突然の襲撃。-コトナ村の滅亡
1726年 11/5日
秋祭りの終わりから3週間たった。ごく普通の平日である。空を見上げると澄み渡るような快晴である。この辺りの海域は豊かで、ブリ、サンマ、タイ、カツオ、マグロなどが獲れる。また、コトナ村では年末年始にはクジラ鍋などを食べたりするので、このくらいの時期は、クジラ狙いの大型の船も出港するのだ。明け方からすでに沖に出ていった船が戻ってきている。今日も豊漁である。村で食べる分はそう多くはないので、ある程度はほかの町へも出荷される。王都イザヴェラなんかにも結構コトナ村産の魚が行ってるのである。
イザヴェラはコトナ村より北東に位置し、ここより南西にあるコルトバという港町を河口とするイザヴェル川の中流・東岸に位置している。コトナから向かうには近辺まで馬車移動した後、対岸が見えないほど広いイザヴェル川を横断しなければならない、単純な距離は500㎞程であるのだが、相当遠く感じる。
戻ってきた船から魚を下す作業を黙々とこなす村人たち。まだすべての船が戻ってきているわけではないので、沖の方を眺めながら船の帰りを待ってる人もいる。そのうちの何人かが、遠くの空に黒い塊みたいなのが見た。はじめは渡り鳥かと思い特に気にもしなかったが、その黒い塊はだんだん大きく、そしてはっきり見えるようになる。そして、
「ドラゴンの群れだ!!!」
この辺りには、もちろんドラゴンは生息していない。遠く離れたガイアナ島なんかには数多くのドラゴンが生息しているのだが、こちらには1頭2頭がごくまれにやってくる程度で、来たとしてもギルドが中心になり、迅速に討伐隊を結成し、被害を最小限に抑えるのである。今回のは、ざっと見て100頭ほどはいるようだ。その半分ほどには人らしき者が騎乗しているようだ。残りにも、あれは何だ?明らかに人ではないが、トカゲのような頭や体つきだが、やはり人と同様にドラゴンに騎乗している。もしかして、ガイアナ島に生息している【リザードマン】なのか?今、はっきりしているのは、こちらに向かって真っすぐ飛んできているということだ。・・・みんな、仕事の手を止め、その集団を見つめる。もうすでに近くにおいてあった銛を持って身構えている者もいるようだ。・・・そして目の前までやってくるその集団。その中心にいる特別大きなドラゴンには、壮年の男が騎乗している。
「悪いな、我々の未来のため、死んでもらうぞ。」
そういうや否や、その壮年の男は両手をあげ、直径5mはある大火球を作り出した、だれが見ても相当な魔力が込められているのがわかる。この時点で全力で逃げた者が数人いたが、その者たちの判断は正解だった。その3秒後その火球は警戒する村人のもとに投げつけられる。一瞬で港は火の海となり、その場にいた多くの村人はその炎に焼かれていく。これを合図に、他のドラゴンたちが一斉に村に向かって散らばっていった。町の中心部、教会がある方面、先日祭りの行われた広場、多くの人は住む住宅地、農家や酪農家がいる地域と隈なく向かっているようだ。
うまく逃げることに成功した漁師たちは、この襲撃を他の村人に知らせるため、必死に走る。そのうち1人は念話が使えたのか、走りながら村長のダニエルに連絡をとっている。
『何だと! すぐに批難を開始させる。お前もすぐ教会前に集合だ。』
そう念話で報告者に念じるや否や、住民の各家や町のいたるところ、もちろん学校にも設置している警報装置を作動させる。村全体にけたたましいサイレンが鳴り響く。
「現在、海の方向よりドラゴンが多数襲撃中! すべての作業を止め、大至急教会へ集合せよ! 村から出たほうが早い者は各自の判断で村より退去せよ! 現在学校にいるものは子供たちの安全を最優先にしつつ校内の転移陣にて避難せよ! 繰り返す・・・」
村には、災害などの緊急時に王都へ避難するための転移陣が、村の教会と学校の校庭の2か所に設置されている。農家・酪農家などは村の端に通常住んでいるので、とてもじゃないが教会まではいけないのである。一部の人は、もう村の外に駆け出している。・・・そうこうしているうちにドラゴンたちが、村のいたるところを襲い始める。・・・通常の住人は続々と教会に向かっているがその途中で襲われているものも・・・
この襲撃が起こる30分程前、レグルスは学校で世界語の授業を受けていた。この世界の言語は万国共通なのである。一応授業は聞いてはいるのだが、最近はぼーっとしてることもしばしば。祭りの後、そしてエストと別れた後、よほど先日の冒険が印象に残ったのか、本気で将来の夢として探検家になった自分を想像している。行ってみたいところがある。知りたい不思議がある。別に親からは後を継げとは言われてはいないし、むしろ、『自由に将来のことを考えなさい。』と言われていたこともあり、村の学校を卒業したら、王都に行って上級学校に入学し、卒業後は世界中を見て回りたいと考え始めた今日この頃である。少しは経験を積みたいので、またラルフにでもお願いして、大人と一緒でもいいからギルドの依頼にでも連れてってもらおう。とか思っていたりする、回復魔法とか収納魔法とか使えるから邪険にはされないだろう。うん。・・・てな感じで授業を聞き流しながら考えていると、サイレンが鳴って、スピーカーから村長の声が聞こえてくる。村長よりの直接の避難指示。これ本気でやばいヤツだ。
教室の雰囲気が変わる。みんな不安そうにざわざわし始める。途端にエレン先生が、
「しーずーかーに! みんな落ち着いて! 不安だと思うから急ぎたい気持ちもわかるけど、確実に落ち着いて行動するのよ。まず校庭に向かいましょう。何かあったら先生たちが守るから落ち着いてね。」
そういって、窓側に座っている児童に窓を開けるように指示。みんな窓越しに、教室から出ていく。すでに、巨大転移陣は起動済みで、校庭に、黒光りした不思議な文様が描かれている。これすごく高性能で、1000人くらいなら一度に転移可能なんだよね。他の教室からも続々と児童が集合している。もちろん僕たちも転移陣にむかう向かう。・・・その後、学年ごとに整列し、先生たちは点呼をとっている。ふと周りを見ると、1年生の担任の【セレナ先生】が青ざめていた。1年生の【アン】が来ていないらしい。全員ちゃんと外に出たのを確認できていなかったらしい。あれ、アンってメアリの妹じゃなかったっけ?
深く考える前に行動してしまった。「探してくる!」と叫んで飛び出す僕。エレン先生焦ってらっしゃる。ごめんなさい、すぐ戻ってきます。もう1回教室にもどって廊下に出る。1年生の教室に向かって走ると、そこにはいない。・・・たまたま廊下の窓を見ると・・・いた!中庭だ。ギャンギャン泣いている。・・・急いで駆け寄り、抱きかかける。そしてダッシュ。廊下・教室・窓から外へ、みんなが待つ魔法陣に全力で突っ込んでいく。何とかセレナ先生にその子を渡す。とそこへ、
あと少しというところで、ドラゴンが1頭来てしまった。上にはリザードマンが乗っている。リザードマンが僕とセレナ先生に向かって槍をついてくる。避けることができたが、僕の方は転移陣から少し遠ざかってしまった。そこへドラゴンの吐いた、炎のブレスが襲う。自分で【ブレスガード】の魔法を展開し何とか防ぐ。
『エレン先生!後から自分の転移魔法で追っかけるから、みんなを先に!』と念話
『そんな!・・・でも・・・』
『時間ないよ!早く!』
『わかったわ。レグルス君! お願いだから生きて!』
と校長先生に言って転移魔法を起動。無事王都に送られたようだ。たぶん。さて。僕ってまだゲートの魔法を使ったことないんだよね。リザードマンは槍で突いてくるがそっちは【バリア】の魔法で防ぐ。がドラゴンの左手が僕を襲う。これには耐えられないので後方にジャンプして回避する。・・・あれ何で僕はこんなに早く動けてるんだ?・・・いや、そんなこと考えている場合じゃない、早くゲートを展開しないと。
今の後方回避で、敵とは少し距離ができた。チャンスかも。すかさず、以前行ったことがある王都の光景をイメージしながら、ゲートの呪文を唱える。・・・よかった、無事、空中に渦を巻いた球体が浮かび上がった。成功だ。・・・すかさず、そこに飛び込む。が、
そこに、リザードマンが唱えた雷魔法が直撃。転移魔法が発動した感触はあったものの、誤作動を起こしているようだ。まずいと思いながらも、体を電流が突き抜けた痛みから僕は意識を失った。
「クソ! あのガキんちょのやろう、逃がしたか!」 校庭を襲撃してきたリザードマンはつぶやく。
「ああいう有能そうなやつは、ガキんちょでもきっちり殺しておかなきゃならんのだけどな。我ながらしくじったわ。」
このリザードマンは名を【ゴードン】という。リザードマンの群れのリーダーであり、校庭襲撃後、一人つぶやいていたところに、ひときわ巨大な竜が近づいてくる。上には今回の襲撃の中心人物であるヴィトが乗っている。
「こちらは片付いたようだな。ここには村の子供たちが多数いたようだが?」
「一足遅く、逃げられてしまったのでございます。」 申し訳なさそうに頭を下げるゴードン。
「いや、よい。今回の作戦の目的は、我々が住む場所を確保することである。殺戮はついでだ。どっちにしろ、この世界に住む人類は、奴隷にするか、役に立たないようであれば殺戮するのだ。そう焦ることもない。この村を見た感じ、我らの文明レベルと比べてどれだけ遅れているのか・・・後で反抗してきたところで大した脅威にはなりはしない。」
ここで、ヴィトにライズより念話が入る。
『報告します。村のほぼ90%は制圧完了しました。逃げた住人もいますが。まだ生存しているものはこちらがまだ制圧できていない、ある場所へ向かって移動しているようです。』
『報告ご苦労。残りの10%の制圧に全力を注げ。』
そう念話にて返答をし、ヴィトは占領後の施策について、また、元の世界の住人の移民計画、ここを起点とした都市の形成について考えを巡らせるのだった。
ちょうどその頃、教会の正面に描かれている巨大転移陣を使って、村人たちが続々と王都に転移していくところであった。アスクは、もう何回転移魔法を行使したかわからない。少なくとも500人位は送っただろうか?村の人口は3000人位である。まだ、全然来ていない。ダニエル村長は、私たちと一緒に最後にするつもりのようだ。だが、村のあちこちで炎が上がっているのが見える。まだ無事なのはここだけだろう。ここにもドラゴンが数頭襲ってきている。なんとか、ギルドマスターのギブソンら、村にいる冒険者たちが必死に抵抗している。我々は逃げ遅れている村人のためギリギリまで待たなければならない。
「クソ!いくら倒してもきりがねぇな。」
ギブソンらは既に5頭のドラゴンとそれに騎乗していたリザードマンを倒している。特にギブソンが持っている【雷神の剣】は相当の業物で、鋼の剣では傷もつかないドラゴンの鱗をやすやすと切り裂いている。だから、他の冒険者たちは、彼を守るようにしたり、援護をしたり・・・ギブソンが最大限の活躍ができるように動いているようだ。アスクやシュリーも離れたところから、転移魔法を使う傍ら、回復魔法や攻撃魔法を飛ばして援護している。
ここでそのうち、ドラゴンに乗っている人、人なのかあれは?とにかくその人物が何か詠唱を開始している。マズイ!
「アイスバインド!」そう唱えると、ギブソンら冒険者たちの足が凍り付く、しばし動けなくなったところに、ドラゴンの尻尾で薙ぎ払われる。
「ここももう限界だ!アスク!お前たちだけでも行け!」
すまぬ。と心の中で謝りながら、残ったMPを振り絞り、今日最後になりそうな転移魔法を起動する。村長や妻シュリーも寄ってくる。
「俺たちの最後の意地だ!くらえ!」
ギブソンが、雷神の剣を持って突っ込んでくる。見事ドラゴンの腹部に突き刺さる。ドラゴンは炎をはきながら暴れるが、ギブソンは離さない。そうしているうちに、転移魔法が完成。発動される。発動中最後に見た光景は、新たにやってきたドラゴンに乗っていた人間によって、ギブソンが一刀両断されている姿だった。
今しがたギブソンを両断した人物である、ロキが一息つく。
「ようやく終わったようね。」と、先ほどアイスバインドの魔法を使ったイアリが話しかけてくる。
「おう!少しは逃げられたが、下等なゴミどもの掃除はあらかた終わったようだぜ。ヴィトへの報告はお前の方からやっとけ!」
と、持っていた煙草に火をつけて一服し始めるロキ。
「私、あなたの部下になったつもりはないのだけどね。まあ、了解したわ。」
そういいながら、ヴィトへすべての地点の占領が完了した旨を報告するイアリ。これにより、異世界人による、この世界の侵略の足掛かりができ、異世界人の移民計画が本格的に始まるのである。
1726年 11/5日 午前10:48 イザヴェル城にて
国王ウィリアムは、自らの執務室にてけたたましい警報音を聞く。間もなく続々とコトナ村の住民が転移陣より転移してきているとのこと。速やかに王都にある、緊急時の避難施設に移動させる。そこで部下に話を聞かせたところ、100頭ほどのドラゴンが村を襲撃したというではないか。しかも、ドラゴンには人が乗っていたらしく、容赦なく村人を蹂躙したという。なんとも信じがたくひどい話だった。
王都に逃げてきた住人は、全部で650人程度。転移陣を使用しないで避難している者もいるとのことで、もう少し数は上乗せされるとのことだったが、あそこの人口が3000人だったことを考えると・・・・なんとも惨たらしい話である。大至急大臣・将軍に会議室に集合するよう伝える。
「報告を聞きますと、襲撃時にいた者たちは、人ではあるものの、我々とは微妙に身体的特徴が違ったようですぞ。まず、肌が若干青みがかっており、耳は先がやや尖った形状をしていたとのこと。こちらの言っていることは理解している様子ではあったと聞き及んでおります。」と内務大臣のリシュルー
今の話を聞く限り、この世界にいるどこの国の民族ではないようである。ということは・・・
「ドラゴンを率いていたということを考えると、歴史上登場したかの魔王か?」と将軍のリックが言う。
「なるほど、そう考えると理解はできますな。この国はかつて勇者を輩出した国。コトナ村は伝説の勇者にして、現イザベル王国王家の開祖にあたります。真っ先に攻め滅ぼしたのも肯けます。」これは外務大臣のユグノーの言である。
「しかし、学校に通っている子供たちは、ほぼ全員無事だったのは朗報ですね。心に傷を負っているでしょうからケアをしてあげたいですね。」と息子の第1王子ディアス。
「いずれにしても、これはわが国への侵略行為である。国の総力を挙げてヤツらを殲滅せよ!」
国王である私の宣言を聞き、足早に会議室を後にする大臣たち。有能な彼らなら迅速な対応をしてくれるだろう。 そう信じて私自身も今後の対応策に頭を悩ませるのである。
このようにして、イザヴェル王国は長きにわたる戦争状態へと突き進んでいくことになる。
王都に到着したアスクとシュリーは、一緒に転移してきた者たちとともに、避難施設へと移動していた。事前に子供たちは無事王都にたどり着いたことは知っている。あの子達だけが我々の希望でもある。もちろん、私も人の子である。自分の子が一番心配だ。早く顔が見たい。建物のドアを開けると、子供たちがいた。よかった。実際にこの目で見ると、ほっとする。さて我が息子は?とそこで担任のエレン先生を見つける。私たちを見つけるとこちらにやってきた。
「申し訳ございません!レグルス君だけはこちらに来ていないのです。」
ハンマーで頭を殴られたようだ。まずは話を聞く。妻は両手で口を押えながら、じっと耐えている。
エレン先生とセレナ先生は我々の前でうなだれている。私自身も怒りと悲しみが混ざり合った感情を必死に抑える。そこへ、同級生のメアリとその妹のアンがやってきて、
「先生は悪くないの。アンがまだ来てないのを、レグルス君は迎えに行ってくれて・・・何とか転移陣が起動するのに間に合わせてくれたの。私たちのせいなの・・・」
「ごめんなさい。・・・グスッ・・・わたしが変なところに逃げなければ・・・」
とメアリ、アンが泣きながら伝えてくれる。
「すべては、アンさんの行動まで目を行き届かせていなかった私の責任です。」震えているセレン先生。
「皆さん、顔をあげてください。そもそも指示を無視してもう一度校内に入った息子が悪いのです。それにそのおかげで、アンちゃんが助かったじゃありませんか。そんな息子を、レグルスを私は誇りに思いますよ。」 それにと続けて、
「レグルスはまだ死んだとは決まっていません。あいつのことだし、きっと転移魔法を成功させて、ここではないかもしれないが、どこかで生きているはずだ。そう私たちは信じます。だから皆さんも気に病まないでください。」
妻シュリーもうなずいている。4人とも少し表情の影が取れているようだ。彼女たちはほかの子供たちを導いていかなければならないのだし。今回こちらに来られなかった親御さんもいるだろう。そういった孤児になった子供たちの支えになってあげてほしい。それより、村長を中心に生き残った大人が集まり、王都での生活等、今後の対応策について話し合うのだった。その最中でも、
『レグルス! 生きていろよ!』
と心の中で念じ続けるアスクであった。
第1章終了です。次回は3/14更新予定です。