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眠れる巨人ゾヌルフ・3

私であるカガリの首を何かが通り抜けた。


「ぷぷすー」


なんとも間抜けな音を奏でたのは、カガリという私の口ではなく、新たに作られた首の切断面という名の出口である。

カガリという私の視界が勝手にグラリ揺れ動き、落下するように視線が低くなっていく。事実カガリの首は床に向かって落下していた。


何事が起きたのかと言うと、カガリの首が背後から振るわれた凶刃によって、唐突に一刀両断されたのだ。


技能の使用のために、僅かに肺に残していた空気が、唐突に首を落とされた驚きの余り、無神経な放屁でも垂れ流すように、マヌケな音になって切断面から漏れ出ていく。非常に油断していた、セーフティエリアに居る気分で過ごしていた。驚きのあまりに小脇に抱えていた、自動掃除機械を落とすところだった。


カガリは上位(グレート)ゾンビであるが、多少はその鈍さが緩和されていても、やはりゾンビの感覚というモノはまだまだ鈍い。

カガリは、私本人ではなくカガリというアンデッドに、ゾヌルフという奇っ怪な現在の私の技能効果で、精神の一部を憑依させているだけである。

通り抜けたそれが、非常に硬く冷たかった?という疑問符が浮かぶ、朧気な感覚でしか、私は把握できない。


「ぶぺー(刀剣か?)」


長年ゾンビをやってれば一〇〇や二〇〇では利かない回数の、首が空を舞う機会が訪れる。ファンタジー世界のゾンビであるため、首を破壊された程度では死亡しないのだが、重要器官で有ることには違いないので積極的に破壊を狙われるのだ。

それゆえに首を通り抜けた鈍い感覚から私はそれが刀剣の類だと察することができた。術発動の空気が波打つ力の波動感じないので、腕で直接振るわれている。誰かが背後に居るようだ。

トロールという一五丈(約45m)の巨人種(ギガント)アバターであっても、巨人種(ギガント)の種族技能は見た目が小さい攻撃の威力を減衰させるだけで、それ相応の大きな物であれば普通に通り、ゾヌルフの首を落とすことができる。


首を斬られ、カガリの頭部が床に落ちるまでの間に、私はそこまで思考を巡らした。


そして、カガリという私のきめ細やかな弾力のある少女の柔肌、と言ってもカガリは上位(グレート)ゾンビ。見た目と肌触りとは裏腹に非常に頑強、そんな肌を持つカガリの首を、肌よりも更に頑強な上位死起(グレート)ゾンビの首の肉と骨を一刀両断するとは、最低でもカガリと同格の何かが、カガリという私の背後に居ることになる。


「ぷぷぷぷっぷぷすー(この状況でやけに順応が早い)」


非常にどうでも良いことだが、人は頭部が無くても肺を動かして呼吸ができる、ゾンビだからできる芸当なので全く役に立たない能力。現在の私は肺を、喋るための空気ポンプとしてか利用していないので本当に何の意味も無い。


「ぴすぴすぷすー(血の気も多い)」


こうなる前はPK(プレイヤーキラー)でもやっていたのだろうか?人の事は言えないが本当に順応が早いプレイヤーだ。DLOはPK(プレイヤーキラー)はルールで禁止されていなかったが、時と場合を考えてやって欲しい。


床へと叩き付けられ、吸い付くように衝撃を吸収して歪む、カガリの柔らかき頬肉。


いつの間にか背後に居た少年が、床でバウンドするカガリという私頭部の目に映る。


「くっさ……オナラみたいだな」

「ぷすーぷすーぷっぷ(私もそう思うよ)」


カガリは表面上は清潔に見える屍蝋の体だが、力の補充の為に生の血肉を食らうため、喉から無遠慮にプスプスと空気を漏らせば、死を想起させる芳醇な香りが漂う、私には嗅ぎ慣れた臭いだが、少年はお気に召さなかったようだ。


少年は、カガリという私が喋っているとは全く気付いた様子も無く、床に落ちたカガリの頭部に一瞥すると、自らが左手に握るギラリと危険に輝く刀剣を虚空に振るい血糊を飛ばした。

カガリは心臓の動いていない上位(グレート)ゾンビ。更に鋭振るわれた刀剣には、僅かな血糊しか付いていないのにその動き。少年は、常日頃から血糊を振り飛ばしているプレイスタイルなのだろう。


やはりPKプレイヤーキラーか。


続いて少年は、失望と僅かに愉悦を含む呟きを口から漏らす。


「これが、本当に人を殺した感覚か……ゲームと変わらないな」


それが知見も無く、名も知らない、少年の遺言になった。


カガリの首を両断した凶刃は、力を失った左手より床へと落下し、美しく澄んだ音を奏でる。遅れて落ちる少年の頭部が、凶刃とは雲泥の差がある、美しさの欠片も無い鈍い音を立て落ちた。


「ぷすすー(愚かな)」


相手の技能を何一つ知らない、未知の相手にいきなり切りつけるなんて、PK(プレイヤーキラー)とは思えない愚劣の極みである。そして、そんなプレイヤーに背後を取られ、首を落とされたのが堪らなく恥ずかしく感じる。ゾヌルフではなかったとはいえ、コチラは恥辱の極みだ。


間違いなく、カガリという私に凶刃を振るった犯人であろう少年の遺言は、まだまだ続いていたようだったが、残念ながらそれ以上の言葉を紡ぐ前にカガリが持つアンデッド特有の攻撃技能である【怨念】が発動。

少年は、イカれた安いサイコパスを演出していた、聞いていると擽られるような台詞と表情のままに死んでしまった。


この【怨念】という技能は、アンデッドのステータスの状態欄に表示されている【死因】に応じた傷を、過程を経ずに任意対象を与える攻撃技能。

死因に類似した傷を与えてきた対象に対して自動で反撃する、自動反撃技能という側面も持つ便利な技能だ。


そして、カガリのステータスに表示されている死因は【死因:頚部切断】である。死因と同じ攻撃を受けることで更に【怨念】の威力は高まるため、色んな意味でクリティカルヒットだ。


遺言から察するに、カガリが生きている──というのは語弊があるが、まだまだ活動可能どころか、斬った相手がアンデッドという認識すら、少年には無かったようなので、意識外からの一撃になり、DLOのシステム上のクリティカルヒットも決まっているのだろう。

それ故に発動確率が本来は一割以下の即死効果まで発動し、床に転がる美しきカガリの頭部の目の前で、失望と僅かな愉悦を浮かべる涼しげな少年の頭部が、カガリの頭部と同じように床の上を転がる事になった。


少年の新鮮な切断面からは、どこにそんなに詰まっていたのかと、疑問に思う程の大量の血が噴出している。

脈動する血の噴水を美しいと感じるのは、DLO内では普通だったが、この状況でそう感じるのは異常なのだろうか、些細な疑問をゾヌルフという私が脳味噌の片隅で考える。


鮮血の間欠泉は、天井まで届いて跳ねるほどの勢いだ。


天井に叩き付けられる駆け上がる鮮血の滝は、跳ね返って周囲に鉄臭い飛沫を浴びせ、騒がしかった周囲を強制的に沈黙させる。


そう、気が付けば周囲は騒がしかった、いつの間にか人が一杯いて、今しがた起きた凄惨な事件を不特定多数に目撃していたのだ。


私が大量殺人を犯している可能性に気付き、苦悩という深き谷底へと赴いていた一時間。本当はたった十分程度の、谷どころか穴とも言えぬ、浅いへこみのような苦悩を、ぞんざいに抱き締めている間に廊下へと彼等──私と同じ境遇らしいDLOのプレイヤー達は現れていたらしい。

凶刃をカガリの首に振るったイカれた少年も、その内の一人だったのだろう。


そんな彼等が突然の物音。重々しいカガリの頭部の落下音に振り向けば、ちょうどその目に少年が、カガリの【怨念】技能による自動反撃で首を両断され、切断面から鮮血が噴き出す光景を目撃できた。


「あぁぁぁぁぁ!!」

「ひっひひぃ」

「ひゃぁぁぁぁぁぁ!」


複数の男女入り交じる悲鳴が上がり、一瞬にしてプレイヤー達は不思議なことにパニックに陥る。


首が床に落ちた状態で棒立ちする私のカガリと、血に沈む鋭利な刀剣、首と身体を切断された刀剣の持ち主である少年。それらを目撃したプレイヤー達は、戦闘と探索が主題でグロテスクなダークファンタジーである、DLOらしい怪しくも勇ましい格好とは相反する情けない悲鳴を上げ、我先にとこの場から離れようと走り出していく。


「ぷっぷすぷーすー(そこまで驚くことか?)」


血飛沫が舞い散るDLOのプレイヤーらしからぬ恐慌。私の疑念を反映したカガリという私の顔は、逃げ惑うプレイヤー達を訝しみ、疑念に表情を歪めた。


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