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骸骨剣士と女・1



◆両棲民・シズカ◆




その日、世界は滅びるんだと、アタシは確信した。




何の変哲もない日、両棲民らしく眠り続けなければならない日常が、唐突に終わりを告げたのだと、幻夢機フルダイブヴァーチャルマシンから強制的に起こされた時にはまだ気付いていなかった。


非常に珍しい、今まで一度もなかった、聴いたこともなかった。幻夢機のトラブルを不思議に思えど、ここまで現実が崩壊しているとは露ほどアタシは考えていなかった。


「な、なんで……?」


幻夢機に充たされた保護液の名残で濡れる身体に寒気が走る。身を切るような寒さだ。空調が動いていないとアタシは気付き、根拠の無い不安に胸が苛まれ始める。

両棲民とは国の奴隷のような民ではあるが、日本を支える、なくてはならない労働者である。

たとえそれが幻夢機に繋がれ、豊かに思考をし続ければ良いだけの存在であっても、体調が崩れるような環境に置かれることはあり得ない。


「糞!折角の優勝が台無しじゃないか!」


理解よりも早く怒りが顔だす。先程までオンラインのレースゲームをやっていたアタシは「最悪さね」と毒づいた。


組み上げた最高のマシン、一〇年も磨き抜いた技術、自分の集大成とも言える最高で挑んだ、ゲームの内の大レースを華々しく一位で駆け抜けたばかりだったのだ。しかも、コースレコードをぶっちぎった最速でだ。


そんな、幻夢機でゲーム漬けの両棲民らしい幸福の絶頂から、なぜかアタシは空調の効いていない現実の狭い部屋で、ネットリとした保護液に濡れた身体を抱き締め、惨めにも寒さで震えているのか。


「ふ、ふざけるんじゃないよ……」


ゲームで身体を濡らしていたのは、緊張と興奮の汗、優勝を祝うシャンパン。抱き締めていたのは両棲民特有の細く貧弱な身体ではなく、コースレコードをぶっちぎって勝利したアタシを讃える称賛と栄光の声だった!


「うるさいねぇ……アタシを馬鹿にしているのかい!」


騒がしい部屋外の喧騒が癪に障る。一言文句を言ってやろうとアタシは、普段は誰もいないかのように静まり返っている部屋の外の廊下へと、何の疑問も抱かぬまま、保護液濡れた身体のまま飛び出し……。


「んんんんんんんー!!?」


プシュ!と圧縮空気で開いた金属の先で、奇妙な踊りを披露していた異常者と遭遇しアタシは固まった。

固まったアタシの視線の先で、尚も踊り狂う異常者は、くぐもった声を上げなが顔を激しく振り乱し、顔の皮膚を両腕を力強く引っ張るの繰り返している。


踊り以上に、その顔が異常だった。


薄いピンクの皮膚が、ヌラヌラと廊下を照らす非常灯を照り返す異形の頭。柔らかく踊りに合わせてブルブルと歪む頭。普通の人間よりも明らかに肥大しており、丸く首の辺りで絞られた造形は、風船でも被っているようにも見える。

でも、風船ではない。頭頂部近く、人らしい造形がまるで見当たらないが、人の顔に当てはめれば、こめかみに一対の長い耳がパタパタとはためき、額の辺りに一対の目が、激しくその頭部を振り乱しているのにも関わらず、アタシに視線を固定している。


「ひゃああああああー!?」


化け物に出会ったアタシは悲鳴を上げて、ひっくり返って部屋の中へと戻った。化け物も遅れてアタシに向かって倒れてくる!


「んん!?んんんんん!!?」


アタシの足にベチャリと柔らかい異常者の頭がのし掛かる。変わらずくぐもった声を上げ続ける、気味が悪く、湿った柔らかい感触に全身に鳥肌が立つ。

反射的にその頭を蹴り飛ばすが、驚くほどグニャリと足がめり込むだけで「ひぃ!?」と、アタシが情けない悲鳴を上げるだけに終わった。


「ああっ!?寄るな!掴むんじゃないよ!痛ぁ!?」


蹴り足を異形頭の異常者に捕まれた。それは恐ろしい力が込められ、ミシミシと骨が軋んでいる。

痛みに仰け反り、涙目で異形頭を睨むが、額の目と目が合い、メンチの切り合いで敗北して再び目をそらす。

足首が今にも折れそうだ。振りほどきたいが、足を掴む腕は筋骨隆々であり、両棲民腕とはちても思えない。まるで丸太だ。そんな腕にはゲームの中でしか見たことが無い金属のガントレットを嵌めている。


その腕を振りほどく力はアタシには無いと一目でわかる異様だ。どんなに力を入れてもびくともしない。何もかもが普通とはかけ離れている。


ボキッ!と異形頭の腕力に耐えきれなくなった、アタシの足首が有り得ない方向を向いた。


「ひぎゃああああああああ!?」


なんて可愛くない悲鳴だと、脳が勝手に現実逃避を始めたのか、妙に冷静な思考が自分の悲鳴に対して感想を述べている。足は折れたお陰でスルリと異形頭の腕から逃れたが、変わりにアタシの人生の終わりが近い。


柔らかい異形の頭がアタシの顔に向かって来ている。

頭は変わらず激しく振り回し、アタシを下敷きにして、その上を異形頭を擦り付けるように近付いてくる。新たに折るものを探しているのか、腕は独立した生き物のようにのたうつ。


「んんんん!?んんんんんんん!?」

「ガハッ!?」


そして、新たに掴めるものを探し当てた。


それは、よりもよってアタシの首だった。


細い首をアタシの胴くらいあるんじゃないかと思うほどの腕が締め上げる。いや、握り潰そうとしてくる。

全く息ができない苦しみと、それよりも強い、首を締め潰そうとする痛みがアタシを襲う。

アタシは人体の強度にそれほど詳しい訳ではないが、窒息するよりも早くに首が壊れるのを確信した。


死ぬ。


死にたくない。


脳裏に熱中したレースゲームの光景が流れていく。これが走馬灯なのか。

それはなぜか、自分の集大成と呼ぶべき、先程終えた大レースではなく、初めて完走したレースの光景だった。順位は散々だったが、感動し、心の底からレースが好きだと思った瞬間だった。


その感動は、数多のレースで優勝をかっさらうようになる頃には存在していなかった。アタシは機械で生み出す夢の中の、架空の土地で体感する走行と優勝に虚しさを感じ始めていた。


それは、架空の世界で生きることを強制され続ける両棲民が罹る麻疹のような物だ。


唐突に首が解放された。

バキリとアタシの首を締め上げる、異形頭の腕が半分に折れた。


「がふゅ!げほごほっ!」


その事に驚愕する暇もなく、首が解放され、肺が空気を求めて呼吸しようとして何か粉末を吸い込む咳き込む、激しい喉痛みに襲われ咳が止まらない。目の端に涙が滲むのを感じる。

何とか上体を起こす、異形頭が胸から滑り落ちてベチャリと音がする。乱暴に首にかぶりついたガントレットが振り払うと、激しく金属が擦れ合う音と大量に粉末が舞い散り、アタシは更に激しく咳き込んだ。


「ひぃっ!」


さっきからアタシは悲鳴を上げてばかりだ。命の軽い架空のゲーム世界で、度胸と技術で幾つもの殺人ヘアピンカーブを走り抜けてきたアタシは、どこに行ったのか。

しかし、現実を知らぬとも、度胸はあったと自負があったアタシには、キツすぎるファンタジーが、現実というリアリティを片手に部屋に散乱していれば、加速のG、迫る壁、接触スレスレでせめぎ合いに慣れていても、その手のゲームと耐性には疎い、アタシの喉から悲鳴を抑えるのは難しい。


アタシの命を潰そうとした異形頭は、その瑞々しい異形の頭を残して砕けていた。生命溢れる丸太の腕は、枯れ木のように細く渇き、一部が粉のように砕けて床に散乱し、空中を舞っている。アタシはこれを吸い込んだのか!?


激しく咳き込んだ原因は、異形頭の粉末だった!

気味が悪く、人の形をしていた物を吸い込んだと理解すると吐き気がしてくる。


口を抑え、その場に蹲る。今すぐ幻夢機に飛び込んで、栄光と嘘に溢れた世界に帰りたかった。あぁ、畜生!涙が……泣くんじゃない!涙が止まらない。

未だ部屋に光は戻らず、幻夢機は非常用の補助電源のランプを光らせているだけだ。補助電源はポッドの開閉や、最低限内部に納めた人の生命維持に必要な力があるだけで、アタシに夢を見せる力は無い。


「うう……畜生……」


失意に崩れるアタシは気付かなかった。床に雫を落とし続けるアタシの横で、音もなくフワリと床から浮かび上がる存在に。

頭を覆われ、体液を吸われ、苦しみもがいていた人と、異形の頭だと思っていた生物は別の存在だと。


ゾヌルフとザイドラの争いに巻き込まれる一般両棲民視点です。


異形頭の人は、ザイドラのスキルで生成された吸血メンダコに頭を飲み込まれている不幸な一般DLOプレイヤーです。


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