第8話 恋愛初心者というよりも恋愛赤ちゃん
眩しい朝日を感じて……ショボショボする目を開けると、そこには心配そうな顔をする大人姿のリオン様がいらっしゃいました。
「ノエル、体調は大丈夫か?一応、身体は綺麗にしておいたんだが……まだ気持ち悪いところとかあるか?」
あぁ、身体を拭いて服着せてくれたんですか。
それぐらいはしてもらわないと困りますけどね。
体調の方は……。
「………ゴホッ……‼︎」
「あぁ……無理に喋らなくていいから。取り敢えず、飲み物を持ってきたから……」
鉛のように重い身体に鞭を打ち、起き上がろうとしますが……上手くいかず。
リオン様が私の背に腕を回し、ゆっくりと起き上がらせて下さいました。
「大丈夫か?」
駄目に決まっているでしょう。
声は出ませんし、身体は動かない……ボロボロですよ。
ジトッと睨めば、流石の腹黒リオン様も目を逸らされます。
おーおー……自分が何したかお分かりですね。
「………その、ちゃんと責任は取る」
「………………」
「………大変申し訳ございませんでした」
まぁ……侍女というのは夜伽をすることもあると聞きますからね。
でも、無理やりはアウトです。
好きとか嫌いとか分からない私でも、これは流石に責任問題だと思います。
………ですけど、今回は責任取ると仰って下さってますし?
………なので……裏切ったら殺してやりましょうっと。
「取り敢えず、水を飲もう」
リオン様は私の口元に水の入ったコップを傾けてくれます。
あぁ、美味しい。
「ご飯はどうする?」
お腹ペコペコですよ。
お腹を撫でるジェスチャーをすると、リオン様は「分かった」と頷いて私を再びベッドに寝かせてくれます。
「直ぐに消化に良い物を持ってくる」
侍女としては主人にそんなことさせちゃ駄目なんですけど、まぁ今回は仕方ありませんね。
リオン様は、そのまま部屋を出て行かれました。
『大丈夫ですか、ノエル』
『昨夜はお楽しみだったな』
そんなリオン様と入れ違うように、空間を揺らがせながら現れるのはシロエとクロエ。
この様子から見るに……昨夜のことを知ってますね?
『すみません、ノエル。わたし達的にはノエルが幸せになるならどの過程でもいいかと思いまして』
『そーだな。リオンならちゃんと責任取ってノエルを幸せにしてくれそうだからな。ノエルは恋愛初心者というよりも恋愛赤ちゃんだからな』
この野郎、馬鹿にしてやがりますね。
まぁ、否定しませんけど。
『ノエル。ノエルはもう幸せになって良いのです』
『そうだ。誰かに愛されて、愛して……そんな普通の日々を手に入れろ』
『『君(お前)の幸せな姿を見るのが、わたし達(我ら)の望みなのだから』』
……………シロエ……クロエ?
何故か……その言葉に、嫌な気分になります。
一体、どうしたんですか……?
「ノエル。粥を持ってきたぞ」
戻って来たリオン様は、私達の微妙な空気に気づいたのか怪訝な顔をなされます。
そして、ベッドに腰掛けながら……私達の顔を見渡しました。
「どうした?」
『ノエルに早く幸せな家庭姿を見せろと説教してました』
『そーだぞ、リオン。そのためにノエルを襲うのを許したんだからな』
「ングッ⁉︎」
咽せるリオン様に、二人はケラケラと笑います。
………今のは、気の所為だったのですかね?
「何をっ……」
『ノエルとわたし達は共にいましたが……所詮、存在が違いますからね。なんだかんだと言って、ノエルとリオンは孤独なモノ同士だったんですよ』
『だから、二人が一緒になれば孤独を埋め合う大切な存在同士になるだろう?まぁ、ノエルの恋愛感情を育んでやるという大切な仕事が残ってるがな?』
「うぐっ……」
ニタニタ笑いをする二人に、苦虫を噛み潰したような顔をするリオン様。
リオン様は、「ごほんっ‼︎」と大きく咳払いをして答えました。
「こうなった以上は順番を間違えたとしても、ちゃんとする。ノエルが幸せになれるように。甘やかして、愛おしんで……だから、安心して良い」
『当たり前です』
『当たり前だ』
「………ノエル、取り敢えずご飯を食べよう」
あ、誤魔化した。
今のは私にだって分かりますよ?
「…………大変、ですねぇ?」
喉が潤ったのと、少し時間が経ったからか……ガラガラ声ですが、やっと言葉を喋れるようになります。
リオン様はそれに苦笑しながら、また私の身体を起こしてくれました。
「………いや、お前も当事者だからな?」
「あ、そーでした」
「………まぁ、俺だって恋愛初心者だからな。二人で成長していこう」
「じゃあ私に好きとか教えるの無理じゃないですか」
「好きとか嫌いとかぐらいは分かる。馬鹿にするな」
リオン様はそう言って甲斐甲斐しく私の口元にお粥を運んで下さいます。
………ちょっと雛鳥みたいですね。
そんな私を見つめるリオン様は……真剣な顔で、口を開きました。
「………オレはノエルが好きだよ」
「…………ふぇ?」
話の脈絡もなく、唐突に紡がれる言葉。
キョトンとしながら彼を見ると……リオン様は優しい顔で、私の頬を撫でました。
「オレの側にいてくれるし、ノエルとの時間は落ち着く。それにお前の甘い匂いも好きだ」
……………唐突になんなんですか。
…………顔が無性に熱くなるのですが。
「マイペースなところは可愛いし、他の女みたいに媚びへつらわない姿も良い。たまに見せる無邪気な笑顔も綺麗だし……」
「いや、あの、急になんなんですかっ……」
「好きの具体例として、取り敢えずオレが好きなノエルのことを話してみた」
「はいっ⁉︎」
リオン様は昨夜のような艶やかな笑みを見せます。
うわぉ……沸騰しそうなぐらいに熱い……。
「お前をオレのモノにしたいと思うのは……欲しいと思うのは好きだからだろ?」
「いや、だからそれが分からないんですってば‼︎それに会ったばかりじゃ……」
「一目惚れという言葉があるくらいなんだぞ?時間は関係ない。まぁ……オレの好きはノエルが欲しいって思うことだ。お前はお前なりの好きを見つけてくれ。それまではオレなりの愛情表現していくから……頑張って成長しろよ」
チュッ……とリップ音をたてて、唇にキスをするリオン様。
おい、誰だ。
恋愛初心者とか言いやがったの。
「取り敢えず、ノエルはデロデロに甘やかすことから始めるか」
「………デロデロ……」
「顔が赤くなるってことは少しぐらいは望みがあるってことかな」
嬉しそうに微笑むリオン様が直視できなくて、そっぽを向きます。
……………まぁ、良いですけど。
うぅぅぅ……なんなんですか、コレぇ……。
『おぉう、押せ押せだな』
『こら、クロエ。茶化しちゃ駄目ですよ』
ニマニマ、ニタニタ。
そんな言葉が似合いそうな笑みに殺意が湧きます。
「あ、そうだ」
「なんですか……」
リオン様は爽やかな笑みを見せますが、何故か私はその笑顔に恐怖を覚えます。
「竜人種の愛は重く、獣人種の愛はだいぶ本能的だと聞く。だから……多分、オレが本気で愛したらかなーり大変だと思う」
「………………え゛?」
「まぁでも、ノエルも恋愛初『『赤ちゃん』』………」
シンッ……と、沈黙。
おいこら、シロエとクロエ。
何、訂正してやがるんですか。
流石のリオン様も顔を背けて、笑いを堪えてるし。
「れ……恋愛…赤ちゃん(笑)なノエルには……それぐらいの方が、丁度い……ぷぷっ‼︎」
「おい」
「すまん、すまん。言い得て妙だと思って……」
「張っ倒しますよっ⁉︎」
「ほらほら、そんなに怒るなよ」
リオン様はギュウッと優しく抱き締めながら、一定のリズムで背中をポンポンと叩いてくる。
………あぁ、もぅっ……温かくて……眠く……。
「まだ疲れてるんだな。お休み、ノエル。起きたら……いっぱい甘やかしてやるからな」
そんな幸せそうなリオン様の声を聞きながら、私は眠りについてしまいました。




