エルフィン王国に迫る異変
1734年 5/25
王都エルフィナへ到着するまであと少しというところまで来たレグルス達であるが、魔獣との遭遇は相変わらずであった。寧ろ遭遇率は増したのかもしれない。・・・とはいえ、そんな旅路もあと少しである。既に木々の間から、王都の街並みが覗けるようになっているからだ。ここまでは緩やかな登り道が多かったのだが、ここから一気に下り坂のようだ。そのまま進むと、視界が一気に開け、海と見間違うほどの大きな湖であるミーミル湖の傍に見える大きな街。あれが王都エルフィナである。こちらの気は早るのだが、馬車がとりわけ速く進んでくれるわけもなく、今までと同じ速度で景色が変わっていく。
坂を下り終わってしばし進むと、ようやく王都の玄関口に到着した。そこから見渡せる王都は、都会と自然が見事に調和した、他の国ではお目にかかることのない街並みであった。植えてあるというよりは、元々自然に生えていた木々を邪魔しないように建てられた建物の数々。そして街の中心を貫く大きな通りの先に見える一際大きな白い城。おそらくあれがエルフィン城になるのであろう。
そのまま街に入ろうとすると、当たり前だが兵士に止められた。エルフでない者がここを訪れるのが珍しいのかもしれない。・・・身分と要件を話したらそのまま真っすぐ進めばよいと案内されてしまった。
ここエルフィン王国は、地理的な問題から他国と積極的な交流はしていないのであるが、別に鎖国をしているわけではない。敵対国でない限り、来訪者は受け入れる方針なのだろう。さっきの兵士も一応確認したかっただけのようだ。
そのまま通りを進むこと10分程で王城に到着した。そこで門兵に止められ、女王へ謁見したい旨を話す。・・・ちなみに、ここエルフィン王国は王家は女系で王位が継承されている世界で唯一の国家である。現在のグリバール王国のように国家元首が女性というケースは特別珍しいわけでもないが、基本女性だけで王位が世襲されている制度であるというのは他の国ではなかったりする。
そのまま他の兵士に貴賓室に案内され、待つこと30分程、許可が下りたのか、今度は謁見の間に案内される一行。促されるまま入室すると女王のディアナが玉座に座っていた。互いに挨拶を済ませた後、現在置かれている状況を説明した上で、ミーミル湖の地下へ通ずる洞窟へ入る許可を求めるラーク。
「話は理解しました。許可自体は全く問題ありませんが、今すぐ直ちにそちらに向かうのはお勧めしません。」
「どういうことでしょうか?」
ディアナ女王陛下の否定的な見解に、疑問で返すラーク。
「ここに来る道中、魔獣の襲撃は大変ではなかったですか?」
ラークだけでなく、パーティメンバーほぼ全員が首を縦に振る。
「実はそれは偶々ではなく、この王都周辺のかなりの地域で魔獣の増加、そして狂暴化が確認されています。で、その原因が少々複雑なのです。」
そのまま話を聞いたところ、状況はこのようになっているらしい。
1.この国の南にある、南極地方との境目になるスヴァール山脈にある大氷山という山に邪龍が住み着いたらしい。その邪龍から逃げるようにしてその地域に生息していた魔獣が北上してきている。
2.魔王国アガルダが、闇竜が住む湖底の洞窟に兵を差し向けたらしい。洞窟の入り口を警備していた者の制止を聞かずに中に入っていったとの報告があるとのこと。兵だけではなく、従属させた魔獣も引き連れていて、洞窟内で闇竜配下の魔獣と抗争になっているらしい。
3.王都周辺に生息する魔獣に精神操作を受けた痕がある個体が多数発見されている。魔王国が関係しているかどうかは不明。
ということらしい。湖底の洞窟の件以外は、魔王国が関連しているかどうかは不明だが、関連がないことも断定できない。もしかするとすべての件で関連している可能性すらある。
「そういう状況なので、今洞窟に向かうとあなた方にとっての敵によって挟み撃ちになってしまう可能性があります。なのでお勧めはできないわけです。」
女王陛下の話は理解できるが、だからといって引き下がれない事情もこちらにはある。
「お話は分かりました。それでは、懸念を払拭してから湖底の洞窟に行きたいと思います。」
「・・・懸念を払拭するとは具体的にはどうするおつもりで?」
レグルスの返答に対してディアナ様は純粋に引っ掛かりを感じたようだ。
「まずは、その大氷山に居ついたという邪龍を退治してきます。同時に王都周辺の魔獣を調査させて下さい。」
レグルスの返答が余程意外だったのか、ディアナ様はしばらく硬直していたが、邪龍討伐に難色を示す。
「それはあまりにも危険です。あの邪龍は報告を聞く限り通常の竜と比較しても相当上位の存在。我が軍も討伐の件は検討しましたが、戦力比較をし断念しました。」
レグルスは元より、一行全員が強い意志を表情で示す。それを見ても尚、女王陛下は反対意見を述べる。
「問題はそれだけではありません。スヴァール山脈はこの国の事実上の南の国境です。というのは、そこを超えると南極地域です。当然その周辺は南極に匹敵する寒さになります。その上、高山である大氷山に登るとなれば、もうそこに行くことだけで危険なのです。ましてそこで邪龍と相対するなど正気の沙汰とは思いません。」
ディアナ女王の今の発言を聞き、少し考えこむレグルス。
「いえ、我々にとってこれは避けられないことと考えます。なのでやらせてください。邪龍討伐は、ラーク王子、リーフ王子、そして私レグルスの3名で向かいます。ラーク王子には寒さへの対処の知識がありますし、リーフ王子の光の力は必要でしょう。私は火魔法も回復魔法も使えます。もしもの時は転移魔法で逃げかえります。」
「これだけ言っても尚やるというなら止めても無駄でしょう。ただし無理は決してしないように。無理そうなら逃げてくるのも勇気ですよ。」
女王陛下と別れの挨拶を済ませ、王城を出た一行。敢えて討伐隊を3人に絞ったことにエストは不満そうだ。
「ねぇ、全員で行くって訳にはいかなかったの?」
「いや、それならそれでもよかったんだが、王都周辺の警戒もしておきたかったってのが一つと、やっぱり寒さで脅かされたってのが大きかったな。」
「どういうことよ?」
「いくら暖房完備の魔法の馬車があるとは言っても、真冬のグリバールを超える寒さに確実に耐えられそうなのはラークくらいだろうと思ったのさ。リーフは戦力的に必須と判断した。あと俺がいれば、さっきも言った通り、最悪逃げてこられる。逆に、ミリアム、エスト、カペラは厳しいと思った。ラルフとアレクは後衛ばかり残しておくとまずいから前衛要因として居残りかな。」
「・・・・・」
一応納得はしたのか、エストは黙ってしまった。かなり不服そうではあったが。他のメンバーは特に反対することも無く、レグルスの考えた方針に従うようだ。・・・こうなっては出来るだけ早く邪龍を片付けて戻ってくる他はない。
残ったメンバーには王都周辺の魔獣の調査を依頼した。もしかしたら、魔獣を操っている集団と遭遇する可能性もあるので十分注意してもらう。まだ、魔王国がすべてに絡んでると決まったわけではない。様々な可能性を考え慎重に行動するべきである。一通りの方針が決まり、レグルス達3人は邪龍退治に出発した。
「レグさん、よかったんですか? エストさん連れてこなくて。」
レグルスとエストのやり取りを横で見ていて心配になったのか、リーフがこんなことを言ってきた。
「まあな。ほとんどの者が凍傷になって動けなくなる事態が一番怖かったしな。女王の発言に少なからず動揺したのが大きいな。」
「敵は邪龍よりも寒さって訳か。まあ、でも俺もエストは連れてくるのが正解だった気がするわ。」
『ワイもそう思うで。』
「・・・何でだよ。」
今いる2人+1にダメ出しを喰らった形になり、不機嫌気味にその意図を聞こうとするレグルス。
「あの子火魔法がメインで使えるし、普通に役に立つだろ? 寒さに弱そうだからってのも先入観だしな。もし本当にそうでもちょっと過保護すぎる感じがするな。」
「・・・・・」
「まあ、精々早く邪龍を討伐して、帰ってからエストへのフォローをしてやるといいぞ。」
「・・・ああ。」
「ん?・・・別に邪険にしたいわけじゃないんだろ? 別にお前のチーム分けがおかしいとか言ってるわけじゃないんだしさ。」
『ラークもその辺にしとき。・・・レグは素直になれないだけなんや。一緒に居たいから、自分のわがままで傍に置いておくって判断ができないんや。だから、明確な理由がないと距離を取ろうとするんや。』
「・・・成程な。」
「ゲン?! おまっ! 何勝手に人のこと分析してやがる!」
『・・・ハズレてないやろ?』
「・・・ぐむう。・・・不本意ながら。」
『あの子の不機嫌になった理由、分からんわけないやろ? こっちが悪くなくても謝るのは必要やで。・・・寂しくさせて悪かったって。』
「・・・分かった。同じ言い方は無理だが、何か考えとく。」
『ワイ、素直な子は好きやで~。』
2人+1はレグルスの様子を生暖かく見守るのだった。
ちょうどその頃、大氷山の2合目程にある洞窟の中にあるだだっ広い空間に黒い龍が宙に浮きつつ、同じ空間にいる存在と会話をしている。
「ギリムよ、この世界に来て調子の方はどうだ?」
『ゲルザード様のお力で顕現できた体にこれといった変調はございません。元の世界と変わらない力のままこちらに来られています。その性か、我が妖気にて周囲の魔獣が逃げ出す始末でしてな。そうそう、エルフたちには邪龍と呼ばれているようでして。』
「フ、狙い通りではないか。マルローよ、エルフの国に動きはあるか?」
「いえ、特には何も。ただ、魔獣が増えたことは警戒しておりますな。それと、湖底の洞窟へ我が配下を向かわせたことも既に察知されておりますな。タダ動きは見せておりませんが。」
「動きを見せたところで何もできまい。・・・それよりギリムよ、勇者一行はこの大陸には来ているのか?」
『10日程前でしょうか? 気配を感じ取れるようになりました。そして先ほど王都エルフィナに到着した模様です。』
「もしかしたら、貴様を討伐しに来るやもしれぬな。」
『それはどうでしょうか? まあ、近づいてきたら分かりますし、本当にやってきたら返り討ちにしてやるまでです。』
「フ、期待しているぞ。それでは我々は行く。吉報を期待しているぞ。」
「ギリム、ゲルザード様の期待を裏切りませんようお願いしますよ?」
『は、必ずや。』
その言葉を聞き消えていくゲルザードとマルロー。そして邪龍ことギリムが残される。そして思う。龍王ゲルザードの眷属たる自分が人間ごときに負けるはずはないと。そして少しずつ近づいてくる勇者の気配に心を躍らせてゆくのである。




