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第8話 黒澤猊下

「その『人越者じんえつしゃ』って……なんなんですか?」

「人智を超越せし者。ゆえに『人越者』という」

「人をこえた存在ってことなら……仙人とか?」

「それとはまたべつのお話になりますネ。仙人は、人が苦行を耐えた末に、人としての境地に達したもの。つまりは『人』」

「だが『人越者』は、生まれながらにして、その境地からも逸している。すなわち『人越者』とは『人』ではなく、『神の子』なのさ」

「要は、神ってことですよね?」

「そうともいうネ」


 ため息が出る。

 神の使いというより、神だったらしい。

 やっぱり村のやつらの話をうのみにするんじゃなかった。


「ところでユイ少年、キミはなぜ黒髪をもつ者が崇拝されるのか、よく知らなかったようだネ?」

「はい……うちの村は貧しくて、最低限の金勘定かねかんじょうと畑作をおぼえるくらいしかできなくて」


 日々の暮らしでせいいっぱいなのに、学力をつける余裕なんてあるはずもない。

 神話を学んだところで、腹の足しにもならないし。


「村のみんなも『黒髪さまに粗相はするな』とはいうけど、それがなぜなのかは、よくわかってないみたいでした。……待ってください、この流れだと」

「おっと察しがいいですネ。そうです。『人越者』は例外なく、美しい漆黒の御髪をお持ちでいらっしゃいます」

「そんな……それじゃあ、僕もその『人越者』ってやつなんですか……?」

「そこが難しいところでして。『人越者』はみな黒髪ですが、黒髪がみな『人越者』とは限りまセン」

「……混乱してきました」

「おなじ時代に、『人越者』が複数存在することはないとされているのです。過去の記録で、ふたり以上あらわれたことがありませんからネ」

「そしていまの時代には、すでに『黒澤こくたく猊下げいか』がいらっしゃる」


『黒澤猊下』──あのおそろしい雨夜、僕の前にあらわれた黒衣の男こそがそうだと、艶麗イェンリーさんたちは言っていたか。


「『人越者』は神。尊名を口にするのは失礼にあたるから、あたしたち人間は『黒澤猊下』、または『猊下』とお呼びする。その地位は王よりも上だ」

「この大地には青河せいが国、朱陽しゅよう国、緑峰りょくほう国と現在三つの国がありますが、猊下はいずれにも属さず、中立を保ち続けています。これは歴代の『黒澤猊下』も同様です」

「その、こんなこというとアレですけど……『黒澤猊下』って、なんのためにいるんですか?」

「土地が痩せ細り、民衆が病や飢餓に喘げば、その異能によって地を癒やし、潤す。愚王によって血税が損なわれれば、王の首すら刎ねる」

「『黒澤猊下』のおこないは天の意思でもあり、絶対であり、秩序そのものなのですヨ」


『人越者』としての地位を確立している『黒澤猊下』と、僕。

 たしかに、黒髪をもつっていう共通点はあるけど。


(ふだんは青い髪だし……中途半端だな)


 いきなり異世界に飛ばされて、殺されて、転生したかと思えば、人魚で。

 でも不思議な力を使うわけでもなくて。


(僕は結局、何者なの? 『人越者』もどき? なり損ない?)


 じぶんが何者なのかもわからないなんて。

 ……あぁ。()()()()()()、そうなのか。


「キミが『人越者』と関係があるかどうか、『黒澤猊下』におうかがいするのが一番なのでしょうが、あまりおすすめはできませんねェ」

「……理由は、なんとなくわかる気がします」

「はは、雨少年は実際にお会いになったのでしたナ。でしたらおわかりでしょう、当代の『黒澤猊下』は、少々気性の荒いお方で」


 ()()かな、あれは……なんて。


 松君ソンジュンさんが最大限のオブラートにつつんでくれたことは、理解できた。

 薄れかけていた手足の凍えは、艶麗さんの言葉によって再発してしまうのだけど。


「雨、あんたの故郷はもうないよ。『黒澤猊下』の怒りを買って、村人ひとり残らずみじん切りにされちまったからね。──そりゃあもう、見るも無惨な光景だったって話さ」

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