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第23話 泣き出す空

 サァ──……


 まとまらない思考を持て余しているあいだに、落ちかけだった夕陽を黒い雲が完全に覆ったようだ。


「……遅いなぁ」


 ファンさんとの夕食後、「お皿洗いをさせてください」なんて言えるはずもなく、僕は寝室へもどってきた。

 閉ざされた窓のさんにもたれて雨音を聴くのも、いい加減退屈に思い始めたころ。


「──ちょっと待ちな。なんて格好してるんだい」


 手持ち無沙汰な静けさを揺らしたのは、艶麗イェンリーさんの声だった。


 木製扉の向こうにいる艶麗さんの話し声は、くぐもっていて聞きとりづらい。

 ただ、だれかを呼びとめているのはわかる。


(だれだろう……?)


 雨音の鳴り止まない窓際をはなれ、寝室の入り口へ向かう。

 ひたり、と手のひらを扉に添え、耳を押し当てた僕は、


「あんたがきたら通してくれって話だが、そのナリじゃあユイには会わせられないぞ」


 とため息まじりのひと言で、はっと我に返った。


「──麦!」


 深く考えるまでもなく、扉を押しひらく。


「こら雨! あんたはまた、勝手に出てきて!」


 すぐさま、寝室の前にいた艶麗さんが扉をつかみ、出てきた僕の肩もろとも押し戻そうとするけど、もう遅い。

 僕の予想どおり、そこにいた小麦色の髪の少年のすがたを、ばっちりと見てしまったんだから。


「お仕事がたいへんだったのかな? 呼びつけちゃってごめんね。たいした用じゃないんだけど……って、なにその格好!」


 夕食後、「ちょっとはなれるね」という意を、身振り手振りで伝えてきた麦。

「じゃあ、あとでへやに来てくれる?」とおねがいしたのは、もう一時間も前のことだ。

 ほんとうにたいした用じゃなくて、おやすみのついでに、今日一日お世話をしてくれたお礼を言いたかっただけなんだけど……


 いざ目にした麦が、背を向けて歩き出そうとした体勢のまま、僕をふり返って固まってて。

 しかも、それだけじゃない。


「なんで全身びしょ濡れなの!? 水もしたたるいい男にもほどがあるよ!?」

「……う、あ、ぅ……」

「こっちきて、早く!」


 麦はおどおどしたようになにか弁明をしようとしていたけど、そんなの知ったこっちゃない。


「雨、あんたって子は……はぁ」と肩をすくめる艶麗さんも知らんぷりで、腕を引っつかんだ麦を連行する先は、もちろん僕の寝室だ。


「雨少年〜、なにかお手伝いしましょうか〜?」

「あっっっつあつの白湯を用意してほしいです!」

「かしこまりデ〜ス」


 松君ソンジュンさんなんかはさっさと開き直っていて、むしろノリノリで頼みごとをされてくれた。

 その軽快すぎる足取りに、気が抜けてしょうがない。それはともかく。


「はい麦くん、可及的速やかに服を脱ぐ!」

「……んむ」

「拒否権はありませーん!」


 肝心の麦が首を縮め、渋るような様子を見せたので、問答無用で藍染めの衣をはぎとる。

 素っ裸に剥いた瞬間に毛布を投げつけ、箪笥を引っかき回して見つけた手ぬぐいで、びしょびしょの頭をもかき回してやった。


「もう……昨日に引き続き、なんでまたびしょ濡れ狐さんになってるの? お皿洗い用の水桶を間違ってじぶんにぶちまけちゃうほど、おっちょこちょいさんだった?」

「……」


 麦は押し黙り、答えない。

 返答はないけど、僕にされるがまま毛布でぐるぐる巻きになり、髪の水気をふき取られている。


「ねぇ麦。どうしたの? なにかあった?」


 はなれていた空白の時間について、食事のお世話をしてくれたのは麦だし、片付けがあるんだろうというのが僕の月並みな予想だったけど、違ったのかな。


「ん」


 そんなときだ。麦がふいに首をかたむけて、はにかんだのは。「なんでもないよ」って、笑ってるみたいだった。


「そっか」


 ちょうどそのころ、松君さんが白湯をもってもどってくる。

 麦の頭をふく手は止めないまま、ふり返って目配せをすると、松君さんだけでなく、艶麗さんもまばたきをする。


「はいはい。あたしたちは、このへんにしとこうかね」

「おやすみナサ〜イ」


 そうして僕たちふたりを残し、寝室を出ていった。


「これでよし。さ、飲んで」


 あらかたふき終わると、卓の上に置かれた茶杯ゆのみをとり、麦へ差し出す。

 こくりとうなずいた麦は、茶杯を受け取ると、あっつあつの白湯に息を吹きかけながら、ちびちびと口をつけていた。


 少しして茶杯を空にした麦は、ぺこりと頭を下げながら、ひざを立てる。


「待って」


 そそくさと腰を上げようとした麦の左腕をつかむ。

 一連の行動によそよそしさを感じるのは、気のせいじゃないだろう。



「僕の用事は終わってないよ」

 

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