中編
友達からは「ずいぶんと人間臭い」と笑われたりもしたが、私は民俗学に少し興味があり、武蔵野におけるダイダラボッチの伝承も読んだことがある。
それによると、ダイダラボッチは山を動かしたり泉を作り出したりして、この武蔵野台地を形成するのに大いに貢献したという。
いわば、国作りの神様の一つだった。
だが実際のダイダラボッチは、それほど大仰な存在ではなく、武蔵野で生きる仲間の一種族に過ぎない。
かつては私も武蔵野の住民であり、この森でもよく遊んだものだが……。遠目で見たことはあっても、こんなに間近でダイダラボッチと対面するのは初めてだった。
「こんにちは。私は……」
嬉しさのあまり歩み寄ろうとするが、ダイダラボッチの反応は、私とは真逆だった。
私の姿に驚いたらしく、二、三歩後退りしている。
「ウウッ……?」
かろうじて耳に聞こえる程度の声で、小さく低く唸っていた。岩の顔に浮かんでいるのは、戸惑い、いや怯えの色だろうか。
「ごめん、ごめん」
私は素直に、謝罪の言葉を口にする。
考えてみれば、これだけ幼いダイダラボッチであり、誰も来ないような森の奥なのだ。おそらく今まで、同じダイダラボッチだけに囲まれて生きてきたのだろう。別種族の生き物と遭遇したのは、初めてだったに違いない。
まさかダイダラボッチが、この私に怯えるとは……。
心の中で苦笑いしながらも顔には出さず、なるべく穏やかな笑みを浮かべて、再び声をかけた。
「怖がらなくていいんだよ。ほら、私も君と同じで……」
「ウウッ……!」
私のアプローチは失敗だったらしい。
先ほどよりも大きな、明らかな唸り声を上げて、ダイダラボッチは跳躍する。その巨体からは想像もできないような身軽さで、山の斜面を駆け上がって……。
あっという間に、私の視界から消えてしまった。