Review.10:禁断の果実。
闇に慣れて、瞳孔が拡張した眼を、上に向ける。
「――つッ……!」
――いた。
伝え聞いたとおりの〈現象〉が。
天井を覆い尽くすほどの、冒涜的なまでの数の首吊り死体が、風もない体育館内でゆぅらゆらぁりと揺れている。
こんな景色、やはり気持ちの良いものじゃない。
まして、見るのが二回目の演劇部は尚更だろう。
悲鳴を上げないのが驚きなくらいだ。
周囲を見渡してみる。
部長はオレの横で、険しい顔で上を見上げ、綾瀬を声を上げぬよう口を手で覆っていた。
葛木姉弟は、二人寄り添い、震えながらも上を見上げている。
演劇部は舞台の上で一塊となって震えていた。
「――間君」
部長が、囁く。
「はい。……何か危害を加えてくるなら」
そう言い返しながら、オレは黒鞘から、相棒を引き抜いた。
刃こぼれを起こした刀身が姿を現す。
と、死体が揺れを止めた。
――見えない風が止まったように。
いや、そんな悠長に構えている暇はない。
この凪は危険だ―――
ざわ ざわ ざわ ざわ―――――――!
『!』
急に首吊り死体が激しく揺れたかと思うと、次の瞬間には、無数のロープがオレたちに迫ってきていた。
「諸君、散れッ!避けるんだ……!」
部長がそう叫ぶのを聞きながら、オレは現研に迫るロープを片っ端から斬り捨てていく。
斬った後もロープはまるで生きているかのようにしばらく蠕動していた。
「間君!演劇部のところへ!」
部長の声で、演劇部の方を向く。
連中は腰を抜かしているのか、動こうともしていない。
「ちッ……!」
舌打ちして、駆け出す
「間に合えッ!」
舞台に飛び上がり、演劇部の前で仁王立ち。
肉薄するロープをすかさず一閃する。
刀身から淡い緑光が迸り、刃こぼれを補うように包んでいく。
「鈍だからって……舐めんなよ!」
後退していくロープ、更にはその奥の死体郡に狙いをつける。
「間流古典斬鬼術――――――」
頭の中で、常識ではありえない、飛翔する斬撃を思い浮かべる。
こいつに、不可能は無い……!
「打ち靡け――――斬風!」
全力で刀を振り抜いた、その太刀風は淡い光を帯び、剣気は怒涛の勢いで虚空を駆ける。
放たれた輝く剣気は、逃げ惑うロープを刻み、天井に着弾する。
――――――――――――!!
天井から吊り下がる禁断の果実が、一斉に絶叫した。
「くぅ……ッ!」
〈導具〉の力を行使したためか、奴等の怒気を孕んだ思念が、頭の中に流れ込んでくる。
鼓膜を震わせる大音響と、その衝撃に耐え切れず、思わず、膝を突く。
「は、間君ッ!?」
誰かが、オレの名を呼ぶ。
「ラ、ライトを!誰かライトを点けてッ!」
数瞬して、バチンという音と共に、視界に光が溢れる。
――同時に、〈名無しの怪〉の気配が消え去る。
それに安心したのか、
緊張が緩んだのかは知らないが、
真に遺憾ながら、オレはここで気を失った――――
想像するだけでも恐ろしいですね、この「名無しの怪」。
見上げたら、あんな光景が見えるなんて。
作者には、〈現研〉は務まりそうにありません(苦笑)