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第四話 黒色の追跡者

安堂會に直接接触した百武の姿は事務所に仕掛けられたカメラによって捉えられていた。

そのやり取りから彼の危険性を認識した異星人たちは、VICTを敵に回して《ある計画》を実行しようとしていた──。

 百武が安堂會に例の写真を置いていったその日の夜、「百武って野郎は随分とイカレてるな。まさか自分から乗り込んでくるとは思わなかった」安堂會に仕掛けられた監視カメラの映像を見ながらディストルダは言った。

 その横で「ええ」と頷きながら「しかし、彼は何のためにここを訪れたのでしょう」と疑問を口にしたのはズンジーだった。

 「あ?んなもん、異星人(おれら)と安堂會の関係を探りに──」

 「そんなものは最初から分かりきっていたでしょう。彼の本当にやるべきことはそれを裏付ける決定的な証拠を掴むことだったはずです。しかし、実際には虚偽の理由で安堂會に近づき、核心を突くような質問もせずに帰っていきました。一体これは何を意味するのでしょうか」

 「勿体つけるんじゃねえ、ズンジー。何が言いてえんだ」

 「ワタシが思うに、彼はあの事務所が監視されていることを想定していたのではないでしょうか。──だから、カメラ等では捉えられない方法で彼らに何らかのメッセージを残した」

 「メッセージ?」

 「ええ。例えば──、《命は助けてやるから真相を話せ》といった内容でしょうか」

 それを聞いたディストルダの体が一瞬固まる。「それ、本当か」

 ズンジーは「例えば、と言ったでしょう」と前置きしながらも「しかし、可能性はあると思います」と私見を述べた。

 「てめえの推測通りなら今すぐにでも安堂會の連中を殺さなきゃなんねえんじゃねえのか?」

 「それではVICT(むこう)の思惑通りだと思いますよ」

 「じゃあどうすんだ。このまま成り行きに任せるってのか?」

 「──彼、百武琉信は横峯に《このままでは長生きできない》と言いました。あの言葉はワタシたちにも当てはまるのかもしれません」

 「何言ってんだお前」

 「例えトカゲの尻尾切りでこの場を凌げたとしても、いずれは破滅するかもしれない、という意味ですよ。ここで安堂會を切り捨てて他の暴力団に鞍替えしたとしても、そこで下手を打てば再び百武琉信が近づいてくるでしょう。ならばその大本を断ち切るべきかと」

 「──百武を殺すってのか」

 「あなたにしては理解が早いですね」

 「だが、それはVICTを正面から敵に回すってことだろ。上手くいくのか?」

 「どちらにしてもこのまま安堂會を自由に動かせないならばワタシたちはノルマを達成することができません。であるならば、一か八かの賭けに出るべきです。──そもそもこうなった原因の一部はあなたにもありますので、首を横には振らせませんよ」

 ディストルダは舌打ちをする。「で、俺は何したらいいんだ」

 「ジャムバメラに《仕事だ》と声を掛けておいてください。安堂會が百武琉信を受け容れようが拒もうが明日に決行しますので」そう言うズンジーの目は何かを覚悟するかのように赤黒い光を放っていた。


 翌朝、昨日と変わらない服装でインターホンを鳴らした百武を、何も言わずドアを開いて出迎えたのは横峯本人であった。昨夜は寝られなかったのか、充血した眼鏡のレンズ越しでも分かり、昨日会った時よりも少しやつれているように見えた。

 《本当にいいんですか》と目で聞くと、横峯が頷いて答えた。それを見た百武は「入ってきてください」と耳につけた通信機に話しかけてから中に入っていった。


 「どうだ?ドナチ」とレクセルは呼びかける。VICTが捜査を始めたその部屋の中には安堂會の構成員十八人が顔を揃えており、横峯を除く全員が壁際に佇んでいた。

 「うん、カメラ自体は地球(このほし)のものだけど改造されてるね。でも、逆探知は期待しない方がいいと思うよ。向こうもそのくらい想定してるだろうし」とドナチはカメラを分解しながら答える。

 事務所から見つかったカメラは全部で三台あり、そのいずれもが性能を十二分に発揮するよう手を加えられていた。構成員たちの話では、これらと同様のものが一人一人の自宅にも仕掛けられており、そのことを知らされていたという。《常に見ているぞ》という警告なのだろう。

 「そうか」と言うレクセルの横で「結局動きはありませんでしたね。やっぱり逃げたのでしょうか」と言ったのはベネットだった。

 百武が事務所を出てレクセルたちが待つ車に戻った後、彼らは異星人たちが安堂會に接触することを期待し、場所を変えて一晩中事務所の張り込みを続けていた。ただし、《VICT》として地球人を見張ることはできないので、《百武琉信の付き添い》とすることでそれを無理矢理可能とした。もちろん、この抜け道と呼べるかも怪しい抜け道を考案したのは他でもない百武である。

 「だが、連中は口封じのために仲間だったはずのブラセバンたちを殺してる。ただで逃げるとは思えねえんだがな」

 そのようなレクセルたちの懸念もつゆ知らず、「そういや、ハレーさんは何でいねえの?」と事務所の中をあちこちうろつき回りながらデバットが能天気に言う。

 「ハレーさんは急用で別の惑星に行ってる。来週には帰ってくるらしい」

 「ついてねーなあ、あの人も。せっかく大手柄のチャンスだってのによ!」

 「デバット、うるさい」とドナチは手を止めてデバットを軽く睨む。「というかキミなんでウロチョロしてんの?」

 「ヤクザの事務所ならすげー雀卓とかあるかと思ってよ」

 「・・・・・・ねえ、レクセル。なんでコイツ連れてきたの」と呆れるドナチに、「今回は護送も兼ねてるからな」とレクセルが答えると、「ふーん」とだけ呟いて作業を再開した。


 その横で百武は「正直言って賭けでしたが、協力する気になっていただいて助かりました」とソファに座って項垂れている横峯に声を掛ける。

 「・・・・・・俺らは本当に助かるんですか」と横峯は少し顔を上げて百武に訴える。その声はこれまでに多数の市民を食い物にするビジネスを取り仕切っていた悪党のそれとは思えないほど、小鳥のさえずりに近かった。彼らのこの怯えようは単に脅されていただけではなく、異星人たちが実際にどのように人を殺すのか、その手段についても詳しく知らされていたのかもしれない。そしてその凶刃が自分たちに向けられるかもしれないことも──。

 そのようなことを考えながら百武は「ええ、もちろん──と言いたいのですが、どこにあなた方の命を狙う輩が潜んでいるのか我々も把握しきれていません。なので、どれだけ些細な事でもいいので情報提供をお願いします。──例えそれによって罪が重くなるとしても」と返すと、横峯はゆっくりと頷いてから再び顔を下げる。

 そうしているうちに外が騒がしくなってきたことに気が付いた百武は(来たか──)と窓の外を覗き込んだ。


 「お久しぶりです」と百武が挨拶をしたのは、警視庁薬物銃器対策課課長を務める火輪法次警視だ。彼は暴力団絡みの事件を通じて百武と面識があり、二年前に参加した一斉摘発の指揮を取っていた。白色が優勢になりつつあった毛髪や顔に深く刻まれている皺が相応の年齢を感じさせる反面、限界まで打たれた鉄のようなその眼光は、定年へのカウントダウンが始まっている人間のそれにはとても見えない生命力を放っている。彼が率いる組対部の捜査員たちはヤクザの事務所を異星人たちが家宅捜索しているという異様な状況に驚きながら続々と中に入ってきた。

 「お久しぶりです、百武さん。──安堂會が自首するなんてどういう風の吹き回しですか」

 「電話でお話しした通り、異星人と共謀して薬物を売っていたことを認めました。詳しいことは後で話しますので、とりあえず今は警視庁まで移送することを優先してください。ここは狙われている可能性があります」

 「狙われている?」

 「はい。常に警戒はしているのですが、万が一ということもありますので、一刻も早く安全な場所へ移したいんです」

 火輪は部下に安堂會の構成員を連行するよう指示をすると、十数人の刑事が一斉に構成員たちに詰め寄り、一人一人に手錠を掛けてから外へと連れ出していった。

 「それにしても、百武さんが聯合に出向しているとは思いませんでしたよ」

 「ええ。私も辞令を受けた時は困惑しましたが、役が回ってきた以上できることはやるつもりです」と微笑んだ。

 その顔を見た火輪は「どうか《あの時》みたいな無茶はしないでください。命は有限ですよ」と忠告をし、百武はそれに「分かってます」と応える。

 レクセルは部屋に残された異星人の痕跡を探しながらそのやり取りに耳を傾けていた。

 

 やがて安堂會構成員を全員乗せ終わった一同は、警視庁へと向かう段取りについて話し合っていた。

 「我々が警戒しますので、何かあったら百武さんを通して連絡します」とミニバンのドアに手を掛けながらレクセルが言い、それに「分かりました。よろしくお願いします」と火輪は頭を下げる。

 「行くぞ」という火輪の一声で数台の警察車両は動き出した。百武はそのうちの一台に乗っており、上空からは例のパワードスーツを着たドナチが監視をし、それ以外のVICTメンバーが乗るミニバンが最後尾から付いていくという布陣であった。決して通行量の少ない時間帯ではなかったが、無数のパトカーが群れを成し、その上を珍妙なロボットのような何かが飛び回っているという異様な状況にわざわざ近づく物好きなどおらず、その奇妙な一団が道路一帯を占領していた。

 「それにしても、いいんですか?安堂會の送検を全て組対部(うち)の手柄にしてもらうなんて」

 「勿論です。そもそも今の私には彼らを送検する権限はありませんから」

 「何か悪いですね、横取りしてるみたいで」

 「気にしないでください。取り調べに参加させていただくだけで十分です」

 そのような話をしながら五分ほど車を走らせていると、後ろから明らかに法定速度を超過したスピードで真っ直ぐこちらに向かってくる一台の車にベネットが気づいた。

 「レクセルさん、後ろから──」ベネットのその言葉と同時にその車からレーザー光線が発射され、道路に無数の穴を開けていく。VICTの専用車両はその程度の攻撃では傷一つ付かないが、このままでは前方を走る警察車両のいずれかに命中するのは時間の問題であった。

 レクセルは舌打ちをしてから「ベネット!」と声を張り上げる。

 ベネットは「はい!」と返事をすると車内に備え付けられている装置を操作する。すると、リアバンパーに付けられた砲口から同様の光線が飛び出し、向かってくる車のタイヤを正確に撃ち抜く。それによって大きくバランスを崩した黒い車体は歩道に突っ込んで止まった。

 それを見たデバットは「メチャクチャな事やるなあ!人がいたらどうするつもりだよ?」と爆竹のような笑い声を上げた。

 「馬鹿言ってんじゃねえよ。そのくらい考慮しねえ訳ねえだろ」

 レクセルは百武に構わず先に行くよう伝えてから二人と共に車を降りて制止したままの黒い箱に近づく。すると、その箱の一辺が開き、そこから全く同じ姿かたちをした黒い人型が何人も、湿った地面に転がる石に潜む虫の如くわらわらと出てきたかと思うと、そのまま間髪を容れず、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

 それを見た瞬間、反射的に三人はそのいくつもの黒い人影を追って飛び出していった。(《ヒドゥーラ》か・・・・・・!)と心の中で再び舌打ちをするレクセルに「ここは私に任せてください」と言ったのはベネットだった。

 「レクセルさんは百武さんたちの後を追ってください。あのヒドゥーラは時間稼ぎが目的だと思います。このまま三人で追うのは相手の思うつぼです」

 レクセルは数刻考えてから「分かった」と返す。「だが流石に一人じゃ危険だ。デバットを置いてくから囮にでも何でも使え」

 「え゛っ」とベネットは思わず声を漏らす。「わっ、私じゃデバットさんの足手まといに──」

 「このアホに遠慮なんざ無用だ。好きに動かせればいい」

 それを聞いたデバットは「アホ呼ばわりは心外だが、その通りだ。おれは好きに動くから心配すんじゃねえ」と親指で自分を指した。

 (それが心配なんだよなー・・・・・・)と苦笑いするベネットに「後から迎えに来る」とだけ言い残してレクセルは踵を返した。

 「何かの船に乗ったつもりでいろよ!なんせおれは《国士無双》だからな!!」と笑うデバットのけたたましい声を聞きながら、この星に来て初めて見た映画が《タイタニック》という沈没船をテーマにしたものだということを何故か今ベネットは思い出していた。


 一方その頃、警察車両を先導して警戒にあたっていたドナチは前方からこちらに向かって逆走する黒塗りの車を捉えていた。(敵だ──)と直感し、それに向かってスピードを上げて突っ込んでいく。前から向かってくる車を真正面から受け止めると、そのまま空中に持ち上げる。《行って!》と火輪たちを進ませると、突然手の中にある車のボディが腐食するように徐々に一つの穴を形成し、やがて人一人通れるほどの大きさになると、そこから全身から剣山のような鈍色の棘が生えた人型の生物が顔を覗かせた。その異星人はボンネットに片足を乗せると、「フラトーズか。この上なく厄介な相手だな」と大きく裂けた口をニッと開いた。

 「そういうキミは《ドルバーク》。本来ならキミも厄介この上ない相手だけどボクには相性が悪いんじゃない?」

 「確かに、今のオレにはあんたのその着ぐるみをぶっ壊す算段なんかありはしねえ。だが、オレの勝利条件はあんたを殺すことじゃないからな」と不敵に笑ってから「あそこにいるのか?」と下を走る警察車両を目掛けて飛び降りようとする。

 自慢のパワードスーツを《着ぐるみ》と呼ばれたことに腹を立てながらそれを止めようとすると、《ドナチさん、聞こえますか?》と百武が話しかけてきた。

 「聞こえてるけど今忙しい──」

 《火輪さんたちの援護に行ってください。その異星人の足止めは私がやります》

 その言葉の意味が分からず、「何を言って──」とドナチは下を見ると、パトカーに乗っていたはずの百武が何故か道路に降り立っていた。

 「ちょっ・・・・・・どうして外に!?」

 《他に仲間がいる可能性があります。今この場で彼らを守れるのはあなたしかいません》

 「えっ、でもキミは──」と動揺した一瞬の隙を見計らってドルバークは勢いよく車から飛び降り、百武の脳天を踏み抜こうとする。それを後ろに跳んで避けると、その灰色の人型は目の前のアスファルトに勢いよく着地し、その足元には大きな亀裂が走っていた。

 (やはりそうか)と確信した百武は《行ってください!早く!!》と再び呼びかける。ドナチは数瞬狼狽えたが、掴んでいた車をゆっくりと道路脇に置くと、すぐに火輪たちの後を追っていった。

 「いいのか?本当に助けを求めなくて」と遠ざかっていくドナチの背を親指で指しながらドルバークは言う。「今ならまだ間に合うぞ」

 「よく言う」と百武は笑う。「あんたの目的は間違いなく俺を殺すことだ。ならこの状況は互いにとって都合が良い、違うか?」

 それを聞いたドルバークはぽかんとした顔になる。やがて僅かに開いた口から笑い声が漏れ出すと、それが哄笑に変わった。

 向こうにしてみれば当然の反応だろう。暗殺対象(ターゲット)本人が命を狙われていると自覚した上で、自分から姿を現し、さらに《互いにとって都合が良い》などと言ってのけるなど奇人の枠すら逸脱している。しかし、自分以外の人間を危険から遠ざけられるならばそれ以外は小事と認識する百武にとっては、目の前の異星人が自身の首以外に興味がないというこの状況はまさに《都合が良い》としか言い表せなかった。

 ひとしきり笑ってから「あんた面白れーな。──いいぜ、望み通り殺し合おうか百武琉信。このジャムバメラ様に自分から向かってくる命知らずなんざいなかったから新鮮だぜ」と舌なめずりをした。

 「俺は殺し合いがしたい訳じゃないが」と言いながら百武は戦闘態勢に入る。

 こうしてVICTと百武の命を狙う異星人たちの直接対決の火蓋が切られたのだった。

登場異星人 ※《》内は種族名

ジャムバメラ《ドルバーク》

ディストルダ・ズンジーと協力関係にある異星人。百武を暗殺するために火輪が率いるパトカーの一団を襲撃しようとした。

全身から生えた棘は特殊な塩化ナトリウムによって形成されている。

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