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第10話 気のせいじゃなかった物音

 あてがわれた寝室へもどると、見るからに高級そうなきものが、「ご自由にどうぞ」と言わんばかりに積まれてある。


「……絹の衣だ」


 サッと指をすべらせた手ざわりで、確信する。


「青はあい、赤はあかね、黄色は梔子くちなし、白は絹雲母きぬうんもかきの葉やひいらぎの葉で染めた絹は……さすがに、ないか」


 まぁ、それもそうか。いくら柿の葉や柊の葉で染めた絹が高額で売れるといっても──


 ──黒絹くろぎぬは、むやみに織ること、まかりならぬ。


 織り子のあいだでまことしやかにささやかれている不文律を侵すことが、どれほどのリスクか、いまの僕なら理解できる。


 ──黒。


 化粧台へ置かれた水晶の鏡に、黒が映る。

 ふいと顔をそむけ、見ないようにした。

 ……僕は、このすがたの僕が、いちばん嫌いだ。


 ひたり、ひたり。

 尾びれを引きずりながら、風呂上がりに身につけていた薄手の衣を寝台へ落とす。


 艶麗イェンリーさんに念入りにからだを拭いてもらったから、着替えても大丈夫なはず。

 そのうち人間にもどるだろうし。

 用意されていた夜着よぎに袖を通すと、ダメ押しのように絹製だった。


ファンさんって、相当な大金持ちなんだな」


 ぐるりと見わたせば、卓の上には銀製の水差しと、ガラスの瓶。瓶の中身は落花生を砂糖で煮つめた甘露煮だ。

 あまり食欲がわかず、朝、昼、夕とお粥ばかり口にしていたら、氾さんが「おやつに」とくれた。

 ちなみに砂糖は高級品だ。薬にも使われる。


「南方の国から仕入れた特産物を、流通させる仕事……あぁそれから、最近は職に困っているひとの雇用を、斡旋あっせんしてるっていってた。よっぽど儲かるんだなぁ」


 その恩恵を惜しげもなく受けている身としては、なんで? っていう気持ちが正直なところだけど。


「人魚がいると福が舞い込むとか? ……ないか」


 招き猫じゃあるまいし。

 こんなみずぼらしいやつが、そんな縁起物なわけがない。


「……つかれた」


 自虐をはじめるとキリがないから、思考放棄して、ぱたりと寝台へ倒れ込んだ。


 知らない土地に、知らないひとたち。

 目が覚めてからも、いろんなことがあった。

 コミュニケーションが壊滅的に不得手な僕にしては、よく耐えたほうだけど……そろそろ限界。


「次に目が覚めたら……ぜんぶ夢で、じぶんの部屋のベッドだったりしないかなぁ」


 前世の暮らしも、決して楽しいものではなかった。

 でも、すくなくとも、この世界みたいに命を脅かされる可能性は低いから。

 ……とかしょうもないことを、いまでも考えしまう。


「これから、どうしよう……明日、みなさんと話してみないとな……」


 うつぶせで枕に頭を預けると、雨音がきこえた。昼間までは晴れてたのになぁ。


 ……カリカリ。


 無理やりにでも眠ろうと、目をつむり、寝台で微動だにしなかった僕は、ふいの物音で反射的に上体を起こす。


「気のせい……」


 じゃない。カリカリカリと、物音は続いている。

 艶麗さん? それとも松君ソンジュンさんか……いや、護衛に慣れた彼らが、ポルターガイストまがいの物音で、護衛対象の安眠をさまたげるだろうか。

 なにより、不可解なこの音は、外からきこえる。


(大丈夫……なにかあっても、叫んだら艶麗さんたちが来てくれるはず。そういう『契約』なんだから)


 ごく、とつばを飲み込み、窓際へ近づく。

 外開きの格子窓を、ぐっと押し開ける。

 そこで目にした光景は。


「えっと…………あっ!」


 気づいたら窓の桟に乗り上げ、ざぁざぁと雨風が吹きつける暗闇の向こうへ飛び出していた。


「なにしてんだ、ユイ!」

「おてんばがすぎますよーうっ!」


 間髪をいれずへやの扉が開け放たれ、艶麗さんと松君さんが駆けつける。

 軒下で着地した僕は、なおも吹きつける雨風を背に受け、ふたりへ言い放った。


「毛布、それから熱いお湯を用意してくれませんか!? できるだけはやくっ!」


 全身ずぶ濡れで、ガクガクとふるえる子狐を、胸にかかえて。

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