Review.23:気付くが遅し。
オレと綾瀬は、つい一時間ほど前に登った通学路の坂道を今度は下っていた。
「綾瀬、オレは一度家に帰って着替えとか取ってくるから」
「う、うんッ!」
……?
どうして、そこまで声が裏返っているのだろう。
「じゃあ、後でな」
「ひゃ、はい!」
今度は敬語かよ?
綾瀬の様子を不審がりながら、オレはあの町の裏の有力者がいる家へと歩き始めた。
純和風邸宅の格子戸をくぐる。
と、まず一匹のパピヨンが、尻尾を振りながらオレを出迎えてくれた。
「ただいま、ウミ」
そのパピヨン、ウミ(注・空を飛ばないものだけを指すような気がする。この注がある本の一文をもじっていることに気付いてくれる人はいるのだろうか)を引き連れながら、玄関を開けようとすると、
「おやァ?学校はどうしたんじゃね雷坊?」
縁側から声がかかった。
素っ頓狂な声を上げたのは、一人の老翁だった。
彼の名は仲ジィ。
子供の頃から世話になっていて、今では良い相談相手になってもらっている好々爺である。
今は彼の家に訳あって居候させてもらっている。
「ちょっと事情があってさ」
「ほぅ……と、なるとそっちの類かね。ここ数日忙しいようじゃからのゥ」
仲ジィが、ポカポカと暖かい太陽の日差しを気持ち良さそうに浴びながら、言う。
「あぁ。二、三日は帰れないと思うから」
「あいよ。気をつけるんじゃぞ?」
「仲ジィこそ、出番が少ないからって、変なことすんじゃねぇぞ?」
「ひっひ、もーちろんじャとも」
怪しい返事だなオイ。
問い詰めたい。
が、今下手をしてはいけない。
仲ジィに〈名無しの怪〉を感染させる訳にはいかないからな。
今日の所は我慢しておくとしよう。
そのまま二階に引き上げ、通学鞄の中から勉強道具を取り出し、変わりに着替え類を詰める。
オレの相棒である〈導具〉は竹刀などを納める用途に使う長袋の中に納めた。
「それにしても……外泊なんか久しぶりだな」
何故か心が浮き立つ。
こんな状況でも、友達の家に泊まりに行くというものは楽しいものなのだな、と苦笑する。
「……女子の家なんて初めてだぞ?」
ぶわりと、嫌な汗が浮かんだ。
うっかりしていたが、綾瀬は、女子だ。
「マ、マジかよ―――――――――ッ!?」
綾瀬が、変だったのも分かった気がした。
いまさらー!?
はい、読者様の気持ちを代弁させていただきました。
黙雷も鈍感ですな(笑)