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異世界風ヤング・バッハ(第1部)  作者: s_stein
第1章 貧困からの脱出
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12.ドロテーアの過去

 春で陽気が暖かいとはいえ、夜になると寒気が襲ってくる。自分一人なら野宿でもなんとか耐えられるし追い剥ぎと戦う覚悟は出来ているが、ドロテーアも一緒に野宿を強要するわけにはいかない。そこで、今いる町から歩いて3時間ほどの小さな宿場町で安宿を探すことにした。そもそも大きな町の宿は高いし、身分が低い者を受け入れてくれるところは稀なのだ。目指す宿場町には野宿が多い流しの音楽師でも泊めてくれる宿があったのを覚えているし、ある程度は勝手を知っている。まだまだ陽が短いので、到着は夜になるため、二人は道を急いだ。


 町を出て街道を歩くと、どこまでも広がる草原と点在する林が見えてくる。のどかに草を()む牛や羊の群れを眺め、風が運ぶ草花の匂いを嗅ぎ、時折向こうからやって来る馬車や行商人の列を避けつつ、なるべく道の端を歩く。


 端を歩いていても、貴族などの馬車は下流の平民を道からはじき出さんばかりにわざと寄ってくるし、馬まで鼻を鳴らして威嚇する。今日も何度かその目に遭ったが、今近づいてきた豪奢な馬車は、かなり露骨に迫ってくる。ヨハネスはドロテーアをかばいながら草むらへ避けた。


 ヨハネスは自分の身分を呪い、『この腕で必ず()し上がってみせる!』と強く心に誓う。


「腕というよりかは、指かな」


「えっ?」


 御者の()(しよう)する声を残して去って行く馬車を睨み付けたヨハネスが、思わず心の声の後半が漏れてしまったのだが、唐突に聞こえたドロテーアが首を傾げた。


「いや、何でもない。こっちのこと」


「そういえば、師匠は、どうやって腕を磨かれたのでしょうか?」


 それを答えるためには、ハンスとヒルデガルトの悲劇を語ることになるので、心が痛む。しかし、きっといつかは自分も相手の過去に触れる質問をしてしまい、彼女を苦しめることになるのだろう。自分は語らず、彼女だけに語らせるのは不公平だ。


「……これからお互い、力を合わせて行くのだから、秘密はなしにしよう」


 急にドロテーアがうつむいた。


 言ってから気づいたのだが、それは彼女の秘密を聞きたいと言っていることに他ならない。ヨハネスが彼女の表情を窺っていると、腹が決まったのか、ニコッと笑って「そうですね」といいながら顔を向けた。


 まず、ヨハネスは長姉エレーナの結婚が縁でハンスという(こう)()()に出会ってたくさんの楽譜に触れたこと、さらに魔女ヒルデガルトに気に入られて弟子になってからも同じように古今の音楽に触れたことを語った。それから、一度聴いた音楽はすぐに覚えてしまうことも隠さずに伝えた。最初は、自慢たらしいエピソードなので躊躇したが、きっとこの先、バレることは確実だから、今言っておいた方が良いと判断したのだ。


 ドロテーアの目が輝いた。畏敬の念を抱いたのか、一、二歩距離を開けたような気もする。


「師匠の(てん)()の才を認めてくださった方々との出会いで、才能が開花したのですね」


「自分で才能というのも恥ずかしいけど……そうなるのかな」


「師匠に謙遜は不要です。堂々となさってください」


「アハハッ。……まあ、とにかく、二人に恩義を感じるから、是が非でも形にして報いたいんだ。それに頭から自作の音楽が溢れてくるので、これを何とかしたい。それで、このまま流行りの歌の伴奏者として生活していくのもどうかなと思って、自作の曲で身を起こそうと考えたんだ。底辺の平民の敵わぬ夢とか野望とか言われてもね」


「夢を語るのに身分は関係ありません。野望だっていいではありませんか?」


「わかった、わかった。そんな怖い顔しないで。……それで、家を飛び出しちゃったってとこ」


「楽器を持ち出して大丈夫だったでしょうか?」


 ヨハネスは心臓をナイフで一突きされた思いがした。よくよく考えれば、母と姉の人生を左右してしまう行動だったのだ。


「姉がなんとかするって言ってくれたんだ」


「師匠は、優しい家族に恵まれていらっしゃるのですね。それに比べて……」


「比べて?」


「私は、家族に(うと)まれ、家を追い出されたのです」


 悲しげな顔をしたドロテーアが、重い口を開いて過去を語り始めた。


 ドロテーアは没落貴族の末裔で、六人兄弟の末っ子。父親はいろいろな事業に手を出して成功と失敗を繰り返す。儲かると両親と兄弟は無計画に散在し、破綻すると貧困生活に逆戻りする。


 そんな天国と地獄の生活を交互に繰り返している時、十三歳になったドロテーアの魔法の力が並大抵ではないことに気づいた父親が、魔物討伐の旅団(パルテイー)に参加させ、稼ぎを全額家に入れさせることを考えた。一家の名前のフォイエルシュタインは火打ち石のことだが、彼女が使えるのは氷系の魔法。それを揶揄されながらも頑張って魔物討伐を続けていたが、あるとき旅団(パルテイー)が全滅し、自分だけが生き残った。


 ところが、次に所属する旅団(パルテイー)も全滅。またその次も全滅となり、一人生き残ることから疫病神と恐れられた。そのよからぬ噂が家にまで及ばないように、父親から家族の縁を切られた。


 しばらく物乞いで生活していたところ、身寄りのない子供として教会に拾われ、長い間修行と雑事を行っていたが、十五歳の時に聖歌隊の欠員が出たためそこに入れられた。ところが、歌がうますぎて一人だけ飛び抜けるほどの実力に周囲から嫌われ、何度もいじめに遭い、盗みの罪も着せられた。()(たま)れなくなって教会を飛び出し、放浪の歌い手となったのは1ヶ月前のことだという。


「ドロテーアは1ヶ月先輩って事だ」


「師匠の方が遥かに先輩です」


「なんで? 僕はついこないだ飛び出したんだよ?」


「音楽に関してです」


「ああ、そっち……。でも、聖歌隊に入ってすぐに実力を発揮するなんて、ドロテーアも才能があるんじゃないのかな?」


「いいえ。師匠の方が上のまた上のそのまた上です。師匠の才能は、きっと()()()()()()()()()()()だと思います」


「買いかぶりだよ」


 ヨハネスは頭を掻いて笑った。


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