ショック療法
突然のことに驚いていると香りが鼻をくすぐった。そして否応無く感じる感触に”まさか”という気持ちが覆いかぶさってくる。覚えがある片側に覚えのない反対側。覚えのない方は厚みのある柔らかさで、その奥にはやはり骨や筋の硬さを少し感じる。匂いは眩むようなものが残り香のように感じられ、安らぎなんかを吹き飛ばし混乱に恥ずかしさを混ぜてくる。
反射的に声を出してしまうのは仕方ないことだと思う。
「ちょっとーー」
「ちょっと、くすぐったいよマスター」
そして吸血姫にそう言われては口を閉じてしまうし、呼吸の強弱にも変に気が回ってしまう。そしてなるべく二人に刺激させまいと細く、浅くすれば苦しくなる。なれば酸素をより取り込もうと細いまま長くなってしまう。そうなればーー
(こ、これは色々と不味い……)
図らずも堪能するように長く吸い、刺激しないように相応の息を吐くことに。そしてーー
「胸の谷間が、熱い」
魔女にそんなことを言われては想像が何かと走り出す。混乱はさらに迷い、吸血姫が言葉を返して魔女が何かを言い合っていても対岸の出来事のように遠い。のぼせてしまっているように溶けて聞こえる。そしてどうゆうことか、それを加速させるように激しく動き出す二人。首が不意に動かされ、傾けば引き寄せられ、先ほどよりも一層感じられる体温が脳を煮立たる。ひどい熱を出しているように意識が濁り出しているのに感じる、確かな柔らかさと温い肌の香り。
(だめだ、これじゃあ……)
「それまでだ。マスターの反応が鈍ってきている」
スケルトンの声をきっかけに汗を払うような涼しさを感じた。視界も暗闇から抜け、ただれるような圧迫感から解放された。僕の体は息継ぎをするように酸素を求め、果てているような意識が次第に鮮明になっていった。
するとそれに従い、自分がどうゆう状況にあったかが畳み込むように襲ってきた。
「っーー」
声になりきれていない悲鳴が詰まり、居ても立ってもいられないように体を縮めた。穴もないこの空間で少しでも自分を隠すように、周囲にある生の反応を拾わないように、時間がこの干上がりそうな心音をなだめるのを待つ。それでも染み込んでくるように思考を支配するのは、肌に残っている感触と未だ残る香りの残滓。そして朧げながらも濃く刻まれている二人の反応だ。さらに愚かしくも。これならもっとしっかりと堪能しておけば、記憶に焼き付けるように触覚と嗅覚を意識しておけばと思いーー悶絶。
内側にしか意識が回っていない中、スケルトンの次の言葉が妙に頭に通ってきた。
「マスターも喜んでおられるから正解だったな」
僕は決して喜んでなんかいない、と心の中で豪語した。
「確かに、心なしか息の乱れからも淫らでした」
魔女の追撃にも心の中で反論した。
「確かに経験ないような反応がそそりましたよね、熱くなっていく体温も気持ちよかったし」
吸血姫の見透かすような事実にも”断じて否”と頭を振り、立ち上がった。
「ああもう勘弁してくれ!!」
我ながら鳴くような声に羞恥を隠しきれない。これでは発火してしまうんじゃないだろうか。目も開けていられないほど熱い。
「あーでもまあ雰囲気は良くなりましたな」
「悲壮感は士気にも影響しますしね、締めるときは締めて明るい方がいいです」
「個人的にはもう少し進んだことしたかったけど、戦闘中だしね」
そして受け入れられている雰囲気が焦れるように心を動かす。まるで恥ずかしがっている自分がおかしいみたいな空気だ。棉のように居た堪れない。スケルトンも魔女も吸血姫も軽く、冗談のように言葉を交わしていたが少し引き締まる。
「ではもう一度。マスターの指針をお聞きしたい」
下手から放るように言ったスケルトンの質問に体が少し固くなる。
だがさっきに比べれば雲泥の差。いまだに言うべきかと深刻さを感じているが、潰してくるようにのし掛かってはこない。
「こちらとしては都合のいい希望、そのようなことが聞きたいんです」
さらに魔女の言葉を聞いても、責められるような焦燥感を覚えない。単純に言いやすくしてくれているんだろうなと言葉のまま受け取れる。
「そうそう、言ってくれれば選択肢も決まってきて行動しやすいしね」
吸血姫の同調も圧迫感を感じない。
だが本当に情けないことに、いまだ言っていいのだろうかと感じている。既に攻められている現状、戦端を開いて撃退したことのある今。戦いたくなく、平和的に暮らしていきたいなどと、魔族が願うには無理筋な望みを口にしていいものだろうか。
「言いにくそうなので勝手ながら推測させてもらいますぞ。マスターは戦いたくないのではありませんか?」
スケルトンの言葉に心臓が跳ね上がり
「あのマスター、固くなっているところ申し訳ないのですが薄々というか”とっくに”というか……」
魔女の言葉に心臓が掴まれ
「分かりやすいよね、そうゆう感じの命令だったし。まあ、多少というかブレブレだったけど」
吸血姫の言葉に心を突き刺された。
(そんなに分かりやすかったろうか、いや分かりやすかったんだろうな。撃退したといっても追撃はしなかったし、効果的でも却下した案もあったしな。それにーー)
この三人に対して悟らせない、そんな器用な真似を僕ができるとは思えない。兵法家でも心理戦に長けてもいない一般人上がりの魔族だ。頭の出来で負けている僕が甘かった。
最早ここまでくるといっそ清々しい。一体何をもってこんな思考になってたのだろうか。
「ああそうだよ、本当は戦いなんてしたくない。出来れば平和に暮らして、のんびりしたいね」
僕は開き直ってそう言うと、三人は"もっと早く言ってくれ”と呆れながらも優しく笑ってくれた。そして仕方ないなと頭を捻り、これからの計画を練ってくれる。
「となると戦闘を回避するように立ち回らないといけませんな。マスターの着地点はどこですか?」
そして時たま意見を求めらる。心臓に悪いことこの上ない。
「えっ、どこって?」
「マスター、スケルトンは和平か完全に干渉させない方向に持っていくかを聞いています」
こちらの頭が悪いからか掴みきれないこともしばしば。
「できれば交流を持ちたいような気がしなくもないんだけど、物のやりとりは秘密裏にできんのかな? そうしたらトラブルは避けたいし完全に交流を絶ってもいいかな、最悪お忍びで行けるかもしれないし」
そして自分で言いながら”頭悪いこと言ってんな”という意見を口にしてしまう。穴があったら入りたいが、既に羞恥はランナーズハイ。心に波風は立たない境地まで来てしまった。
そうして詰まっていく実感のない会議を行っていくと、次第に目指したい方向というか願望が見えてきた。
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