似てない二人は、とてもよく似ている
『ずっと一緒にいた幼馴染は、どうやら僕とは付き合わないらしい』のサイドストーリーです。
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夕食が終わると、娘がいつものように機材を出し始める。
スクリーン、プロジェクター、ポインター。十六歳の女の子の部屋には不釣り合いなほど本格的な設備が、静かなリビングを小さなプレゼン会場に変えていく。
そして、向かいのソファではすでに腕を組んで眉間に皺を寄せている夫。
――ああ、今夜もゴングが鳴るんだ。
我が桐谷家には頑固で、マイペースでとても手のかかる二人がいる
一人は夫の桐谷 宗玄、もう一人は娘の桐谷 花音。
純日本人の風貌をした夫と、私の方に似た花音の外見は本当に親子なのかというほどに似ていないけれど、二人を知っている人はみんな口を揃えてよく似ていると言う。
お年玉と誕生日で少しずつそろえた機材は最早大人顔負けだろう。
正直、その極端さがいかにも娘らしいと苦笑してしまう。
それに、どうせ長くなるのはわかってる。
なので私は、最近作り方を覚えたアップルパイを焼くことにした。
「お父さん……今日こそ諦めて貰う」
「ふん、絶対に認めん」
どうやら、ゴングは鳴ったらしい。
花音がパワーポイントを画面に映しそれに説明を加えていく。
まず、最初に陽人君の能力値がレーダーチャートで出され、その根拠の説明が始まった。
優しさだけが枠外にはみ出ているのはご愛嬌だろうか。
スライドが変わるたびにお父さんの眉間の皺が深くなるが、花音はまったく気にしない。
この子は昔から、好きなものの話をするとき、相手の顔が見えなくなる。
そして、次に自分との相性。
欠点を全て補う関係と締めくくられ、最後に無駄にポップなハートがアニメーション付きで回り出す。
「あははっ。それは予想してなかったわ」
花音らしくない不意打ちの演出につい、笑い出してしまう。
恐らく、最近読んでる少女漫画の影響だろう。
でも、それはお父さんには逆効果だったらしい。
強面な顔はさらに迫力を増し、まるで極道のような顔つきになっている。
「これが、今。で、これが未来」
対する娘は、やっぱりそれを気にもしない。
話は既に次のスライドに移っていて、現在の学力から想定される進学先、就職傾向とそこから推測される年収が表示された後、将来の生活費、住居費、その他支出が表にして映し出される。
ご丁寧に画面の端に書かれた予測インフレ率とやらは、昨日お父さんが何やら言っていた小難しい話を花音がすぐに打ち返してきた結果なのだろう。
そして、その後、人生で発生するだろうライフイベントとそれにかかる支出、ライフステージの変化による二人の関係の変化など、時間軸に沿った流れで人生設計が説明され今夜のプレゼンは終了した。
「どう?」
得意げに語る娘はちょっと可愛い。
母親として、応援したくなるのは仕方がないことだろう。
「ふん。まだ高校一年生も始め、中学生の学力など当てにならん」
「陽人なら大丈夫」
「それは根拠にならん」
「むー」
不服気なふくれっ面。
恋する乙女と理性のせめぎ合い。
それでも、続く反論はない。どうやら、ここは一旦引くことにしたらしい。
「それと、どうして生まれる子どもが男の子だけなんだ」
「……内緒」
「それだとわからんだろう」
「……言いたくない」
確かに、なんで男の子だけなんだろう。
疑問に思い私も考えてみたが、しばらくしてなんとなく分かった。
片方だけ絶対に置いてけぼりの可哀想な手袋。
そして、この子は思いのほか独占欲が強い。好きなものは、誰にも渡したくない。
――だから、女の子は困るのか。
たとえ自分の娘であっても、その手の温もりを分け合うのが嫌なのかもしれない。
そう思ったら、なんだかおかしくて、少しだけかわいそうで、胸がぎゅっとなった。
「なんだそれは。はっきりしなさい」
これは、ちょっと花音が不憫だ。
どうせ言ってもお父さんは不機嫌になるのだろうし。
だから、私は間に入ることにした。出来立てのアップルパイを持って。
「ほら、二人とも。今日はこれくらいにしましょ?アップルパイを作ってみたの」
二人は、あまり表情には出さないが、甘いものが大好きだ。
恐らく今日のも気に入ってくれるだろう。
「母さん。しかしな」
「お願い。ね?どうしても温かいうちに食べて欲しいの」
「…………わかった」
こうお願いすれば、お父さんが引いてくれるのは分かっていた。
それに、これは偽らざる私の本音で、二人には私が作ったものを、一番美味しい時に、食べて欲しかった。
「ありがとう。さぁ花音も食べて」
「ん」
無言で、フォークをつつく二人。
一見すると、美味しくないように見えてしまうかもしれない。
でも、その食べるスピードは、表情と反比例したようにとても早くて、あっという間に口の中に消えていく。
「初めて作ってみたんだけど。どうかしら?おかわりもあるんだけど」
「悪くない」
「嫌いじゃない」
父娘が、まったく同じタイミングで、揃って愛想のない言葉を言う。
でも、同時に差し出された空のお皿が、言葉以上にその想いを語ってくれていた。
おかわりが欲しい、と。
――ほら、やっぱりそっくり。
「ふふっ。ありがとう」
個人的には陽人君のことはとても優しく、頼りがいのあるいい子だと思っている。
それにお父さんも、口には出さないだけで、いつもどこか寂しそうだった花音が毎日楽しそうにしているのを感謝しているようだった。
今はまだ、花音の想い人に出した答えは逆のものだけど、いつの日か重なる時が来るのだろう。
だって二人は似ていないようで、そっくりなほどにとても良く似ているから。
頑固で、不器用で、正直で。
きっと、最後に出す答えは同じなのだろうと私は思った。




