一人でできる?」
「一応は……でも、あんまり自信は無い、かも?」
「じゃあやってあげるね!」
「う、うん、お願いします」
麗奈ちゃんは座っている僕の後ろに回ると、僕の髪の毛を結んでくれました。
「ん、これでよし! どう?」
「んーと……あ、結構楽なんだね?」
「でしょ? ポニーテールは体育の時間でもやると結構いいよー。椎菜ちゃん、髪の毛長いし」
「うん、これなら動きやすいかも。ありがとう、麗奈ちゃん!」
「いいっていいって! それにしても……うんうん、ポニテ椎菜ちゃん、最高です!」
「朝霧、鼻血が出てるぞ」
「おっと、こりゃ失敬……」
麗奈ちゃん、なんで鼻血……?
「じゃあ、次行こう次! どこに行く?」
「そうだな……あー、すまん。そう言えば、新しい上着を買おうと思ってたんだが、行っていいか?」
と、柊君が申し訳なさそうにしながらそう言って来ました。
「うん、いいよ」
「もっちろん! というか、最初はあたしたちの方を優先しちゃったんだし、高宮君の方にも付き合わないと!」
「助かる」
もちろん、断るわけはないので、柊君に付き合ってお店へ移動。
「……」
お店に入るなり、僕はなんとも複雑な表情を浮かべていました。
……ついこの間までは、こういうお店に行ってたんだけどなぁ……うぅ、女の子になってから、行くお店は女性向けのお店だもん……。
「椎菜ちゃん、どうしたの?」
「……神様って残酷だなぁって」
「突然どうした、椎菜」
「……いいの、気にしないで。それよりも、柊君はどういうのを買うの?」
「そうだな……家で軽く羽織る程度のパーカーかカーディガンでも買おうと思ってな。一着ダメになってな」
「なるほどねぇ。そう言えば、高宮君ってどういう色が好きなの?」
「俺か? あー、そうだな……割と地味目な色を好むな。黒とか灰色とか。逆に、派手目な色は好まないな」
「あー、なんかわかるー。高宮君、大人っぽいもんね」
「そうか?」
「そうだね、柊君って昔から大人びてる印象があるよ?」
「そ、そうなのか」
顕著だったのが小学生の頃で、最初は普通の元気な男の子だったけど、高学年になる頃から少しだけ落ち着きが出て来て、六年生になる頃には今に近い感じに。
中学生になると、限りなく今の柊君になっていました。
そう言えば、お姉ちゃんと会ってから今みたいになったような?
「そうだな……あー、これでいいか。サイズも手ごろだし、値段もちょうどいい」
「高宮君、あんまり深く考えないんだね?」
「そうだな。家用だし、着心地が良くて値段が安ければいいな。外行きはもう少し選ぶが……まあ、それでもそう長くはかからないさ」
「やっぱり男子って早いんだねぇ」
「まあ、おしゃれ好きじゃなきゃ、割と適当な人は多いんじゃないか?」
「いやいや、陽キャと呼ばれる人たちは、一着にえらい時間をかけるって聞くよ?」
「そうなの?」
「あー、まあ、そう言うイメージはあるな……というか、恋人が欲しくて努力する人は男女関係なく、衣服には気合入れてそうだけどな」
「それはそうだよー。だって、好かれたくてやってるわけだもん」
やっぱり、高校生になると恋愛に本気になる人って増えるよね。
世間だと、結婚したくない! って言う人が多いけど、それでも恋愛がしたいとか、結婚したい、って思う人も一定数はいるわけで。
僕は……女の子になっちゃったし、あまり想像つかないけど……。
「そんじゃ、俺は買ってくるよ。先に出て待っててくれ」
「はいはーい、じゃあ、外で待ってるねー」
「先に行ってるね、柊君」
「あぁ」
柊君に言われて、僕と麗奈ちゃんは先にお店の外に出て柊君を待ちます。
その間、すれ違う人、特に男の人からちらちら見られてたけど、麗奈ちゃんを見てるのかな?
麗奈ちゃん綺麗だもんね~。
なんて、僕がそんなことを思っていると……。
「ん? 椎菜ちゃん?」
「ふぇ? ……あ、皐月お姉ちゃん!?」
僕たちの前をすれ違った、すらっとした背の高い女の人が僕に話しかけて来たので、なんだろうと思って声がした方を見ると、そこには皐月お姉ちゃんがいました。
「一週間ぶりくらいかな?」
「うん! 皐月お姉ちゃんはどうしてここに?」
「ちょっとした気分転換さ。この近くで仕事をしていたんだが、それが早く終わったから、気分転換がてら、ここに寄ったんだよ。実は、愛菜や栞ともよく来るんだよ」
「へぇ~、そうなんだね!」
「あぁ。……ところで、そちらの娘は、椎菜ちゃんの友達かな?」
僕とお話もそこそこに、すぐ横にいる麗奈ちゃんに皐月お姉ちゃんが視線を向けたので、僕は麗奈ちゃんを紹介。
「うん! クラスメートで、お友達で、僕のことを知ってる、朝霧麗奈ちゃん!」
「あぁ、君が前に椎菜ちゃんが言っていた、事情を知っている人か。初めまして、城ケ崎皐月です。椎菜ちゃんとは……まあ、先輩後輩の関係だね」
「え、あ、じゃ、じゃあもしかして、城ケ崎さんって……!?」
先輩後輩の関係という言葉で、麗奈ちゃんは途端にがちがちに緊張しだした。
だ、だよね!
「あぁ。ここではあまり言えないが、そう言うことだね。一番上の常識人をやっているよ」
「ふわぁ~~!? ほ、本物!? え、というか、明かしていいんですかそれ!?」
「構わないよ。椎菜ちゃんの友人なら、言うこともないと思うし」
「そ、そそ、それはもちろん!?」
「それで、椎菜ちゃんは麗奈君と一緒に遊びに?」
「あ、ううん? もう一人、僕の幼馴染の男の子と一緒だよー」
「……へぇ?」
あれ、なんだか皐月お姉ちゃんの表情がすごく真剣な物に……というより、なんだろう、まるで獲物に狙いを定めた肉食獣のような表情と言いますか……。
「すまない、待たせた……って、ん? どうしたんだ? この綺麗な女性は? 椎菜、朝霧、知り合いか?」
「あ、うん、えーっと、僕の先輩さん、かな?」
「先輩ってことは……あー、なるほど、そういう関係性か。OK理解」
「本当、高宮君の理解力はすごいねぇ」
「初めまして。城ケ崎皐月です。君、名前は?」
「高宮柊ですが……」
「ふむふむ……そんな柊君に一つ、質問いいかい?」
「あ、はい、いいですよ」
「君、『ヒイラギ』という名前のYoutubeアカウント、持っているかい?」
「え? あぁ、そうですね。それが何か――」
「――み、見つけたっ……私の、理想っ……!」
柊君が皐月お姉ちゃんの質問を肯定すると、皐月お姉ちゃんはどこか感極まったような表情を浮かべて、ガシィッ! っと柊君の肩を掴んでそう言っていました。
「はっ!?」
「「え!?」」
突然理想とか言い出した皐月お姉ちゃんに、柊君は素っ頓狂な声を出して、僕と麗奈ちゃんはびっくり。
え、皐月お姉ちゃん!?
ちなみに、柊君はちょっと顔が赤くなりました。
あ、そう言えば皐月お姉ちゃんの年齢的に、柊君の好みには入ってるんだっけ。
「君のような人を、私は探していたんだよっ……!」
「え、あ、はい!?」
「恐らくそうだろうと思っていたが、まさか本当に当たりか……? いや、すまない、一つ、実験をさせてくれ。柊君、ちょっとこのイヤホンを着けてくれないかい?」
「あ、い、いいです、が……」
「ありがとう」
どこか真剣な表情でお礼を言う皐月お姉ちゃんは、カバンから取り出したワイヤレスタイプのイヤホンを柊君の耳に入れると、スマホを取り出して何かを操作すると……。
「ぶふっ」
突然柊君が噴き出しました。
「ちょっ、いきなり何流してるんですか!?」
イヤホンを取った柊君がすごく困ったようにそう言うと、皐月お姉ちゃんは目を見開いて心の底から驚いたような表情を浮かべました。
「す、すごいっ、本当に耐性を得ている……!」
「あの、城ケ崎さん、今何流したんですか?」
「ん、ああ、これかい? 聞いてみるかい?」
「いいんですか? じゃあ遠慮なく………………ごふっ!」
「麗奈ちゃん!?」
突然麗奈ちゃんが血を吐いたんだけど!?
「これが普通だよね……しかし、まさかこのような人材が実在するなんて……!」
「あ、あー、本当になんなんですか……? ってか俺、なんで急に椎菜の甘えボイスを聞かされたんで?」
「皐月お姉ちゃんそんなものを流したの!?」
「あぁ、テスト用に入れた物だね」
「テスト用って何!?」
僕の声を使用しなきゃいけないテストって何!?
「あぁっ、昨日の今日で会えるとは……これも、私が日頃から神様にお願いしていたことが功を奏したのだろうか……」
皐月お姉ちゃん、なんでそんなに泣きそうな表情なの……?
「……ところで、麗奈君」
「あ、はい、なんですか?」
「柊君と椎菜ちゃんの仲はどれくらいいいのかな?」
「そうですねー、お互い気心知れた親友って感じですね? しかも、椎菜ちゃんのことをすっごく深く理解してます!」
「なるほど……!」
「あ、あー、椎菜、これはどういうことだ……?」
「僕にもわからないです……」
こんな皐月お姉ちゃん見たことないよ……だって、皐月お姉ちゃんってカッコよくて、いつも冷静な感じなのに、今の皐月お姉ちゃんは、こう、感極まってると言いますか、切羽詰まってると言いますか、どこか必至と言いますか……そんな感じで……。
「ふふ、天は私を見放さなかった……ここまで理想とも言える人と出会えたのだからっ……!」
皐月お姉ちゃん本当にどうしたの!?
「柊君、ちょっとお話、いいかい?」
「え、あ、えぇ? し、椎菜とか朝霧じゃなくて、俺ですか……?」
「そう君。君しかいない。向こうでお姉さんとお話、しようじゃないか」
「いや俺、一応椎菜たちと一緒に来てるんですが……」
「おっと、そうだった。すまない私としたことが……我を忘れていたようだ。あまりにも、理想だったものでね」
「そ、そうですか」
あ、柊君、顔赤い。
やっぱり大人の人が好みなんだね~。
「いや、すまない。今日はやめておこう。少し、熱が入り過ぎた。頭を冷やすとするよ。悪かったね、三人とも。あ、これ、お詫びのしるしに」
そう言って、皐月お姉ちゃんは何かのチケットを三枚くれました。
なんだろう、これ?
「え、こ、ここっ、これ、貰っていいんですか!?」
麗奈ちゃんは何かわかってるみたいで、すごく驚いてるけど……。
「あぁ、少し迷惑をかけてしまったからね。受け取ってほしい。……それでは、私はこれで。っと、柊君、またどこかで会おう」
「は、はい!?」
「それでは」
最後ににっこりと笑って、皐月お姉ちゃんは去っていきました。
皐月お姉ちゃん、なんだかすごいことになってたなぁ……。
「……なぁ、椎菜」
「うん、大丈夫? 柊君」
「……俺、実に十年ぶりくらいに、本気で好きになりかけたわ……」
「あー、うん、やっぱり好みだったんだね……」
「いや、まあ、それもあるが、あんなに綺麗な人が理想とか言って来ると、さすがに誰でも落ちかけるわ。耐えたが」
「耐えたんだ」
「まあな。……いや、心臓に悪い。しかし、なんだったんだ? 一体」
「さ、さぁ? 僕もあんな姿の皐月お姉ちゃんは初めて見たよ。……っと、そう言えば麗奈ちゃん、皐月お姉ちゃんがくれたそのチケットってなぁに?」
僕と柊君はよくわからなかったけど……。
「これ、近くのその、えっと、お高いお店の食事券……」
「「……エッ!?」」
「やー、モデルで配信者って、稼げてるんだねぇ……あたし、初めてのとんでもチケットに、手が震えてるよー……あ、あははは……」
乾いた笑いを零す麗奈ちゃんに、僕と柊君も同じような顔になって……とりあえず、大事にお財布にしまって、見なかったことにしました。
怖いよぉ!?
皐月お姉ちゃん、お詫びがお詫びのレベルじゃないよぉ!?
ちなみに、調べたら、本当にお高いお店のチケットだった上に、一枚でフルコースが出て来るような、本当にすごい物でした――。
完全に外堀を埋めに来てますよね、この常識人。
あと、皆様は勘違いしていらっしゃるかもしれませんが、らいばーほーむの『常識人枠』というものは、世間一般では全然常識人じゃないです。そもそも、モデルとVTuberを兼業している上に、楽しいからで自らの胃をぶっ壊していくバーサーカーが常識人なわけがないんだよなぁ……。まあ、貴重なツッコミ役だけど。
いやあ、柊も大変だね! これからね! というかこれ、柊を入れなかったら、単純にたつなが死ぬのでは……?




