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異世界風ヤング・バッハ(第1部)  作者: s_stein
第1章 貧困からの脱出
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35.これから進むべき道

 ――自分の音楽をたくさんの人々に聴いてもらいたい。それから得られるお金で暮らしていきたい。


 ヨハネスは、家を飛び出したとき、それを強く願っていた。


 ところが、現実は甘くなかった。


 ヨハネスの音楽は――本人はあまり自覚がないのだが――時代の先を行っていて誰もついて行けず、当然のことながらお金を生み出さなかった。


 まだ救われたのは、彼の音楽の真価を見いだしたのが、ドロテーア・フォイエルシュタインだったことだ。


 彼女が有力な貴族、かつパトロンであったのなら、ヨハネスは裕福に暮らせたかも知れない。だが、彼女は没落貴族の末裔。歌の才能はあるが、金は持っていなかった。


 しかし、ヨハネスの才能を評価する彼女は、自分を抜擢する相手にヨハネスを『師匠』として紹介し、常に彼を押し立てる行動に出た。


 このおかげで、今二人はフックスヴァルト伯爵の館の門前に立っている。


 だが、流しの音楽師という下流の平民が、貴族のお抱えの楽団や合唱団に入ることは、異例中の異例。身分の偏見が根強く残る世界に才能で殴り込みをかけるようなものだから、反発は必須である。


 前途多難を憂うヨハネスは、フェルナンダに鼓舞され、ドロテーアに励まされ、何とか館の前に立っている感じだった。


 正直言って、足が震えている。自分がこれからやりたいことを見失いかけている。


 ヨハネスは、これから館の敷地へ足を踏み入れる前に、自分が最終的にやりたいことは何なのかを決めようとした。決意を固めてから乗り込もうというわけだ。



 初志貫徹の観点からは、自分の音楽を聴いてもらい、認めてもらうことだ。いや、それよりも、楽団の中でうまくやっていくことではないか。


 そんな低い目標ではなく、いっそのこと、楽団を自由に意のままに操るべきか。もしそれが出来た暁には、自分の音楽を演奏させることも出来るのではないか。あるいは……。



「師匠。迷っていらっしゃいますか?」


 ヨハネスは、目の前の迫ってくるような立派なお屋敷が霞んで見えていて、あれこれ思う事柄に意識を集中していたのだが、左隣にいるドロテーアの声で現実世界へ引き戻された。


「えっ? 何か言った?」


「大丈夫ですか?」


「もちろんさ」


「そうでしょうか? 何か考え込んでいらしたので」


 女の勘は鋭いと言うが、ドロテーアも御多分に漏れずだ。ヨハネスは小声で「別に」とつぶやいて、その場をやり過ごそうとする。


「師匠はこの先、何を目指すのですか?」


 今それを考えていたのだ。しかも、問いかけられて結論が出ていない。決められない不甲斐なさと、十七歳で人生を決められるかという思いが交錯する。


「ドロテーアは、何を目指すの?」


「質問を質問で返さないでください」


「参考までにだよ」


「参考にならないと思いますが、申し上げますと、師匠についていくだけです」


 ずるい回答だと、ヨハネスは苦笑する。だが、ドロテーアこそ初志貫徹していることに改めて気づいた。出会ったときから、ぶれていないのである。


 となれば、自分もぶれるべきではない。自分が目指すものは、たくさんの人々に自分の音楽を認めてもらうことだ。認められると言うことは、すなわち――、


「じゃあ、僕は()()()()()()()()()()()()()()()()()()かな」


 ()()という言葉が自然に口から出てきたので、少しビックリする。


「作曲の職人でしょうか?」


「職人? ……ああ、そういうことか。今まで、人に聴いてもらいたいとか、音楽で独り立ちして生活したいって考えていたけど、それって『職人』って言葉がぴったりだね。……なるほど」


「では、職人ですから、親方を目指す、ですね」


「そうだね、広い意味で言うと」


「それでこそ、師匠です」


 自分の目標が決まったヨハネスだが、急に疑問が湧いてきて、一歩踏み出した途端に立ち止まった。


「ドロテーア。親方を目指すと言っておきながらなんだけど……」


「はい?」


「作曲の親方で有名な人って、いたっけ?」


「テレマンさんとか?」


「あの人、親方じゃないよ。宮廷の副楽長」


「そうでした」


「いない気がする。つまり、現実世界では、音楽で身を立てる場合、頂点は宮廷楽長なんだ」


「ローテンヴァルト帝国の宮廷楽長ですね」


「そこまで一足飛びには行けないから、まずは狙いはどこかの公国の宮廷楽長だ」


 ヨハネスはドロテーアの耳元で囁く。


「ここに宮廷楽長のポストがあればよかったのに。今更だけどね」


 フックスヴァルト伯爵領の規模では、宮廷楽長のポストはないのである。苦笑するヨハネスへ、ドロテーアも小声で返す。


「ではここ以外の国を目指しますか?」


「いきなりは無理。まずここで一番のレベルにならないと、よその公国からお呼びがかからないよ」


「どこなら行きたいですか?」


「そうだなぁ……。出来たら、アルニカシュタット公国がいいな。有名な楽団があるし。って、ここに入る前からその先を目標にするなんて失礼だけど」


 ヨハネスは、話をしながら徐々に目指す方向を固めていった。目標が出来れば、それに向けての行動がはっきりしてくる。


「よし。そうとなれば、ここの凸凹楽団の立て直しだな。……そうだ。その前に指揮を教えて」


「わかりました。後日、こっそりお教えします」


「師匠の交代だね」


 二人は顔を見合わせて笑った。


いろいろ修正しました。

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