第10話 精霊王は語りけり(1)
先ほどの寒気と光柱で騒がしい皇城。
ですが、リオン様の部屋ではなんともいえない空気が満ちておりました。
『この紅茶、美味いなぁ』
なんてニコニコ笑顔で言うのは精霊王様。
リオン様も話しやすいように大人姿になって、向かいのソファに座っておられます。
私はそんなリオン様のお隣に座らせて頂き、シロエ達はソファの横に伏せました。
「さて……まずは自己紹介だな。オレはリオン・フォン・マグノール。こちらはオレの侍女のノエルだ」
「ノエル・ノワと申します。よろしくお願い致します」
『精霊王だ。よろしく頼む』
リオン様は真顔で精霊王様を観察されます。
………うわぁ、あんな鋭い目で見られたら背筋がゾワっとしそうです。
「……………」
『うわぁ、ジト目ぇ……』
「威厳も何もないからな。それになんのために接触してきたか……目的が分からない」
一応、この世界で一番重要かつ敬う存在である精霊王様にそんな口を利けるのはリオン様ぐらいですよ。
確かに、どうして精霊王なんて雲の上の存在……神と同等の存在ともいえる方が接触してきたのか。
何が目的で、何をしようとしてるのかが分かりませんものね。
リオン様の気持ちも分かるのか、シロエとクロエが大きな息を吐きました。
『まぁ……威厳はないですね。というか、余計になくなってますし』
『だが、精霊王というのは本当だ。こんな残念野郎だがな……』
「………そういえば……元職場の上司、とか言っていたよな?それは……」
……そうですよ。
精霊王が上司の元職場って……。
『まぁ、それも含めて全部説明しよう』
精霊王様はおちゃらけていた空気を変えて、真剣な表情になられます。
一瞬で空気がピリッとしました。
リオン様と私も背筋を伸ばします。
『まず、わたしがここに来た理由は、真実を話すため。そして……今後のことを相談するためだな。あの光の柱のことも聞きたいと思うが……少し待ってくれ。全てを知ってからの方が良いだろう』
精霊王様は紅茶を飲み、小さく息を吐く。
『普通なら《精霊の花園》と呼ばれる精霊と会う場所に君らを呼ぶのだが……ノエル嬢は魔族だ』
「つまり、その《精霊の花園》にノエルが入れないと?」
『あぁ。魔族は精霊に嫌われているのではなく……相性が悪いだけなのだが。まぁ、ゆえに精霊力の満ちた場所に魔族の君は来れない。弱い精霊だと魔族と相対することで動揺するかもしれない。だから、わたしが来たという訳だ』
「そうなんですね……」
『それに……君の血筋の話もある』
「……………私の、血筋ですか……?」
私は目を見開いて言葉を失くします。
………まさか、そんな話が出てくるとは思わなくて……。
『先にわたしと彼らの関係を話しておこうか。今はシロエとクロエと名乗っている彼らは……元精霊だ』
「「……………え?」」
私達はそれを聞いて、勢いよく二人の方を向く。
彼らはゆっくりと頷いて、答えました。
『わたし達は元精霊。光の大精霊と呼ばれていました』
『我は闇の大精霊。六大大精霊の一柱であったよ』
………………なんと……。
四大大精霊じゃないんですか……?
『今は受肉して、有限の存在。精霊であり、精霊ではない存在……《堕精霊》とでも言おうか。彼らはわたしの配下から脱して、とある女性の願いを叶えるために君と共にいる』
「………とある、女性……?」
『そう……君の母君だ』
……………え?
私の……お母さん?
『さて……少し長いが、話そうか』
そうして……私達は真実を知るーー。
*****
精霊と魔族ー。
相性が悪いけれど、敵対している訳ではない。
人間とエルフは問題ないけれど……獣人だって、ドワーフだって。
精霊術が苦手な種族だってある。
種族の固有能力が強いに過ぎない。
だから、魔族の固有能力ゆえ精霊術が使えないに過ぎなかった。
だが、人間種達は精霊と魔族の関係を曲解して解釈した。
精霊の声を聞けたり、姿を見たりする者は滅多に存在しない訳がゆえに、魔族が精霊術を使えないのは……精霊に嫌われている種族だから。
忌むべき種族ゆえに、精霊が力を与えないのだと勝手に解釈したのだ。
そうなると始まるのは迫害による争いだ。
魔族と人間種に扇動され、人間種に率いられたその他の種族ー。
戦争が、始まったーー。
頭の弱い下級の精霊達は精霊術師に協力してしまうが、上位の精霊達は参加しなかった。
人間種達の方が間違っていると思っていたからだ。
しかし、多勢に無勢。
様々な種族は固有能力と精霊術を使い、魔族を追い込んでいく。
そんな中……一人の青年が立ち上がった。
茶色の髪に琥珀の瞳。
とても目立った容姿ではないが、その力は絶大で。
争いたくないと願っていた青年は、大切な家族を守るために……他者を傷つけることを覚悟したのだ。
いつしか……彼は魔王ノイズと呼ばれるようになる。
激化していく戦争ー。
そんな中で……人間種の中でやっと戦争に異論を唱える者が現れた。
それが精霊の声を聞き、姿を認識する者……《精霊姫》。
または聖女エルリカと呼ばれる少女だった。
だが、精霊の声が聞こえようとも所詮は非力な娘。
大人達は止められない。
人間種達を、他の種族を止めることができなかった。
なら、どうすればいいか?
エルリカは魔族に接触する。
自らの力を魔族のために使うことを決意したのだ。
そして……彼女は魔王ノイズと出会う。
最初は人間種でありながら魔族に乗り込んできたエルリカを敵だと思っていた。
しかし、彼女は強力な精霊術を使い魔族を守る。
戦争では防御術で互いに怪我をしないように守り、怪我をすれば精霊術が効かないゆえに、薬草などで治療する。
どちらも必要以上に傷つかないように。
そうやって身を粉にするエルリカの姿に、魔族の者達も……少しずつ彼女に心を開いていった。
それは……魔王ノイズも。
いつしか二人が恋に落ちるのも、仕方のないことだった。
ただ平和に暮らしたかっただけの男と女。
そんな二人は共に平和な未来を夢見て、互いの種族の架け橋になることを願う。
そうして産まれた子供が……魔族と人間のハーフだった。
*****
静まり返った部屋ー。
私も、リオン様も……言葉を失くしていました。
「その……産まれた子供が……」
『あぁ……君だよ、ノエル嬢』
「っっっ⁉︎」
まさか……まさかそんな事実があったなんて……。
私は魔王と聖女の子供?
私のお父さんとお母さんは、魔族と人間?
それは……戦争があった?
そんな話、聞いたことすらありません。
私が産まれた頃に戦争があったなら、まだ終わって直ぐなはず。
なのに……そんな話は……。
『…………なんとなく違和感を感じているだろうが、この話は五百年ほど前の話だ』
「「…………………は?」」
私とリオン様は再び固まります。
今、五百年前と言いましたか?
だって、それじゃあ私は………。
『……それもちゃんと話すさ。さぁ、続けよう』
過去の話は、まだ続くーー。