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異世界風ヤング・バッハ(第1部)  作者: s_stein
第1章 貧困からの脱出
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22.危機一髪

 翌日、朝から気分が高揚するヨハネスは、仕事先でヘルベルトから「何か良いことでもあったのか?」と問われてもニヤつくばかりで、「あまり調子に乗るとへまをするぞ」と忠告されても上の空であった。荷物満載の荷車を引いて得意先を3軒ほど回って納品した後、一人でタバコとお茶の箱を空の荷車に積み込み、4軒目へ出発した。荷車を引きながら体でリズムを取るヨハネスの後ろ姿を見送ったヘルベルトは「大丈夫かなぁ……」と腕組みをして首を傾けた。


 仕入れ先の商会は、他にも納品の荷車が3台ほど横付けされていたので、ヨハネスは少し離れた場所で停車した後、まずタバコの箱を抱えて戸口に向かって歩き始めた。すると、向こうから人相が悪い屈強な男がやって来て、「おい、お前」と呼び止める。ヨハネスは何事かと思ってその男を見つめると、後ろから誰かに体当たりされた。振り向くと、痩せた男が石畳の上に仰向けに倒れ込んだところだった。


「兄貴! 痛いよう! 助けてくれ!」


 倒れた男が、大袈裟にうめきながら胸や肩を押さえる。すると、ヨハネスを呼び止めた男が駆けつけてきて、「大丈夫か!?」と倒れた男に声をかけた後、ヨハネスを睨み付けた。


「おい、小僧。俺の可愛い弟を怪我させやがって!」


 ヨハネスは、これは二人でグルになって一人がわざとぶつかってきて言いがかりを付けていると判断し、「ぶつかったのは、そっちじゃないか」と反論する。そして、万一の盗難に備えて箱をしっかりと抱えた。


 すると、男はヨハネスが持っていた箱を奪って荷車へ放り投げ、「上等じゃねえか。こっちに来い」とヨハネスの腕をつかんだ。かなりの怪力で、振りほどくことが出来ない。なおも抵抗していると、倒れたはずの男がいつの間にか助太刀に回っていて、二人がかりで両方の腕を取られ、後頭部を押さえつけられた状態で連れ去られた。周りにいた通行人は、よくある若者同士の喧嘩かと傍観するのみであった。


 石畳に顔を向けさせられて薄暗い路地裏に連れて行かれたヨハネスは、両側の二人が立ち止まり、どちらかに後頭部の髪の毛をつかまれて顔を上げさせられた。すると、正面に黒いローブを纏ってフードを被った人物と目が合った。その人物は、目には舞踏会で使う仮面を着用し、鼻と口を布で隠しているが、仮面の装飾から男を連想させる。さらに、フードの左右が内側から押し上げられて膨らんで見えるので、どうやら人間ではなく、角が生えた獣人のようだ。


 もし角だとすると、この感じは……。


 ヨハネスがどの種族だろうかと推理していると、右にいた屈強な男が「お頭。連れてきやしたぜ」と言う。すると、仮面の男が低い声で指示をした。


「指の骨を全部折れ。それから腕の骨も」


 悪寒が走ったヨハネスだが、彼の短気な性格が幸いする。たちどころに怒りに燃えた彼が激しく抵抗すると、両側の二人は指の骨を折るどころかヨハネスを押さえつけるのに精一杯になった。これを見た仮面の男が、近くに落ちていた角材を手にした。


「下郎の分際で、生意気な」


 男が角材を振り上げて近づいてきたとき、ヨハネスは魔法を発動した。


「異界の門よ、開け! 万物を焼き尽くす()(れん)の炎よ、来たれ!」


 ヨハネスの詠唱で左の手にひらに燃えさかる炎の塊が出現すると、痩せ男の服にその炎が燃え移った。


「わわわっ! 助けてくれ!」


 炎を消し止めた痩せ男は、立ち止まった仮面の男の横へ逃げた。ヨハネスは、今度は左手の炎を右の男に押しつけて撃退すると、その男も仮面の男の横へ逃げた。


「お頭! なんで()()のくせに魔法を――」


 そう言いかけた手下の言葉を、仮面の男が唇の前に人差し指を立てて「シッ!」と言って(さえぎ)る。そうして、角材をゆっくり真ん中まで下ろして、先端をヨハネスへ向けた。


「町中で魔法を発動するのは禁止行為であることを知らないのか? 警備兵を呼ぶぞ」


「わざと人にぶつかって、因縁をつけた挙げ句、指の骨を折るという残忍な犯罪者相手なら、警備兵も正当防衛で許可するさ」


「ならば、こちらも正当防衛をするまで」


 仮面の男が角材を再び振り上げ、「覚悟せよ!」と叫んで地面を蹴って飛びかかった。


 どこかで聞いた声……。だが、ヨハネスは記憶を思い起こすよりも、体が先に反応した。


「食らえ! 業火の矢フオイエル・プフアイル!」


 ヨハネスが炎の塊を1メルトルの炎の矢に変形させて、仮面の男の足下へ投げた。それは、本当に体の中心へ向けて投げたら、射貫いて殺してしまう可能性があるので、威嚇するためだ。矢は男の左足首付近をかすめ、男は前のめりになって急停止した。


「引け!」


 仮面の男の合図で、手下の二人が脱兎の勢いで奥の方へ逃げだし、彼らを追う男は少し足を引きずりながら逃げていった。ヨハネスは三人を追わず、まだ燃えている炎の矢を消滅させた後、首を傾げた。


「誰だろう、あの声。何人か思い当たるけど……店の商売敵なのかなぁ」


 だが、屈強な男が口走った「なんで()()のくせに」の言葉が引っかかる。


「流し……流し……。ん? ってことは、僕のことを()()()()()()として知っている奴? そっちの商売敵!? でも、何日も広場で演奏していないしなぁ……」


 それから、無事にタバコ等の納品を終えたヨハネスは、あと3軒回ってからヘルベルトに午後の仕事をお願いし、フリッツの屋敷へ急いだ。


 屋敷が見えてくると、反対側からミッヘルが屋敷に向かって歩いているのが見えてきた。ところが、どうしたのだろう。ミッヘルは左足をかばいながら歩いているのか、歩きにくそうだ。しかも、ヨハネスを見つけて猛烈にイヤな顔を向けている。


「ミッヘル様。どうなさったのでしょうか?」


 ミッヘルが、二回咳払いをして、自慢の角をちょっと触った。


「ちょっと石畳の穴につまずいて、足首をひねったまで。大したことはない」


「お大事になさってください」


「下層階級の人間に哀れみを受けるとは、なんと情けない」


「哀れみからではなく、心配の気持ちからです」


「人の心配より、自分の心配をした方が良いぞ」


 ヨハネスはミッヘルの(とげ)のある言い方に、眉間に皺を寄せた。


「……と、おっしゃいますと?」


「今日、お前はクビになるのだから」


「なぜですか?」


 ミッヘルが失笑する。


「ヴァルトシュタイン様から何も聞いてはおらんのか?」


「お昼に仕事を切り上げよ、とだけですが」


 ミッヘルが哀れむ顔を向けた。


「……どうやら、本当に知らないようだな。なら、教えよう。お前は私に敗北するのだ」


 そう言って、屋敷の扉の前へ向かう。


「何か勝負事が行われるのですか?」


 立ち止まったミッヘルが振り返り、口を三日月のように歪めた。


「そう。この私との勝ち目のない勝負だ」


 ヨハネスはこれでピンときた。フリッツは「チェンバロは弾けるな?」と言った。と、いうことは、今からこのミッヘルとチェンバロで演奏対決が行われるのだ。


 ヨハネスは、背中を向けたミッヘルを睨みつけ、『絶対に勝利してみせる』と心に誓った。

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