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覇破なるザイドラ・1

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カガリという私が、上位ゾンビの再生能力にて完全に繋がった首を捻り、滑稽に逃げ惑うDLOのプレイヤー達を見送っていると、足元で物音がした。安いサイコパス演技をしていた首無しPKの死体が倒れたのだ。まだ直立していたとは驚きである。三分くらいは立っていた気がする。


倒れると同時に、顔が映りそうなほどのピカピカの床に大量のアイテムが散乱した。プレイヤーの死亡が確定した時に発生する現象だ。どうやら彼は、無謀にもカガリという上位ゾンビに無策に挑んだ上に、蘇生できるアイテムも持っていなかったらしい。


無謀やアホを通り越して、考えを理解できないエイリアンの領域だ。


エイリアンくんと呼ぼう。


ステータスの職業に付随している、アイテムインベントリから、エイリアンくんが保有していたアイテムが、全て床にぶちまけられ散乱している。推定上位らしく、アイテムインベントリの肥やしになっていたらしい素材やガラクタが大量だ。


ガサゴソと折角なので物色してみるが、私に有用なアイテムは見受けられない。


しかし、一つ気になることがあった。




「?……蘇生薬が……ある?」


なんとエイリアンくんは蘇生薬を所持していた。三つもある。蘇生薬を所持しているのに使わず、エイリアンくんは何故か死亡を確定させて、アイテムインベントリのアイテムを磨き抜かれた床の上でぶちまけて、血に沈んでいる。全くの不可解だ。

どうやら安いサイコパスだったのは表面上だけであり、その内面は私ごときでは想像することもできない、深淵が広がっていたらしい。


「サイコエイリアンくんと呼ぶべきか?」


非常にどうでもいい存在だったサイコエイリアンくんが、この時、私の中で非常に興味深い、気になる存在になった。DLOというゲームやっている人間ならば、不用心に深淵を覗いてみたくなるものだ。深みにいる存在が幸運にも見返してくれるかは、覗いて見なければわからない。


準備の良いことに、私というカガリの手には、失っても全く懐が痛まない拾い物の蘇生薬があった。DLOにおいてフィールドの取得物は拾ったものに権利がある。早速、私はサイコエイリアンくんに向けて、内部にタップリと蘇生の水薬を納めた、袋の樹脂製の吸い口の蓋を解き放ち、血に沈んでいる彼に向けて勢いよく袋を握ることで水鉄砲のように噴射した。

蘇生薬という水薬が納められた袋を、上位ゾンビのカガリの力で握り潰したので、彼が死んでいなければ痛みを伴う勢いで、樹脂製の吸い口から水薬が放たれる。




「あっ……」


深みにいる存在が、幸運にも見返してくれるとは限らない。


不幸にもサイコエイリアンくんの深淵は私の事を見返してくれる気はなかったらしい。


「Aaaaaaaaaaaaa!!!」


スッカリ忘れていたが、【怨念】スキルによって死んだ生者は、アンデッドになる。


基本的にアンデッド化した種族の攻撃には即死やアンデッド化の効果がついていることが多く、アンデッドに殺されると、プレイヤーでもアンデッド化する。プレイヤーが死後にアンデッド化するときは、プレイヤーのアバターが消失し、消えたアバターがアンデッド化した種族と、劣化したステータスを持ったアンデッドが代わりに出現するので、私は目の前のサイコエイリアンくんが、その深淵の深き考えで選択した。確定されたアンデッド化する未来を失念していたのだ。


もしかするとこれは彼の計算の内だったのかも知れない。


蘇生薬をサイコエイリアンくんに振りかける瞬間、カガリの感覚で、彼がアンデッド化したことに気付いた手遅れだった。放たれた水薬を止めることはできず。壁際に転がっていたサイコエイリアンくんの頭部が断末魔の絶叫をあげる。


アンデッドに蘇生薬は猛毒で劇薬だ。


アンデッドに蘇生薬をぶちまけるのは、人体に超酸フルオロアンチモン酸をぶちまけるのと同じことである。


推定上位LV(レベル)。しかし、アンデッド化でサイコエイリアンくんの種族は劣化し、下位に転落しているはずなので、サイコエイリアンくんの生存は絶望的だった。とっくに死んでいるし、アンデッド化しているが。


物理的に断たれていても、アンデッドの身体は不思議な力で繋がっている。水薬を噴射した身体は言うに及ばず。床に流れ、天井の赤い染みから戻ってくる血の一滴、壁際で絶叫し続けるサイコエイリアンくんの頭部までも、蘇生薬の効果が浸透していく。


サイコエイリアンくんが内側から眩い光を放ちながら消えていく。


私がカガリではなく、ここに居るのがゾヌルフであれば、救う事ができたの事実が、とても悲しく悔しい。


まさに悲劇だ。


サイコエイリアンくんの内側に広がる、蘇生を放棄するほどの想像絶する深淵の深みは、カガリという私の目の前で惜しくも霧散してしまった。


「aaaaaaaaa……」


残されたのは、サイコエイリアンくんの断末魔の絶叫。それが産んだ、廊下に響く弱々しい残響だけであった。


「aaa……」





◆────────────────◆




あまりのショックに、カガリもゾヌルフも呆然自失した私に引きずられ、三〇分も安全確認が万全ではない。セーフティエリアでもないここで、呆然と過ごしていた。


いきずりの男とここまで記憶に残る体験をしたのは始めてである。一体、サイコエイリアンくんはその深き内側に、どんな未知を飼い慣らし殉じたのか………最早、知る機会は無いだろう。

そして、いきずりの振り向かせることすらできなかった深淵の男に意識を割いている場合ではなくなってきているようだった。たった、三〇分の間にカガリとゾヌルフを往き来する私の状況が切迫してきている。


突然の環境の急変に付いていけなかったのか、感覚が鈍かった。本来、エクソダスゾンビトロールのゾヌルフであれば、この高層住宅内の範囲の生者を、一人残らず感知するのは容易い。環境に私が適応したのか、その力が十全に力を発揮し始め、五万人のここに住まう両棲民を、つぶさにゾヌルフという私が、周囲の生命を感じている。


その感覚が告げていた。


四万人以上が、たった三〇分でアンデッドに変わっていると。


勘違いではない。五万人も居れば、半分はDLOプレイしていてもおかしくはない。人気がないとは言え、五万人も居れば、私のように種族をアンデッド化しているDLOプレイヤーもかなり居る筈だ。それでも四万は明らかに不自然、明らかに今、大量の両棲民がアンデッドと化している。そして、鼠算も太刀打ちできない、猛烈な勢いで豊かな生命が反転し、内に瘴気を溜め込むアンデッド気配に塗り変わっている。


気がつけばこの建物の何処からもアンデッドの気配がしていた。


私は強烈な既視感を覚えた。同時に悪寒がゾヌルフという私の腐りきった身体を這い回る。これは、ライム色の皮膚に寄生させている、二〇〇〇〇匹の【肉毟る小蟹】のせいではない。




種族エクソダスゾンビトロール。

エクソダスゾンビとは、最上位ゾンビが自身の体積の一〇万倍の肉量を再生することで、成れる特殊最上位のゾンビ。

最上位アンデッドの中でも最も強い再生能力を持ち、更にアンデッド化のベースになっているのは、巨人種の中でも再生能力に優れる強靭な肉体を持つトロールを選択している。勿論、アンデッド化による消失した生前の種族技能は努力によって取り戻し済みだ。

この再生に特化した肉体に、私はアンデッドヒーラーという、種族をアンデッド化させたプレイヤーが、多大な苦痛を乗り越えることで成れる、ヒーラーの特殊最上位職業を取得させている。


アンデッドを元の生物に戻すほどの最強の回復能力に、アンデッドを陽光下で万全な活動を可能にする力を有するこの職業と、エクソダスゾンビトロールの肉体の再生能力をが合わされば、地球上に存在するどんな環境でも、私というゾヌルフは、己の存在を保ち続けることができるという確信がある。

実際にDLOでは、私は光りも届かない深海を主な活動場所にしていた。


そんな、執拗に自己の生存にステータスを振り切った肉体が怯えている!


私というゾヌルフが、存在の消失を予感している!


そのような可能性を、ゾヌルフという私の未来に、上書きできる存在が今近くで蠢いている!


自己の安全を崩された私というゾヌルフの目の前には、形振り構わず、周囲の安全を度外視し、この場からの一刻も早い脱出という道しかなかった。

先程までは無限とも思える道が、未来が、沢山存在していたのに、その全てが潰されている。


私というカガリが、歩いてきた道をゾヌルフに向かって全力で駆け出す。小脇に抱えていた自動掃除機械は、上位ゾンビの力で投げ捨てられ、壁を突き破って激しい破砕音鳴らしている。サイコエイリアンくんの深淵への焦がれる思いは、蘇生薬を浴びた彼のように霧散した。頭の片隅にも残っていない。ゾヌルフが意図せず破壊し、悲劇だと嘆いていた、自動掃除機械が磨きあげていた廊下を無惨に踏み砕いて走る。




「えひっ」




聞き覚えのある掠れるような引き攣る笑い声が、カガリという私の耳元ではなく。あろうことか、ゾヌルフという私の【瘴気広げる象耳】の直ぐ側で聞こえた。


カガリに集中していたため、曖昧にぼやけていたゾヌルフの、七つある【濁った発光魔眼】の視界が、正確に周囲の輪郭を捉える。




「えひっ」




奇妙なメンダコが居た。


グニャリグニャリと柔らかい身体を歪ませ、海の生物である蛸の仲間であるメンダコがフ、ワリフワリと浮かんでいる。




「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひひひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えっひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひひひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひひひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えっひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひひひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひっ」「えひひっ」





特徴である傘のように膜に覆われた触腕を揺らし、蛸特有の頭のような胴部の鰭をパタパタと動かすメンダコは、私が聞き覚えのある女の声で、引き攣る笑い声を、波に揺れるように幾つも重ねている。私というゾヌルフを囲んでいる。


不自然に空中をフワフワと泳ぐメンダコが、この状況で絶対に会いたくなかった女の声で笑っている。




「「「「えひっゾヌルフだぁ」」」」


私というゾヌルフを囲うメンダコが、言葉の端に歪んだ悦びを滲ませ、一斉に私の名前を呼ぶ。


現状、私の本体であろうゾヌルフをこの場からの脱出ではなく。女々しくも、優秀で、希少で、お気に入りの、カガリの回収を優先したことが、目の前にあった脱出という道に、無数の皹を刻む結果になった。


ギュアアアアアア!という金属の擦過音が聞こえたと、私がゾヌルフの象耳で捉えて認識した次の瞬間には、巨人種の種族技能の守りを無効化できる、長大極太の五本のドリルが、壁を突き抜けて現れる。

高速で回転し、壁を突き抜けた勢いそのままに、巨大なドリルがゾヌルフ周辺の腐臭と瘴気で澱みきった空気を撹拌しながら突き進む。


それは、私というゾヌルフが、自己の生存に特化したエクソダスゾンビトロールが、一撃で致命傷になりうる可能性を隠している【肥大した左腕】を、巨大なドリルはあっさりと貫いた。





蘇生薬について。

DLOでは、死んだ状態でもアイテムインベントリから蘇生薬が使用可能だったが、DLOアバターで現実世界に居る現在のプレイヤーは、死ぬと意識が消滅するため、薬では死後に意識を保つ技能を保有していない限り、アイテムインベントリから使用して自力での蘇生は不可能。

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[良い点] 仮名エイリアンくんの散りざま、笑いました。
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