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異世界風ヤング・バッハ(第1部)  作者: s_stein
第1章 貧困からの脱出
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6.追放

 眉根を寄せて見上げるヨハネスがまだモグモグとやっていると、少女は口に手を当てて、「あっ、お食事中ごめんなさい!」と小さく叫び、クルッと背を向けてその場を逃げるように去って行った。


 食事中に話しかけられて不機嫌になったわけではないので、少女の用件を聞くために呼び止めようとしたが、口の中に物が入っていて声が出せなかった。何か用があるならまた来るだろうと思い、彼は追いかけるようなことはせずに楽器を抱えて立ち上がる。


「怖がられるなら、笑顔の練習でもした方がいいかなぁ……」


 今の商売は客相手なので笑顔は必要。今まで少し足りなかったことを反省する。でも、正直言って、愛嬌を振りまいて客好みの曲を何度も繰り返して演奏するのは飽き飽きだ。


 頭の中では楽想が次々と湧いてきて音となって鳴り響き、指が勝手に動いて、体がリズムを取る。それは、今まで聴いたことがない音楽。これこそ自分の音楽だ。これを実際の音にしたい。流行りの曲を弾いている時間があるなら、1秒でも自分の音楽を弾く時間に回したい。


「うん! 初志貫徹! めげないぞ!」


 ヨハネスはリベンジのため再び広場へ向かい、いきなり自分の曲を弾き始めた。完全に開き直りだが、きっと理解できる人が現れるはずだと信じてオルガンを弾き、シターンに持ち替えて(つま)()く。少なくとも、あの女の子が来てくれるはずだと信じて。


 ところが現実は甘くない。人々は、騒音がするとでも言いたそうな顔をし、子供を連れた母親などは、子供の耳を塞ぐ。


 それでも気にせず、頭から溢れ出る音楽を即興で弾いていると、貴族のように豪奢な服を着て短い杖を持った壮年の男が二人の従者を連れて近づいて来た。最初は興味があってやって来たのかと思ったが、顔に敵意を浮かべているので、弦を(はじ)く指の動きが遅くなる。男が真正面に立って杖を握る手に力が入ったので、演奏を中断して警戒を最大にしつつ、引きつった笑顔で営業を開始する。


「ご主人。1曲いかがでございましょうか?」


「お前のその曲は、どこの国の曲だ?」


 ただならぬ雰囲気に、まさか敵対国の曲と勘違いされたのかと不安になった。


「いえ、わたくしめの曲でございます。即興で弾きましたので、どこの国の曲でもございません」


「お前が即興でだと? デタラメな」


「本当でございます。自作の曲で――」


「違う。お前の曲がデタラメなのだ」


「……と申しますと?」


「デタラメの意味がわからぬのか?」


 男は一歩前に出て、さらに顔を近づけた。


「…………」


「お前。その身なりは、辻音楽師だな? ろくに字も読めない無教養の奴が、訳のわからぬ音を鳴らしよって。音楽を冒涜する輩は、この町から今すぐ出て行け」


「では、流行りの曲を演奏いたしますので、ご勘弁を――」


「ならぬ! 響かせた音は楽器には戻らぬ! 騒音をまき散らした罪は許さん!」


 言葉使いから察するに、目の前にいる相手は決して上流の平民ではなく、貴族だ。下級の貴族かも知れないが、貴族相手に平民の下流のそのまた底辺にいる自分が楯突くことは絶対に不可能。ここは引くしかない。


「承知いたしました」


 心にもない言葉を吐いて頭を下げると、何事かと集まってきた通行人が一斉に嘲笑する。


 屈辱に震えながら町の外へ向かって歩いていると、背後から誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。もしや、あの少女かと思ってにこやかに振り向くと、太った中年の男だった。身なりから中流以上の平民に見える。少しガッカリした顔をすると、男が笑って、


「やあ、君。ちょっと、いいかな?」


 もしや、1曲聴かせてくれと言ってくれるのか、あるいは酒場のスカウトに来たのかと期待に胸が膨らむ。


「なんでございましょう?」


「さっき弾いていたの、君の曲って言ったよね?」


「はい」


「あれはいかん」


 男の渋い顔に、ヨハネスの顔が引きつる。まるで谷底へ蹴落とされた気分だ。


「誰だって、自分の作品を認めてもらいたいだろう?」


「ええ、まあ」


「だったら、自作の曲は流行りの曲に似せるとか、とにかく流行を追いかけたまえ。技巧的で前衛的な曲なんか、誰も聴かないよ。誰も、そんなものを求めていないんだから」


「でも、創作は作者の自由ではないでしょうか? 作者は、作りたい物を作ってよいのではないでしょうか?」


「それが間違っている、と言っているんだ。創作は作者だけのためなのかな? 相手があっての創作だろう?」


「…………」


「僕は小説や詩を書いているけど、自分が書きたい物を書くと読者はサッパリ読んでくれない。評価もしてくれない。そのうちに誰か一人でも読んでくれればそれでいいと思ったけど、それじゃダメなんだ。惨めな思いをするだけだよ。本当だから」


「…………」


「だから僕は、今は流行りの小説や詩を書いている。君も、同じようにしたまえ。その方が精神衛生上いいことだよ」


 ヨハネスは短いため息を吐いて笑顔を取り繕い、心にもない返事をする。


「ご忠告、痛み入ります」


「わかってくれたかね?」


「わかりません」


 ヨハネスは呆れる男の顔に背を向けて歩みを再開した。

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