表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界風ヤング・バッハ(第1部)  作者: s_stein
第1章 貧困からの脱出
27/40

26.魔女の機転

 魔女をナイフで脅すミッヘルを見上げていたヨハネスは、最初は、仲間割れが始まったと思った。ありがちな、金を巡るゴタゴタだ。しかし、支払いに固執する仲間を脅すにしては、いきなりナイフを突きつけて、しかも自分も道連れに殺すはないだろう。そのような希薄な仲間関係から察するに、魔女はおそらく雇われている。彼女は「単なる仲間ってとこさ」と言ったが、雇われたことを隠すためだろう。


 ならば、危機に陥った彼女を助けなければならない。ここで、体が動くかどうかを調べるため、手足に力を入れてみたが、自分の意志では動かないことがわかった。動くのは目だけ。どうやら、ほぼ完全に魔女の操り人形になっているようだ。なので、使い魔シュヴァンツを呼び出そうと考える。


 ところが、なぜか声が出ない。召還の言葉をかけないと、シュヴァンツは現れないから、これでは万事休すだ。()()(もと)で、心の中で『来い。シュヴァンツ』と念じても無反応。


 自分の無力ぶりを呪っていると、拳を握りしめていることに気づいた。体が動かないはずなのに、何が起きたのだろうと思って、握っている手を開いてみると、指が動く。まさかと思って、手足を恐る恐る動かすと、動いた。魔女が助太刀を求めるために魔法を解いたのに違いない。


 ヨハネスはソッと手下の方へ顔を向ける。すると、二人とも自分の喉元に両手を当てて苦しがっていた。見えない縄に首を絞められていて、それを(ほど)こうとでもしているようだ。


 今度は後ろから、カランと金属が石畳で跳ねた音がした。ナイフがミッヘルの手から滑り落ちたのだ。彼も手下と同じく、自分の喉に両手を当てている。


 魔女がフードの下で唇を緩ませて、ヨハネスの方へ歩み寄る。


「とんでもない目に遭わせて悪かったね。もう立てるから大丈夫だよ」


 言い終えると、ドサッドサッドサッと三人が連続して倒れ込んだ。ヨハネスは、身近に起きた事態に震え上がり、反射的に立ち上がった。


「これは、どういうことですか!?」


「魔女を利用した下層階級の連中を懲らしめたのさ」


「まさか、殺すのですか?」


「私とお前を殺そうとしたんだぞ? ここで温情を与えると、これ幸いと殺されることになるが、よいのか?」


「でも、人殺しはダメです!」


「どこまでもおめでたい奴だな」


「助けてもらったとは思いません。あなたもこの男たちと同罪です」


 魔女は、唇を尖らせた。


「そうは思わない。最初、こいつ――ミッヘル・シュヴァルツコップから雇われたときは『悪魔に取り憑かれて人を惑わす音楽を奏でる男がいて、そいつが俺の金を盗んだから、取り返すために捕らえて連れてきてくれ』と言われた。これで、なぜ同罪になる?」


「シュヴァルツコップさんがですか!? そんな話は、デタラメもいいところだ!」


「こいつから『捕まえるのに苦労するだろうから20タレル出す』と言われて、報酬の半分を渡された。捕まえたら残りの半分を支払うという約束で引き受けた。こっちは、警備兵からも依頼される悪党狩り専門なので、何もおかしいとは思わなかった。ところがだ」


 魔女が、(けい)(れん)するミッヘルを見下ろす。


「捕まえた相手に殴る蹴るが始まり、金を返せの言葉もなく、『女中から聞いた』だの『安く見られたものだ』だの、おかしな事を口にする。それに骨を折れという話。これは、どう考えても遺恨から来る私的刑罰だ。これは、見過ごせない。だから――」


 ミッヘルからヨハネスの方へ顔を向けた魔女は、フードに隠れていた(そう)(ぼう)が一瞬だけ見えて、金色の光を発した。


「お前を助ける機会を作るため、支払いを今すぐ求める話を持ち出した。そうしたら、最初から払う気がないと本性を現した。挙げ句の果てに、短刀で脅す始末」


 ヨハネスは、苦しむ三人を順繰りに見て魔女へ嘆願する。


「理由はわかりました。同罪ではないと理解します。でも、正当防衛だとしても、このままでは三人とも死んでしまいます!」


「悪党狩りをしているとわかるが、隙を見せたらこちらの命が危ない」


「それでもです! 殺してはいけません!」


 ヨハネスがグッと迫るので、魔女は肩をすくめた。


「そこまで言うなら、こうしよう」


 そう言って魔女が指を鳴らすと、三人がぐったりして、空中から忽然と現れた縄にぐるぐる巻きにされた。


「まずは捕縛した。で、どうする?」


「警備兵に引き渡します。私が証言しますので、あなたも証言してください」


「……まあ、いいだろう。その先は、どうする?」


「先とは?」


「こいつらが牢獄から出て来るのは1週間後くらいだ。もうしません、という約束をすると思えんが。間違いなく、復讐しに来るぞ」


「魔法で撃退します。もちろん、正当防衛で」


「ほう。どんな魔法が使える?」


 ヨハネスは、炎の矢を出して見せた。魔女は、感心した様子もなく、


「それを私にぶつけてみよ」


 そう言って、体のここにという意味で、胸をポンポンと叩く。


「本当に、そこに投げて大丈夫ですか?」


「構わない。全力で来い」


 ヨハネスは、人にめがけて投げることに若干のためらいを覚えたが、手を抜くと失礼と思い、魔女めがけて力一杯投げた。


 ところが、炎の矢は魔女の手前で消滅した。目を丸くするヨハネスがおかしいのか、フードの下の唇がほころんだ。


「手を抜いたか?」


「いえ、全力です」


「私がお前なら、今のお前は赤子と同じだ。話にならん。魔法が使える悪人に当たらないことを祈るのだな」


 しょげるヨハネスに、魔女が近づいてきて声をかけた。


「そうは言っても、素質はありそうだ。私のところで魔法を学ぶか?」


 目の前にいるのは、ヒルデガルトとは比べものにならないくらい強い魔女。学びたいが、時間がないヨハネスは答えに窮した。


「普通、喜んで弟子入りするものだが、その顔は時間がないことに悩んでいるな?」


「はい……」


「夜だけでもいいぞ」


「お願いできますか?」


「いいだろう」


 魔女はフードを上げた。現れたのは、高い鼻と金色の目と赤毛が特徴の若い女性。ハット息を飲むほどの美女だった。


「私は、フェルナンダ・ヴァイス。魔女とは思えぬ名前だろう? お前は?」


「ヨハネス・ゼバスティアン・バッハです。フリッツ・ヴァルトシュタイン様のところで、音楽を教えて荷物の搬入とかをしています」


 バッハと聞いて、フェルナンダは「なるほど、音楽師か」と言ってヨハネスの指を見る。


「ヨハネス。名前を変えてはどうか? ヨハン・ゼバスティアン・バッハとかに」


「なぜですか?」


「その方が吉となる名前だと思うからだ」


 吉となると言われると、そちらに気持ちが傾く。でも、『師匠』と慕うドロテーアがなんて言うか。


「いえ、ヨハネスのままでいいです」


「欲のない奴よ」


 フェルナンダは、静かに笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
cont_access.php?citi_cont_id=746373233&s
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ