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異世界風ヤング・バッハ(第1部)  作者: s_stein
第1章 貧困からの脱出
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14.魔物退治

 ヨハネスは、起きては寝てを繰り返しているうちに急に胸騒ぎを覚え、寝起き直後で頭のジンジンする痛みが残っているものの、部屋の外から忍び寄る気配に意識を集中する。気配の正体は、微弱な魔力だ。どうやら宿屋の外に小物の魔物がいるように思えるが、相手も気配を極力消そうとしている可能性があるので、強弱と実体が比例するとは限らない。


 魔力の方角から、ドロテーアが寝ているベッドに近い窓の外にいるらしい。今、いきなり侵入されては、彼女を守ることが出来ない。ヨハネスは、左の手のひらの上に丸くて青白く輝く球体――月明かりのない夜中に魔道書を読むときに使っていたランプ代わり――を出現させると、こちらに背中を向けて毛布を被って眠っているドロテーアが見えて、ドキッとした。


 これで、完全に目が覚めた。


「来い。シュヴァンツ」


 ヨハネスが小声で使い魔の名前を呼ぶと、空中に黒いもやが現れ、それがみるみる小型の黒猫の姿になった。右目がターコイズブルーで左目が金色のオッドアイだ。シュヴァンツが宙に浮いたまま、ヨハネスを見る。


「ご主人様。お久しぶりです」


「ああ。滅多に人前で魔法を使う機会がないからな」


「すっかり、お忘れになったかと――」


「ないない。それはそうと、この建物の外に何がいると思う?」


「うわばみだと思います」


「ってことは、大蛇だよな? それにしては魔力が弱い」


「気配を消しているつもりで消しきれない、って感じですね」


「なるほど。狙いは何だと思う?」


「ご主人様か、向こうで眠っておられる奥方か」


「奥方言うな。相手が傷つくぞ」


「おやおやぁ? もう、済ませたのではないのですか? ムフフ」


「な、何をだ!? ヘンなことをいうと消すぞ!」


「では、失礼をば――」


「待て、消えるな!」


「どっちですか、もう……」


「で、どうする? 奴が窓を突き破って入って来たらまずいぞ」


「確かに。弁償もしないといけませんからねぇ」


(おとり)になって、建物から引き離すか?」


「それがいいでしょう」


 ヨハネスとシュヴァンツが顔を見合わせたまま、部屋が静寂に包まれる。


「お前が行くんだよ」


「えっ? ご主人様ではないのですか?」


「なんで俺が(おとり)になる?」


「言いだしっぺが――」


「何を言う? お前だ」


「はいはい」


 宙に浮いたままのシュヴァンツがスーッと漂って、窓とは反対側の扉を壁抜けのようにすり抜けていく。すると、微弱な魔力が強くなり、それが窓から遠ざかって建物の反対側にグルリと回るように動き出した。きっと、大蛇はシュヴァンツが放つ魔力に引き寄せられて行ったのだろう。


「よし」


 ヨハネスは静かに扉を開いて部屋を出て、手探りで廊下を渡り、宿屋の出入り口の扉をソッと開いた。


 外はまだ暗闇も同然で何も見えないが、ジャリジャリと何かが引きずられて遠ざかる音がする。魔物の蛇がシュヴァンツに引き寄せられて這っているようだが、シュヴァンツは黒猫なので闇に溶け込み、どこにいるのかわからない。


 ヨハネスが、建物の外に出ると、音が止まった。きっと、進行方向と反対側に魔力を感じたので振り向いたに違いない。


『さあ、どうする?』


 ヨハネスは左の手のひらに青白く光る球体を出現させて、斜め前方に放り投げると、照明弾のようになったその球体が大蛇をボンヤリと照らした。自分の身長の4倍以上、7メルトルは軽く越える長さで、足の太さもある胴体にはまがまがしい蛇紋が浮かび上がっている。そいつが、ちょうど振り返り、顔の正面をヨハネスへ向けたところだ。


 背筋が凍ったヨハネスだが、無我夢中で魔法を繰り出す。


「異界の門よ、開け! 悪魔を焼き尽くす炎よ、来たれ!」


 詠唱の後、右の手のひらの上で火球が膨れ上がり、それがみるみるうちに投げやりのように伸びた。それに呼応するように、大蛇の口が開いて口腔から眩しい光が漏れてきた。


業火の矢フオイエル・プフアイル!」


 ヨハネスが2メルトルもの炎の矢を投げやりのように放つと、それは大蛇の口から噴出された炎と激突し、ブワッと爆発が起きた。


「何!?」


 いとも簡単に必殺技を回避されて、呆然となったヨハネスは次の行動が取れない。そこへ、再び大蛇の口から光が漏れて、魔法の溜めに入った。その光をただただ見つめていると――、


完全凍結(フエルアイズング)!」


 背後から女の子の略式魔法詠唱が聞こえたかと思うと、大蛇の全身が急速に凍り付いた。


圧縮破砕ツエルクヴエツチユング!」


 続く詠唱で、凍り付いた大蛇の全身がピシッピシッと音を立ててひびが入り、さらに縮んでから、ガラスが割れる音と大量の光の粒をまき散らして大蛇は消滅した。


「師匠。相手が炎系なのに炎の魔法を使ってどうするのですか?」


 声の方を振り返ると、ドロテーアが口に右手を当てて、ふわわとあくびをしている。ちょうど、空中に放った青白い球体の光が消えたので、服を着ているかは一瞬だけ見えたのだが、黒ローブが乱れていたので慌てて着たのだろう。


「ごめん。攻撃魔法は炎系しか教わっていないんだ」


「相手が何系の魔法を使うのかも調べずに、いきなり攻撃しないことです」


 ちょっとお説教の口調が入っているので、ここはひたすら謝るしかない。


「今度は、一人で行動しないでください」


「はい……」


 魔物討伐で鳴らしたドロテーアの実力をまざまざと見せつけられ、ちょっと魔法が使えるからといって得意がっていた自分が恥ずかしい。穴があったら入りたい気分のヨハネスは、しゅんとなってドロテーアの後を追い、シュヴァンツと一緒に部屋へ戻った。

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