秋祭り当日2ー楽しい秋祭り。そして別れ。
レグルスが帰宅したのは、午後0:30頃であった。エストを迎えに行くのは午後4:30位でいいので、しばらく暇である。昼食は特に用意はされていなかったので、自分で作ることにする。意外と料理は好きで、1人の時は勝手に自分の分を作っていたりする。
玉ねぎ、椎茸、人参、ピーマンを油をひいて炒めた後、挽肉を入れもう少し追加で炒める。別のフライパンでふわとろな感触になるように卵を焼き、作り立ての野菜炒めをくるむ。後は作り置きしてあったデミグラスソースをかけて、と。・・・まあこんなもんかな。即席で作った野菜オムレツをおかずにパンをかじり、牛乳で流し込む。
散らかした台所を片付けたところ、現在午後1:00頃。あと3時間以上は余裕がある。お祭りを見て回るのは、夕方になってからのお楽しみなので、余った時間は、午前中の猪との戦いで付いた汚れを落とし、読書でして時間をつぶすことにする。魔法を使って湯を沸かしたのち入浴。その後父アスクの書斎から引っ張り出した本でも読みながら時間を過ごすこと2時間。どうやら、ちょうどいい時間になったようだ。
隣のエストの家に行ってみると、ちょうど出てくるところだったようだ。いつもはズボンをはいているか、そうでなければ丈の短いスカートをはいているエスト。色もたいていは、うすい茶色とか緑とかそんな色が多かった気がするが・・・今日は白のブラウスに、ピンク色の長めのスカートである。普段見たことない恰好のせいもあってか、挨拶するのも忘れてぼーっとしてしまった。あれ、エストってこんなかわいかったっけか?
「あら、早いわね。女の子を待たせないのは感心ね。えらいえらい。ってどうしたのよ?反応ないけど。ん?・・・ああ、このエストちゃんに見とれちゃったのかな?・・・レグ、かわ~いい。」
してやったりという感じで、ニマニマしてらっしゃる。狙ってたらしい。・・・ああそうだよ。文句あるか!・・・そういうエストも顔ちょっと赤いんですけど。言わないけどね、怖いし。
「ねぇ、早くいこ!」
エストがそう言うと、祭りの会場である、目的の村の大広場に僕の手を握りつつ、引っ張っていく。昼くらいにラルフたちと、木の実やら猪やらを持って行ったあの場所である。秋の実りを感謝するお供え物が、さっきの昼とは比べ物にならないくらい置いてある。村長のダニエルさんをはじめ、さっきお世話になったギルドマスターのギブソンさん、うちの両親なんかも神様に祈りをささげる儀式をやってるっぽい。他の村人も一部は集まって、一緒に祈りをささげているようだ。周囲を見渡すと、屋台で食べ物を焼いたり、置いたりしている人がいて、みんな自分が食べたい食べ物を持って行っている。また、広場の中央には、多数のテーブルや椅子が置いてあって、大人たちを中心に自由に飲み食いしている。酒樽なんかも置いてあって、飲みたい人は、エールをジョッキに注いで好きなだけ飲んでる。もう出来上がっている人もいるようだ。祭壇の反対側はイベントで使いそうな特設ステージがあって、毎回ここで【のど自慢】やら【かくし芸コンテスト】やらが行われている。今年も何だろうね。他にもバザーっぽいことをやっている人たちもいれば、子供用のゲームコーナーをやってくれている人たちもいる。こんな感じで、儀式っぽいことはやるものの、みんなめいめいに好きなように騒ぐ自由なお祭りなのである。
食べる前にまずいろいろ見てまわろうということになる。、ゲームコーナーでは、的にダーツをあて、中心にどれだけ近いかでもらえる景品が変わるゲームをやってみる。2人とも投擲の才能はなく、あえなく撃沈。残念賞の飴玉をもらう。結果に納得がいかないのかブツクサ言ってるし。かわいい。
次に向かったのが、バザーコーナーで、ここでは、着古した服やアクセサリー、古本、雑貨などが売られていた。僕にとってあまりほしいものはなかったけど、エストがアクセサリーを見たいというので、そっちに向かう。エストさん、食い入るように宝石のついた品々を見つめていらっしゃる。女の子だね・・・すると、赤い宝石のペンダントが目に留まる。確かにこれはすごく綺麗だ。しかも素人ながら特別な力を感じる。とか思ってると、
それが気に入ったかい?お嬢ちゃんに似合っていると思うよ?私が若い時に気に入って、自分で買ったものなんだけど、最近は身に着けるにしても他の物にすることが多くて、いっそ他の人に譲ろうと思っていたのさ。ただってわけにはいかないけどね。買ったときは金貨5枚だったんだけど、私のお古だしね。
金貨1枚ならゆずるよ。
普通10歳の女の子が、金貨なんて持ち歩かないと思うけど、お金持ちは違うのかな。エスト残念そうにしている。そんなに欲しいなら・・・自分はたまたま金貨1枚持ってる。どうせ午前中の一件がなければ手元になかったお金だ。無くなっても惜しくはない。
「おばちゃん、僕が買うよ。」
「そうかい?・・・はい、確かに。まいどあり。大事にしておくれよ。」
ペンダントを受け取るとそのままエストに渡す。おばちゃん、すごく優しそうな表情をしてる。
「え?・・・いいの?こんな高いもの私がもらって? 今日はむしろあんたの誕生日なのに、これじゃあべこべよ。・・・でも、ありがとう。大事にする。」
そういって、腕を組みながら僕によしかかってくる。こんな機嫌のいいエストは初めてだな。あげてよかったと心の底から思う。ふと気づくと、ちょっと離れたところに、エストの親友3人のマニ、ベル、メアリがいてこっちを見ている。にやにやしてるし。見んなや。・・・ベルから僕へ念話が届いた。あいつ魔法使えたんだね。『ごゆっくり~。』だって。余計なお世話だよ。・・・文句を念話で返そうと思ったらもういなくなってるし・・・にゃろうめ。
その後は、ステージが見えるところに席をとって、催し物を2人で観る。一発芸大会で大爆笑したり、感心したり。ラルフがとても面白いギャグ特集~!とか言いながら、「ふとんがふっとんだ!」とか「カエルが帰ったよ~」とか「熊がクマってる(困ってる)」とかこんなレベルのギャグを延々と10個程、ステージ上で叫んで、運営スタッフたちに引きずり降ろされるのを見て固まったり。のど自慢大会は、さすがに出場者はうまいね。たまーに耳をふさぎたくなるのがいたけど。あの人絶対ベロンベロンに酔っぱらってるわ、マニとメアリも出てたね。メアリは特にうまかった。とか思ってじっと見ていたら、エストに太ももつねられた。痛いです。
楽しい時間も過ぎ、ぼちぼち良い子は家に帰る時間になってきた。午後の8:00位である。大人たちはまだまだお酒が飲み足りないのか、騒ぎ足りないのか、お開きには時間がかかりそうである。
「ねぇ、向こうにある、海の見える丘に行かない?」
今までとは違う、真剣な表情でこちらを見るエスト。要件もわからないので、とりあえずついていく。海は村の南にあるのだが、上弦の月より少し丸くなった感じの月が海の向こうに浮かんでいる。
「まずは・・・レグ。誕生日おめでとう!」
そう言って、紙の袋に包まれた何かを手渡してくれた。了解をとって、袋の中に入っているものを取り出す。
「これは、手袋? いや・・・グローブか」
中に入っていたのは、不思議なグローブだった。何かの革でできているそれには、指の部分は5本とも、指先がないタイプ。しかも、手のひら部分もむき出しになっている。守っているのは、指の根本の部分と手の甲の部分である。ただ、この革はとても丈夫でかつ柔軟性もあり、保護されている部分はかなりの衝撃から守ってくれそうである。しかもこのグローブからは、何か不思議な力を感じる。大人用なのか僕にはちょっと大きいな。
「うちって、武器屋でしょ?お父さんが、以前王都で鍛冶の修行をしていた時、偶然骨とう品店で見かけたんだって。で、すごく価値のあるものなのは分かったけど、そこのお店では、処分品みたいな扱いの価格で売られていてね。当時『買いだな!』とか思ったらしいの。」
「で、その後この村で武器屋をやるようになって、店の方にずっと置いてたらしいんだけど、こんな変わったグローブは見向きもされなくて誇りかぶっての。」
途中で話を遮る雰囲気ではないので、疑問に感じつつもそのまま話を聞く。
「どうしてこの売れ残りの変なグローブを渡したのかというと、わたし、鑑定のスキルがあってね、まずこのグローブがすごいものだってのは分かる。お父さんもだけど。で、もう1つの理由はね、レグに格闘の才能があるからなのよ。以前、あなたのスキルを興味本位で見ちゃってね、あなた、一生人に暴力をふるったりとか荒事はし無さそうだけど、身を守る武器を持つならどうせなら、合うものを持ったほうがいいと思ってねこれにしたのよ。」
自分へのプレゼントにここまで考えてくれるなんて嬉しく思う。と同時に、
「これの価値がわかってて、よくハウンドさん譲ってくれたね?これすごいのなんとなくわかるし。」
少しの間、言いにくそうにしていたが、エストは話し始めた。
「実はね、うちのお店、ここよりずっと東にあるラーウェって町に移転するんだ。そこの町の町長さんにぜひ来てくれって。家族で話し合って、チャンスになるからみんなで行こうってことになってね。」
今までのうれしかった気分が吹っ飛んだ。いや、しょうがないことではあるけどさ・・・正直ショックだよ、それは。
「だからね、売れてない商品というのもあったんだけど、『今まで私と仲良くしてくれたアンタになら』、って。そう言ってくれたの。」
涙腺が緩みそうになるのを必死にこらえながら、「大事にするよ。」と答える。すかさず、自分の手には些か大きいグローブをはめてみる。すると、グローブがどんどん縮んで、僕の手にぴったりとはまった。驚愕しつつも、手を握ったり、開いたりしてみる。すごくしっくりする。
「これすごく気に入ったよ。一生の宝ものにするよ。ありがとうな。エスト」
「うん・・・」とか言いながら、僕と同様に我慢していたらしいエストがとうとう泣き出してしまった。
「やっぱり、まだいっしょにいたい!」とか言って、顔を僕に埋めてくるが、
「僕も寂しいけど、これでお別れじゃないよね?」 そう言うと、ハッとして顔をあげる。
「ラーウェ遠いけどさ。会いたくなったら遊びに行けばいいし。そっちも会いたくなったらいつでも遊びに来ればいいさ。手紙だって書けるしさ。」
「うん、うん・・・アンタ私が手紙書いたら、絶対返事書きなさいよ。手紙放置したり、いい加減な手紙送ってきたら許さないから・・・」
わかったよ、と返事をしておく。いつ向こうに行くのかと聞いたら、明後日だって?随分急だなと思ったら、前から分かってたけど、いつも通り過ごせる期間をできるだけ長くしたかったってことか。エストらしいかもな。これ以上遅くなってもまずいので、家に帰ることにする。家に着くころにはエストも少し元気になって、僕も少しホッとする。家に着いたら挨拶後それぞれの自宅に帰っていった。両親とももう家に帰っていて、今日あったことを話したりするのだった。
2日後、エストの家族が村を出る日、僕を含めたうちの家族3人、エストの親友3人、ダニエルさんが見送りに来ていた。
「村にいる間は、大変お世話になりました。皆様もお元気で。」
「私たちの方こそお世話になりました。また、いつでも遊びに来てください。」
「向こうでの商売の成功を祈っていますよ。」
とそれぞれ、父アスク、ハウンドさん、ダニエル村長。エストたち4人は抱き合いながら泣いてる。
「それじゃ、エストいきますよ。」バーバラさんの呼びかけに渋々従ったエスト。アスクさん馬車を走らせる。・・・馬車が景色の向こう側でだんだん小さくなり、そして見えなくなった。僕はそれまで、ずっと手を振っていたのだった。
数日後、お祭りの日にラルフら3人と一緒に、プチ冒険をいたことを思い出していた。ただ森にあるものを採集し、猪を倒しただけなのだが、妙な高揚感があった。自分はいろいろなものを知り、謎を解明するが好きだ。だから、大人になったら、世界中を冒険して様々な不思議を解き明かしていく。そんな仕事を将来してみたい。とか思うようになっていた。旅をしていたら、様々な人に出会えるし、今までになくそれが魅力的に感じた。それに・・・ときどきだけど、エストにも会いに行ける。もしかしたら、いっしょについてきてくれるかも?と、宝物になったグローブをいつものように手にはめながら、エスト本人と話をしたこともないことについて妄想するのだった。