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5 エバ

登場人物たちの名前は適当です。

「助けてくれてどうもありがとう」


 塊をとりあえず岸に引き揚げて、海草をとっぱらったら、現れたのは若い男だった。海に浸かってたせいか顔色は悪いが、温厚そうな柔らかい笑顔を浮かべている。


「礼は良いとして、あんた、誰?」


 村にこんな垢抜けたイケメンはいない。年は十八歳くらいで、ちょっと頼りなさそうな感じだが、黒髪黒目で、かなり整った顔をしている。


「俺、エバ。クレイモアから来たんだ」


 クレイモア。ここから大分離れたところにあるそこそこ大きな街である。


「なんでわざわざそんな遠くからこんな村に来たのよ?」


「····村?」


 エバは辺りを見回して、


「ここ、王都じゃないのか」


「違うわよ」


 クレイモアほどじゃないが、王都もここから馬車で三日はかかる。


 エバはまだぼうっとしながら、


「えっと、俺は船で、王都に行くはずだったんだ」


 なにやら説明を始める。はっきり言って興味はないが、イケメンなので特別に聞いてやることにした。


「でも船酔いでふらついて甲板から海に落ちたんだよね。そこから記憶がないけど」


「それは·····よく生きてたわね」


 思わずそんな声が漏れる。エバは深々と頷くと、


「そうだよな~」


 のんきに言うな。死んでたかもしれないんだから。


 この兄ちゃん、顔は良いけどなんかズレてるなぁ···。


「ところで、君の名前を聞いてなかったね」


 ここは、名乗るほどのものではないとかなんとかいって逃げても良いような空気だけど、


「アグネ」


 律儀にあたしは応えた。


「アグネか。よろしく」


「········」


「···呼び捨てはまずかったかな?」


「へ?いや、別に良いけど」


 変な感じがした。こんな風にちゃんと名前を呼ばれるのは久しぶりだったからかもしれない。


「アグネはこの村に住んでるの?」


「スズランの村、よ


 まぁ、住んでると言えば住んでるわね」


 曖昧な言い方が気になったのかエバは少し首を傾げたが、何か事情があると判断したのか、突っ込んで聞いてはこなかった。空気は読めるらしい。


「でも、困ったな。俺、王都に行かなきゃならないのに·····」


 言いながらエバは立ち上がり、ふらりとよろける。あたしは咄嗟にその肩を支えた。


「しっかりしなさいよ!って、あんた、怪我してるじゃない!!」


 髪が黒いせいでわからなかったが、よく見ると濡れた後頭部から出血している。


「ああ、どうりでなんかふらふらすると思った」


 こんなときまでのんきでいるな。


 あたしは呆れながらも、呪文を唱える。


「回復!」


 そう叫ぶと、エバの後頭部の傷がみるみるうちに治っていく。ついでに、体のあちこちにあった擦り傷や打撲痕も。


 エバは目をぱちくりしてから、


「すごいな!君、魔法使いなのか!!」


 魔法を見たのは初めてらしく、はしゃいだ声を上げる。


「まあね」


 とっても素直な反応に、あたしはまんざらでもない気分になる。


「傷がなくなってる···。本当にすごいな


 ありがとう」


「!」


 にっこりと微笑みかけられて、あたしは言葉に詰まる。


「どうかした?」


「いや、なんでもない」


 魔法を使って、こんな風に礼を言われたことなんて、あったっけ?


 なんだか落ち着かない気分になって、あたしは話をそらした。


「せっかく回復してやったのに、あんた、まだ顔色悪くない?」


「元々虚弱体質なんだ


 王都に行こうとしてたのも治療のためで·····」


 そのとき、遠くから悲鳴が聞こえてきた。


「今、なにか聞こえたな」


「ああ、なんか聞こえたわね


 で?」


「で、って、ほっといて良いのか?」


 エバは心配そうだが、正直この村の連中を心配する義理はない。っていうか、したくないし関わりたくもない。


「ほっといて良し」


「じゃあ、あそこにいるやつは?」


 言われてエバが指差す方向を見ると、


「げ」


 そこには、全身真っ黒の、熊ぐらいでっかい卵のような体に、細長い手足が生えた気味の悪い生物が立っていた。


「光球!!」


 ほとんど反射的にあたしは魔法で生み出した光の球をその生物に叩きつける。


 その生物はドグアァァとかなんとか断末魔の悲鳴を上げながら砂が崩れるようにぼろぼろと消えていく。


「今のって、魔物だよな。この地方ではあんな感じなんだ


 俺の地元だともっとふさふさした動物っぽいけど」


「たまに一匹でぶらぶら歩いてくるのよ」


 魔物。世界中どこにでもいる生物で、どこから来てどうやって生まれるのかは謎に包まれている。見た目も様々で、地方によっては人間に近いものもいるらしい。


 ただひとつ共通しているのは、奴らは他の生物に出会うと襲いかかり、その魂を喰らい尽くすということ。


 もしも魔物に出会ったら、即座に逃げるか、即座に倒せ、というのが世間の常識である。


 あたしは戦闘訓練なんて一切受けていないが、この通り魔法が使えるし、魔物の一匹や二匹········。


 きゃああああああっ


 村の方からまた悲鳴が聞こえる。同時に、グルギャアアァという魔物の声が、数回。


 どういうこと?今日は一匹だけじゃないの?


 あたしは思わず村の方へ走り出す。別に村を心配してるわけではなく、純粋な好奇心からだ。


「俺も行く!」


 エバもあたしの後を追って走る。が、


 どしゃっ


 しばらく走ったところで砂浜に突っ伏した。


「ちょっと、何っ!?」


 あたしが思わず立ち止まって振り返ると、エバは砂まみれになった顔だけを上げて、


「げほっ、体力が、ぐふっ、なくって、げほっ、ちょっと、げはげはっ、走ると、ぜぃ、こうなっちゃう、ぐっ、んだ」


 体力ないにもほどがあるだろ。ってか、よくそれで船から投げ出されて生きてたな。


「大丈夫、だから、俺に、かはっ、構わず、げほほっ、先に、行ってくれ!」


 咳き込みながら大丈夫って言われても説得力ないんだが、この状態のこいつをこのまま連れてっても邪魔になるのは確かだった。


「じゃあ、ちょっと見てくるから、おとなしくしてな」


 そう言い置いて、あたしは村へ向かった。



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