Review.1:軋り啼く夜。
夜の静寂が〈玖刻〉市、〈学校法人私立常平学園〉を包む中、宿直の警備員の足音だけがやけに大きく、響いて聞こえていた。
こつ――こつ――
足音が木霊し、壁に床に天井に当たり、反響する。
警備員は懐中電灯を手に、学舎内の戸締まりがしっかりしているか、不審者がいないかを確認して回る。
こつ――こつ――こつ――
何棟もある学舎内を確認し終わると、次は共用施設だ。
各部の部室が収まっている部室棟の中を見て回り、レトロな造りの学園図書館内の戸締まりを確認し、最後に体育館を目指す。
この学園は主に中等部が使用する第一体育館と、主に高等部が使用する第二体育館の、二つの体育館があった。
第一に向かい、異常がないかチェック。
特に変わった所は見られない。
――大丈夫。
警備員は第二へ進む。
こつ――こつ――こつ――こつ――
到着。
外から見たところ、異常は見られない。
扉の鍵もかかっているし、二階にある窓もちゃんと閉まっているようだし、大丈―――
ぎしり……
「!?」
警備員は己の耳を疑った。
体育館の中から、物音が聞こえたような気がしたからだ。
――ぎしり。
「………」
どうやら、幻聴ではないようだ。
何かが軋むような音が、確かに聞こえてくる。
警備員は意を決して、マスターキーで扉の鍵を開ける。
鍵は差し込んだまま、扉を開け放った。
「誰かッ、誰かいるのか…!」
懐中電灯で周囲を照らしながら、警備員は叫ぶ。
もしかすると、生徒の誰かが閉じ込められているのかもしれない。
―――ぎし ぎし ぎしぃ
が、空しくも警備員の声に反応するものは居らず。
音は、どうやら頭上から聞こえているようだ。
しかも次第に重なり、大きくなっている。
――まさか。
天井に据え付けられた照明類が外れかかっているのだろうか。
それならば一大事である。
―――ぎぎ ぎしぃ ぎぃ ぎり ぎしり―――
警備員は、恐る恐る懐中電灯と共に、視線を上に向ける。
「…ッ!?」
電灯の明かりが天井を照らし出した瞬間、警備員の表情が凍りつき、次第に驚愕のそれへと変わっていった。
何故なら、そこには。
ロープで首を吊った、見たことも無い制服の女生徒の死体がゆらゆらと揺れていたからである。
しかも、天井を覆い尽くすように、ぎっしり(、、、、)と。
ぎしり、というあの音は、数多の首吊り死体が同じ感覚で揺れるときに発せられたものだったのだ。
警備員の手から、懐中電灯が離れる。
電灯は床に激しい物音を立てて落下すると、自らの役目を終えたように光を失った。
されど、揺れる首吊り死体は消えることなく、二階の窓から差し込む冷徹な月光により、さらにおどろおどろしく、鮮明に浮かび上がる。
「――――――――――!!」
警備員の、声にならない叫びは、
死体を吊るすロープの、
軋む音を隠すことは、
出来なかった。
――ぎしり
―ぎしり―
ぎしり――
軋音は、
玖刻の夜に、
飲まれて、
消えて往く―――
はじめましての方も、そうでない方も、どうもです。
お待たせしました、昼行灯です。
回顧録第三弾、満を持してお送りいたします。
最後までお付き合いいただければ、幸いです。