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プロローグ

 帝国暦111年。満天の星が暗雲に徐々に飲み込まれて遠雷が喉を鳴らす猛獣のように聞こえてきた頃、ローテンヴァルト帝国の首都ケーニヒスブルクにあるツヴィンゲル宮殿の謁見の間に二十五歳のゴットフリート王が従者とともに現れた。


 王は、(うやうや)しく出迎える臣下や貴婦人たちには目もくれず、部屋の中央で(ひざまず)き右手を胸に当てるヨハネス・ゼバスティアン・バッハを見つけると、口元がほころんだ。普段なら、玉座に(さつ)(そう)と腰掛け、体を右に傾けて頬杖を突くのだが、平民出身のヨハネス相手に座る気配がないことを従者たちが驚く。


「面を上げよ」


「はっ!」


 王は、顔を上げたヨハネスが自分と大差ない年齢にも関わらず老けて見えることに気づいて『意外だ』という表情を浮かべたが、すぐ元に戻り、ヨハネスの挨拶を聴かずにいきなり用件に入った。


「そなたが余に贈った楽譜が、夕方届いた。これを余が初見で演奏して見せよう。そなたはそこにあるチェンバロで伴奏いたせ」


 ヨハネスは、6曲のフルートソナタ集の楽譜を王へ献呈するため3週間前に飛脚を使って送付したのだが、どんなに遅くても1週間前には到着していると思っていた。それが今日届いたと言う王の言葉に『検閲による遅延か』と苦々しく思ったが、それを表情には出さず、「かしこまりました」と答えて立ち上がる。


 ところが、王は右手を軽く挙げた。


「そうだ。そなたに即興演奏もしてもらいたい。テーマは、今、余が即興で与えよう」


 急に思いついた風の表情を見せた王だが、ヨハネスは思いつきで家臣を振り回す王とは聞いておらず、『謁見の前に準備していたはずだ』と、チェンバロへ歩み寄る王の背中を見ながら思った。


 鍵盤に右手を伸ばし、立ったまま天井を見上げて考える王は、もう一度鍵盤に目を落とすとおもむろに指を動かした。


『ド――、ミ♭――、ソ――』


 1音1音噛みしめるように弾かれたのは、Cマイナーの3つの音だ。このまま行くなら、4番目はオクターブ上のドだろうかと思っていると、


『ラ♭――、シ――』


 ソから半音上がり、出発点のドの半音下まで一気に下降した。


 この緊張感のある音型が、謁見の間の空気を張り詰めさせる。


 チェンバロの音が減衰していく中、誰もが次の音を予想出来ずにいると、


『ソ――』


 Cマイナーの3つ目の音に戻って、王はわずかに(ため)()うと、流れるような半音下降が始まった。


『ファ#――、ファ――、ミ――、ミ♭――、レ――、レ♭――、ド――、シ――』


 どこまで半音階練習のような動きを続けるのだろうとハラハラするも、途中からメロディーらしくなり、最後は『ミ♭――、レ――、ド――』で終了した。


「これで即興のフーガを演奏せよ」


「今すぐでしょうか?」


 王は笑う。


「今ではない。余がこれからそなたの曲を1曲演奏し終えた後に、すぐにだ」


 つまり、10分ほどのフルートソナタの伴奏を務めた後、王が即興で弾いたテーマによる即興のフーガを披露せよということだ。ヨハネスとしては、自作の曲だから当然暗譜しているとはいえ、伴奏をしている間ずっと王のテーマを記憶していなければならない。


 だが、ヨハネスは深く頭を下げてこれを受け入れ、王とチェンバロを交代した。


 王は初見で見事にフルートソナタを演奏した後、「では」と言ってヨハネスの方を向いた。


「聴かせてもらおう」


 この王の言葉が合図となって、ヨハネスが直ぐさま弾き始めたのは、王のテーマに基づいた4声のフーガだった。


 その見事な即興演奏に誰もが驚嘆し、心から賛辞を送った。


 しかし、この時、ヨハネスは新たな敵を増やしたことにまだ気づいていなかった。

あの大バッハと同等の才能を持った人物が異世界にいたら? しかも、その世界で才能があっても身分の格差で苦しめられていたら? この物語では、主人公が苦境をどのように克服して這い上がり、音楽界の頂点に立つかを描ければと思っています。

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