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異世界風ヤング・バッハ(第1部)  作者: s_stein
第1章 貧困からの脱出
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31.意外な依頼

 翌日の夜、魔法を練習中のヨハネスに、フェルナンダが不満げな顔を向けた。


「どうした? 魔法に身が入っていないようだが?」


「すみません」


「原因は、リュートを弾かせてもらわなかったことか?」


「それもありますが……」


「自分が主役になれなかったことか?」


 図星だ。自分はベルンハルトの立場に嫉妬しているのだ。チェンバロの演奏技術は、引けを取らない。いや、むしろ、自分の方が(うわ)()だ。ベルンハルトが舞曲の演奏をしていたとき、3回音を間違っていた。あの曲なら、目をつぶっていても完璧に弾ける自信がある。それでも、前座に甘んじている。


 フェルナンダがフッと笑った。


「舞踏会に参加できただけでも、まずはよしとしないと、罰が当たる」


「そうですが……」


「くよくよするな。チャンスは必ず巡ってくる。一度の挫折ぐらいで、投げ出さないことだ」


 それはわかっている。わかっていても、うじうじと考えてしまうのだ。


 結局、魔法は何度やってもうまくいかず、一休みしてリュートの練習をする。


「何だか、音にまでつまらないという気持ちが入っているようだ」


「そうでしょうか?」


「そう聞こえる。いつもと違う。楽しさが感じられない」


「…………」


「その音では心に響かない。つまらないときでも、楽器を弾くときは気持ちをスパッと切り替えて楽しく弾くこと。楽器は正直だ。気持ちがそのまま音となって出るから」


 それは、亡くなったヒルデガルトにも言われた。気持ちが音になることに関して、いろいろと言い訳をして怒られたことが懐かしい。


「はい。気持ちを切り替えます」


 笑顔になったヨハネスは、それから音が明るくなった気がした。それは、フェルナンダの笑顔が証明してくれた。



 3日後、ラインハルトの使者がフリッツの家にやって来て、5日後の演奏会の前座に再びヨハネスが呼ばれることになった。ヨハネスは、快諾した。


 前座でも何でも、演奏の機会が与えられれば全力で弾いてみせる。もし、「他に何か楽器を弾けるか?」と尋ねられたら、しめたもの。「リュート」と答えよう。それがきっかけとなって、弾くチャンスが巡ってくるかも知れない。前向きになったヨハネスは、リュートの練習にも力が入る。



 演奏会当日、前回と同じく、フリッツ一家と使用人全員を乗せた馬車がラインハルトの館に到着した。いつものように、騒めきの中に自分の音を投げ込み、時々横目で誰か自分の演奏に耳を傾けていないかと確認するも皆無なことにもめげず、最後まで完璧に引き切った。


 ベルンハルトの時々ミスする演奏で紳士淑女が優雅に踊るのは気に入らないが、いつか自分が彼の代わりに演奏することを夢見て、舞踏のペアを目で追う。


 さて、休憩となったので、例のリュートの演奏でも始まるのかと思っていると、ベルンハルトが自分の方に向かってやって来た。もしや、もう(ひと)演奏やってくれという依頼かとドキドキしていると、


「おい。ドロテーア・フォイエルシュタインはどこにいる?」


「えっ? あっ、……あそこのヴァルトシュタイン様のおそばにいます」


 ちょうど彼女がフリッツと話をしているのが見えたので、彼女を指差す。ベルンハルトは、もうお前は用済みという顔をして彼女の方へ小走りに駆け寄る。それから、フリッツに何やら許可をもらい、彼女をチェンバロの方へ連れて行った。ヨハネスは、困った様子の彼女を見て助けに行こうかと思ったが、目の前を貴族が数人横切ったので、機会を失った。


 チェンバロの横に立ったドロテーアは、ベルンハルトから楽譜をもらい、それにサッと目を通す。それから、椅子に座ったベルンハルトの演奏で、歌を歌い始めた。


 彼女の美声に、騒めきが少しずつ消えていき、多くの視線が彼女に浴びせられた。酒に酔って談笑していた貴族たちまで話を中断し、赤ら顔を向けて聴き入っている。


 この飛び入りの歌姫を称えて、祝福の拍手が鳴り止まない。


 一礼したドロテーアがベルンハルトに楽譜を渡して立ち去ろうとすると、酔った狐族の貴族が彼女へフラフラと近づいてきた。警戒したヨハネスは、足早に彼女の方へ歩み寄る。


「なかなか良い声をしている。名前は?」


「ドロテーア・フォイエルシュタインと申します」


 その貴族の目つきが変わった。彼女の服は使用人の物だが、名前から貴族出身であることがわかったからだ。


「ほう。出身もいい。使用人となった事情までは問わん。どうかね? うちの合唱団に入らないかね? ソプラノに欠員が出ていて、来てもらえると助かるのだが」


 ドロテーアは酒臭い息に耐えながら、近づいてくる師匠の姿にチラッと目をやると、


「ヴァルトシュタイン様の許可をいただく必要がございます。それと、もし許可をいただいたといたしましても、師匠と一緒が条件でございます」


「師匠? 何? 歌の師匠がおるのかね?」


「いえ、素晴らしい演奏を披露してくれる師匠でございます」


 ドロテーアは、近づいてくるヨハネスを指差した。振り向いた貴族は、この使用人も貴族出身と思ったのか、笑顔を向ける。


「名前は?」


 ヨハネスは立ち止まり、深々と頭を下げた。


「ヨハネス・ゼバスティアン・()()()と申します」


 その途端、その貴族は不快をあらわにした。それだけではない。周囲の騒めきが消えて、ヨハネスには痛い視線が集中した。ベルンハルトは、それ見たことかと、眉をひそめる。


「流しの一族の(やから)が、なぜここにおる?」


「師匠の演奏ぶりは、驚くほど素晴らしいです! どんな曲でも弾いてのけます!」


 ドロテーアが興奮して、かなりハードルを上げてしまった。さすがに狼狽したヨハネスは、目が泳いだ。


「ほう。演奏の曲芸師か。なら……、おい、そこの使用人! 目隠しになる布を持って来い!」


 近くにたまたま立っていて貴族に指名された使用人は、いったん外に出て黒帯のような物を持って戻ってきた。


「それで目隠しをして、何か弾いてみせよ」


 チャンスが訪れた。これを逃す手はない。ヨハネスは、微笑みながら応じた。


「かしこまりました。では、ベルンハルト様が演奏された3つの舞曲を弾いてご覧に入れます。それに合わせて、皆様方は今一度舞踏をお楽しみください」

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