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異世界風ヤング・バッハ(第1部)  作者: s_stein
第1章 貧困からの脱出
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2.魔法の習得

 ローテンヴァルト帝国領内の平民の身分には、収入の度合いに応じて上流、中流、下流の3段階がある。ちなみに、流しの音楽師は平民の下流の底辺で、下流の人々にも(さげす)みを受けていた。魔法使いにもこの上流、中流、下流の3段階があり、こちらは扱える魔法の種類やその豊富さで決まっていた。


 ヨハネスは、子供心にも中流以上の魔法使いに弟子入りを願った。それは、中流の平民であったハンスが音楽師一家のエレーナを(めと)ったという極めて稀な例があるので、可能性はゼロではないと信じていた。


 チャンスは程なくしてやって来た。


 半年後、帝国内でも比較的裕福なグロッスリンデンシュタット公国に近い街道沿いの宿場町で旅人相手にヨハネスたちが歌と音楽と踊りを披露していたところ、それが同公国内で弟子を取っている魔女ヒルデガルトの目に留まった。彼女は中流の魔女で、優雅に踊るエレーナも気に入ったが、特にヨハネスの演奏が気に入った。当時の彼女は弟子も全員独り立ちして絶賛募集中であったので、ヨハネスを弟子に取り、住み込みで教えながら『自分のお抱え』にすることを思いつく。つまり、授業料を取る代わりに家の雑事を行わせて、いつでも聴きたいときに()()()()()()()()演奏させるわけである。


 ヒルデガルトがヨハネスのことを「通いではなく住み込みの弟子に是非とも」と誘うと、母ニーナは演奏者がヨハネス一人しかいないという事情があるので、かなり渋い顔をする。彼女がいきなり提案を拒絶しないのは、ヨハネスを是が非でも欲しそうな顔をしている中流相手に自分たちが有利になる条件を引き出す目的があったからだ。言い換えれば、ヨハネスは金づる扱いである。


 そこで、ヒルデガルトはヨハネスを弟子として預かる代わりに、歌い手と踊り子が足りない酒場にニーナと四人の娘を紹介することを約束し、話がまとまった。辻音楽師として沿道や宿場町で旅人相手に歌ったり踊ったりするよりも酒場で披露する方が、しかもグロッスリンデンシュタット公国という羽振りの良い中流以上の平民が多く住んでいる国の酒場で働く方が遥かに儲かるからだ。あわよくば娘エレーナの再婚相手が中流以上に見つかるかも知れない、という棚ぼたも母ニーナは考えていた。



 魔女ヒルデガルトは、まず魔道書を読むための基礎から教えた。だが、優秀なヨハネスは古代文字までたちどころにマスターし、術式の多くを(そら)んじるのでヒルデガルトは驚嘆する。


 なぜヨハネスがこうも早く覚えるのか不思議がる彼女は、真夜中にヨハネスの部屋で物音がするのでドアの隙間からソッと覗いてみると、窓辺の月明かりで一心不乱に魔道書を読むヨハネスを発見し合点がいった。なお、ローテンヴァルト帝国では平民はおろか貴族も、夜中には家の中でよほどのことがない限りロウソクを灯さないし、ランプも点灯させない。それは、ロウソクや油が貴重品だったからだ。


 ならば、夜中が曇りや雨の日はどうしているのだろうと観察していると、左手の上に魔法で(かす)かな明かりを灯して魔道書を読んでいる。消費するマナを節約するために、月明かり程度の明るさに抑えているのだ。


 文献から知識を会得するのは驚異的スピードだが、いざ魔法の実技となると、なかなかどうしてうまくいかない。天才とはいえ、まだ十一歳にもならない子供が「俺TUEEE!」みたいなチート能力を魔法で発揮するほど人生は甘くないのである。


 ここでビシバシと魔法のスパルタ教育を始めるとヨハネスが()を上げて夜逃げしてしまう可能性があるので、彼女は「最初はそんなものよ」と優しく慰め、自分の目的を達成させる。つまり、「気晴らしにどう?」と音楽を演奏させるわけである。


 魔女ヒルデガルトは、魔法と音律には因果関係があると考えていて、研究のため古今の楽譜をたくさん所蔵していた。ハンスの家になかった古い音楽や遠くの国の音楽に楽譜を通じて触れたヨハネスは感動し、大粒の涙を流す。それらを携帯オルガンで片っ端から弾き、楽譜の写譜の間違いまで指摘した。


 魔女ヒルデガルトは、魔法と音律には因果関係があると考えていて、研究のため古今の楽譜をたくさん所蔵していた。ハンスの家になかった古い音楽や遠くの国の音楽に楽譜を通じて触れたヨハネスは感動し、大粒の涙を流す。それらを携帯オルガンで片っ端から弾き、楽譜の写譜の間違いまで指摘した。


 そして、十一歳になると、作曲まで始めるようになった。自作の曲をヒルデガルトの前で披露すると「凄い!」と褒めてくれた。それが嬉しかったので、どんどん新曲を作っていった。


 あるとき、ヒルデガルトの知人の家に招かれたときに、その家にチェンバロが置いてあった。喜々として演奏するヨハネスを見て、ヒルデガルトが彼の演奏を聴きたいがために、彼と一緒に足繁く知人の家へ通ったこともあった。


 魔法の方も少しずつ身につけていくが、それよりも音楽に飢えるヨハネスはヒルデガルトの留守中に家をこっそり抜け出したり、買い物へ行く途中で寄り道をしたりして、町に溢れる音楽に接し、入れてもらえない教会の外からオルガンの演奏に耳を澄ました。



 ようやく十六歳にして防御魔法と炎系の攻撃魔法を会得したヨハネスは、黒猫の姿をした使い魔シュヴァンツをパートナーとした。そして、免許皆伝の試験を明日開始しようというときに、悲劇が起こった。またもや帝国内の内乱が発生し、グロッスリンデンシュタット公国が襲撃を受けた際に魔女ヒルデガルトの家が焼き討ちに遭い、彼女が死亡したのだった。


 ヨハネスは父親譲りの楽器を抱え、母ニーナと姉四人と一緒に命からがら公国の領内から逃げ出した。



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