4.思い知らされた現実
出来るだけ遠くに、母親が追いかけてこないところに――。
ヨハネスは追っ手から逃れるがごとく走り、翌々日の朝、猫族のカッツェンブリュッケン伯爵領へたどり着いた。ここは獣人の中でも人間に好意的な種族が住む土地で、ヨハネスはここに何度か来たことがあるので、ある程度は勝手がわかっている。
音楽師は領内で商売をする扱いなので、通行税以外に別の税金を払うことになる。でも、このくらいあっという間に取り返せると意気込んで、広場の噴水のそばに陣取った。
まずは流行りの音楽を1曲弾いて客を集める。顔は人間で尖った耳を持つ猫族の人々が続々と集まってきたが、誰も投げ銭をお皿に入れない。まずはタダで1曲聴いて、その後の曲で金額を判断しようということだ。聴衆のやり方は、前も経験済みだ。
自分の優れた演奏に夢中になった人が集まった、と気を良くしたヨハネスは、聴衆の一人が「新曲を聴かせてくれ」と言葉をかけたので、「はい!」と好感が持てる笑顔で返事をして自作の曲を披露した。
意気込んだので力が入る。集中するため、地面に目を落としながら時折頭でリズムを取り、ひたむきに携帯オルガンを演奏する。
完璧の出来だ。自分の技巧に、全員舌を巻くだろう。凄い凄いと賞賛の嵐で、硬貨が皿から溢れるに違いない。
そんな想像図を頭に描きつつ弾き終えて満足げに顔を上げると、ほとんどの人が肩をすくめたり首を傾げたりしながら自分に背を向けて帰っていくところを目の当たりにした。残った二人がニヤニヤしながらこちらを向いている。
「あんた。指がよく動くねぇ。曲芸師かい?」
「曲はさっぱりわからないけど、どこで流行っている新曲? なんて言うか、そのぉ、ぶっ飛んでるねぇ。俺たちにはついて行けないよ」
嘲笑を残して去って行く二人の背中から皿へ目を移すと、硬貨は一枚もなく、石畳の上を風で運ばれてきた落葉樹の一葉がちょうど乗っかったところだった。
一度下された評価は、簡単には消えない。今度は流行りの曲を弾いても人々は集まらず、他の流しの音楽師たちへ引き寄せられていく。仕方なく、隣の町まで足を伸ばす。
それから領内の4つの町を回ったが、どうもウズウズして自作の曲を弾いてしまう。すると、「技巧的で、サッパリわからない」「凄いんだろうけど、聴きたい音楽ではない」という言葉を残して、聴衆はお金を落とさず去って行く。
ヨハネスがショックを受けたのは、4番目の町で全員が呆れて帰った後、近づいてきた皺だらけの老婆がかけた言葉だった。
「お前さん、それは自分で作った曲なのかね?」
「はい。そうですが」
「悪魔に魂を売ってその曲を作ったのかね?」