選択肢が狭まると
(しかし)
とスケルトンから念話が飛んで来たが斬るように答えた。これでも数百年と生きてきた自分の直感だ、目の前の存在には勝てない。理性からとは思えないところからの叫び、年上の不良に絡まれた瞬間や黒人の集団に囲まれた瞬間よりも肝が冷えている。もちろんこの異世界に来てから感じたことがあった。これは相手側の英雄を遠目で見た時や味方関係なく暴れまわる魔族や亜人をも上回る。
こいつは少なくとも、力という畏怖で命令をきかせている魔王軍での指揮官クラス。僕がこの魔境では変に目立たないようにしようと決めた、あの軍内部で出世した化け物だ。
「内緒話をする余裕はまだあるようですね。結構、それなりの実力を持っているようで安心しました」
皮肉か、と思わせるような遠回しな口調。一見穏やかなのが、その姿と相まってなにかと感じる違和感をさらに強くする。強者特有の雰囲気を持っていながら威圧的ではない物腰、まき散らさずに静かに漏れ出している魔力、そのくせに歪な見た目。見方を間違えれば勝てそう、と思わせるハリボテ具合だ。先ほどの後ろをとった何かもタネがあり、実際は大したことのないことではないかと思わせる。
だけどそれは罠だ、きっと。抵抗するのをいいことに返り討ちにし、自分の考えた悲劇を紡いでいくのは大部分ではあるが悪魔などの特徴だ。きっとこれ幸いと憂さを晴らすなり、嬉々として僕の仲間を消すに違いない。そして失意と憎悪に染まる僕を見て、己の手腕と共に浸るに違いない。
だがそうはさせない。悪魔は崇拝されること、傅かれることを好む。計画とは違って言動にただ従う存在に対しては、優越感を得て機嫌が良くなる。きっと飽きるまでは良いように生かされるはずだ。そんな存在を魔王軍でも見てきた。ひとつ頭抜けたオークが力の弱いオークを支配し、王のように振る舞い飽きたら殺し、上位存在にはただ頭を垂れている姿を。ゴブリンだって同じように社会を形成し、獣型である魔獣もそうだった。そして下克上とばかりにその座が奪われたのも見てきた。堪え難いシワ寄せだろうと死が訪れるまでに対処できればいい。まずは生き残ること、それが大事で絶対の前提条件だ。
「その通りです、ご安心を。彼らは相手の軍を相手にしても負けないほど強く、賢い存在です。僕たちは役に立ちます、なのでご慈悲を……」
僕の言葉を受けて相手は鼻で少し笑い、侮るような色を混ぜて口を開いた。
「慈悲、ですか。そんなものを持ってはいませんが命令ですので殺しはしません、このダンジョンにはまだ働いてもらいます。魔王様と我が君のためにね」
我が君、どうやらこいつには主人が存在するらしい。それも言葉の調子から嫌々従っている感じは受けないので、その主人の目的次第では生き残る目があるはずだ。
考えろ、そして見極めろ、そんで逃すな。そうだよ、考えようによっては指揮下に入ることは悪いことだらけではない。防衛やなんやをこいつらに委託できて、必要となれば物資なりなんなりを要求すれば通るのではないだろうか。そうなると僕は生き残ることだけに集中できる。最終的には生き残るための手札を手に入れるなり、間に合わせればいい。ダンジョンも拡張できれば、防衛する力も高まれば、選べる選択肢も見えてくる現実も増えてくるはずだ。今は気が乗らなくても頭を下げて、少しでも何かを引き出す。
「はい、精一杯やらせて頂きます」
「……結構、誇りすらないダンジョンマスター。殺される日を少しでも先延ばしにできるよう努めるといい」
「はは」
煽るような言葉に体が少し震えるが、相手はそれを見て笑みを零したように息を漏らす。僕はせめて顔を見られぬようにと膝を折って頭を下げる。するとスケルトン達も魔力を乱しながらも続くように相手に向かって僕に倣う。
「いいですね、その隠すこともできていない怒り。震えるほど様々な感情が入り混じり、見ているだけでは勿体ないと思わせてくれる。死ぬまでの短い間ですが、楽しませてくださいよ」
そんな言葉に返せるほど語学に堪能ではないし、理性に逆らうよう気持ちが先行してしまう。ただただ耐えるように、下手なことをしないようにするのが精一杯だった。だがそれも相手にとっては眼鏡に叶うような返しだったようで、愉快そうに喉の奥を鳴らした笑い声が聞こえてくる。
「……ではまずダンジョンを再建しましょう。仮とはいえ潰したままというのは支障が出ます、ここには良い囮になってもらわなければ」
なんで仮だと、潰したのだと知っている。僕は相手の言葉に引っかかりを覚えて、するりと顔を上げてしまった。すると相手は狼の顔とは思えないほど分かりやすく笑みを浮かべ、心を覗くように目の形を変えていた。
いつもありがとうございます。




