表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

作者: くろねこ

 朝、俺は朝食を食べている。

 テーブルに並んだ朝食は、こんがり焼けたトーストにカリカリベーコンがついた目玉焼き、そして新鮮なレタスとトマトのサラダ。

 何の変哲もない朝食だが、どれも母が選んだ有機無農薬の品らしく澄み切り優しい味がした。

 自分たちの体を何時も気遣う母には頭が上がらない。

 その朝食を、ダイニングキッチンで自分と母と妹の3人で囲んでいた。

 

 「お兄ちゃん、TV、TV!!」

 「何?」


 妹の声でTVの画面に目を向けると、其処には中年の女性が昨日起きた殺人事件の事を沈痛な表情で読み上げていた。

 ――昨夜、○橋区の路上で、57歳の男性フリーランスのライター赤城七瀬さんが何者かに殺害されると言う痛ましい事件が発生し……。


 自分も殺害された赤城と言う人物は知っていた、隣り町に住む有名な人物だからだ。

 彼は頭を丸め、大きな体躯を持ち、何時も褌一つで何も隠さず、何もやましい事をして無いと言わんばかりに体を揺らしながら 女性たちをかき分け堂々と街を歩く姿は幾度となくTVで紹介された。

 ――その姿は、だれが見ても まごう事のない変態だった。

 だが時には、その普段の生活を○NKのドキュメンタリー番組で紹介される事も少なくなくなかった。

 ――その姿も、だれが見ても まごう事のない変態の生活だった。


 だが、その自由な生きざまは自分の憧れだった。

 しかし、その変態が殺されたのだ、ほんと唐突に。


 「あなたをそんな体に生んで本当にごめんね」


 ニュースを聞いた母は、大粒の涙を流し横に座る俺をかばう様に強く抱きしめる。

 母の俺に対する心底済まない気持ちが彼女の震えと共に伝わって来た。

 そして消えうせそうな声で更に続けた。


 「あの時、私がサプリメントさえ飲まなければあなたに重い物を背負わせずに済んだのに」

 「――ううん、僕をこの体で生んでくれたことを感謝しているよ」


 本心だった。

 事実、俺は五体満足で生まれ、それからからの16年間大きな病気をしたことも無い至極元気な体だ。

 むしろ、シングルマザーなのに、兄妹ともども何不自由のない生活をさせてくれている感謝の気持ちしかない。

 これで恨む方がおかしいと言うものだ。


 「うっうっうっ、ありがとう……」


 返事を聞いて号泣する母は更に泣き声で続ける。

 

 「……でも、あなたは私には過ぎた子だから、死なないでほしいの。

 そろそろあの件を考えてみない?」

 

 母は消えうせそうな声で呟くと壁に掛けてあった便箋入れに目を向けた。

 其処にある便箋には、俺宛に来た便箋が挟まっていた。

 ――国から来たある施設への案内手紙だった。


 「……そんな所へ行きたくない、家族三人このままで良いよ」

 

 俺はきっぱり拒絶した。

 母は行けと言うが、自分は悪い所が無いのだから行く理由は無い。

 彼女は何も答えない、ただ震えながら押し黙りだまるだけだった。


 「お兄ちゃん……」


 トーストを齧っていた妹は手を止めジト目でオレを見てきた。

 ヤバイ、これはガン泣きする寸前だ。


 「お母さんの気持ち考えた事あるの?」

 「お母さんの?」

 「そうよ、どれだけお兄ちゃんの心配をしているのかわかるの?」


 妹の言葉に思わずはっとする。

 母の言葉は心底俺のことを案じての言葉なのだ。

 それは判っている……――けど、胸の中に何か引っかかるものがあり、うんとも言えないのだ。


 「お兄ちゃん、おねがいだからアノ件を考えて、

 私もお兄ちゃんと別れるのは辛いのよ……けど……」

 「だが、断る!」


 妹は涙を浮かべながら懇願するが又も即答した。

 何か引っかかって結論が出せないのだ。

 理論では結論が出ている、施設の方が良いのが判っている、決まり切っている。

 けれど何かが胸の奥に引っかかり踏み出せないのだ。

 これを感情が邪魔をするとでも言うのだろうか?

 

 「私の気持ちも知らないで、お兄ちゃんのバカバカバカ」


 妹は、ガン泣きしながら部屋に戻ってゆく。

 この腑に落ちない気持ちは何なんだろう?

 同じ男である彼の足跡を辿れば何か解決策が見つかるかも、

 ――何となくそんな気がした。

 

 「……お母さん、少し出かけてくる」

 「間違っても、バカな真似はやめてね」

 「ありがとう、大丈夫だから」

 

 俺は心配性の母の声を聞きながら食卓を後にする。

 そして、気がつけば、彼の住んでいた町へ足を運んでいた。


 ”


 彼の住んでいた町の駅のホームに着くと、其処は夕方の通勤時間帯だった。

 傾いた夕日に照らされたホームはむわっとする空気に包まれ行きかう人でごったがえしている。

 スーツに身を包んだいかにもキャリアウーマン風の女性がクールに資料に目を通す傍で、女子高生とも思われる少女達が此方を気にする様子も無く「あちぃ~あちぃ~」とだらしなくベンチに座ったまま恥しげもなくシャツをバサバサさせ服の中の熱気をにがしている。

 ――慎みもへったくれも有ったものじゃない。

 

 まるで女子高のような光景だがこれが何時もの光景だ。


 駅を降りて暫く歩き、彼の住んでいた町に付くと祭りだった。

 大通りは歩行者天国となり、左右には所狭しと屋台が立ち並んでいた。

 屋台からは、おばちゃんたちが焼きそばなどの粉物を焼き香ばしい香りを漂わせ、その近くでは風船釣りや金魚すくいの夜店の勇ましい女性の店主が必死で客を競っている。

 そして、その通りを浴衣姿のうら若き女性が友達同士やカップル同士で楽しいひと時を過ごし、

 リンゴ飴屋台の前では幼稚園くらいの幼女が母親にねだり、通りの傍にあるベンチでは老婆達が懐かしがるように祭りの様子を眺めていた。

 そして、重戦車の様な中年婦警が新人と思われる若い婦警をつれて辺りを警備している。


 華のある、華だらけ、否。

 ――華しかない夏祭りだ。

 遥か昔の祭りの勇壮な映像とはだいぶ違うけど。

 でも、自分にとっては見慣れた光景だ。

 

 「あなたに渡すように頼まれて居ます」


 祭りの様子を見ていると、気が付けば目の前に中学生くらいの少女が居た。

 彼女は紙袋を片手にオレの目をじっと見つめていた。


 「父の遺言で、『もし、自分と同じ目をした人が来たら袋を渡すように』と頼まれてました。

 これを受け取ってください」


 彼女はそう言うと紙袋を俺に差し出し、更に続けた。


 「綺麗な女性ヒトだけど、あなたは本当は男の人なんですよね?

 父と同じで()()()()()を知ってる目だったから……」

 

 俺は黙ってうなずいた。

 受け取った袋を確かめると、紙袋の中には手帳と赤い布のような物が入っていた。


 「これは、父のワガママだと私も思ってます

 ――でもこれはあの変態(ちち)が最期まで貫いたものだから……叶えてあげたい気持ちもある。

 それは……その手帳を読んで貴方が決める事です。

 父もそれを望んでいると思いますから」


 彼女に促されるまま、彼の手帳を読むと、彼の生き様が綴られていた。

 褌一丁で男としての矜持を保ち、そして何も隠さず、何も曲げず、ただ堂々と生き抜いた人生。

 ――生存を主張し、隠れることも無く堂々と褌の姿(変態)を晒すのは彼の生き様の象徴だったのだ。

 

 彼の手帳を見て胸に引っかかっていた何かがストンと胃袋に落ちた気がした。

 これだったんだ。


 男としての誇り。

 いや、生きる種しての、矜持。

 隠さずに堂々と生存を主張する。

 それが今まで母や妹の願いを拒否し続けた何かだった。

 その何かが判ると気持ちがすっと楽になった。


そして覚悟を決めた。


 「この紙袋貰ってゆきます」


 俺は澄んだ表情で頭を大きく下げる。


 「本気ですか!?」

 「はい」

 「父と同じ末路になりますよ!

 それでも良いんですか!?」


 必死の形相で引きとめようとする彼女にオレは静かに頭をふる。


 「良いんです。これは、「誇り」の問題ですから」


 そう、これは種として滅びる寸前の者の誇り、矜持ともいえる問題だった。



 この星に徐々に男性が生まれなくなって行き。現在の男女比は1対9千万。

 人口一億くらいのこの国で、確率から考えてもう国には自分しか男性は居ない筈だ。


 科学者達は、ほぼ女性しか生まれなくなって居る原因として、

 『妊娠初期に男子胎児は殆ど死滅し、結果生まれてくる新生児は女児が多い』と結論付けた。

 男子胎児死亡の理由としては、

 『発生段階での基本形である女性から男性へ分化してゆく過程で、男児はその変化に耐え切れず死滅する』とも結論を導き出していた。

 その理由は、環境ホルモン、原子炉から漏れた放射性物質、温暖化による高温、生活から来るストレスに晒される内に、自分達の遺伝子がダメージを蓄積している と仮説を立てているが業界からの圧力があるのか結論は達していない。


 どういう理由であれ、女児しか生まれてこなくなった。

 その兆候は既に相当前から、『新生児の男女差の異常な偏り』としてそれらの暴露の多い職業や、ストレスの特に多い高貴な一族から現れていたらしい。

 しかし、生まれてきた女子の一部は男として届けられ、その異常な偏りはオルタナティブファクトとされ隠蔽されて来たそうだ。


 結果、何も対策は取られないまま経過し、数世代後、男性はほぼ絶滅した。

 事実、オレも彼以外 古い映像やゲームの中でしか街で生きている男と言うものを見たことが無い。

 俺の様に素性を隠し生き残っている男も居るのかもしれない、一度か二度気配を感じたことがある、けど勘違いだった。

 ようやく見つけた彼は ただナベシャツを着たコスプレ好きの腐女子だった。

 ――多分、生き残っていると言う話は都会の下水にすむと言うワニのように都市伝説の類だろう。


 そして僅かにオレの様に素性を隠しこっそり生き残っている男も、ミクロのシラスウナギ(黄金)と呼ばれるようになった精子目当てで殺される事も多いそうだ。

 まるでその昔、人間のアルビノを呪術目当てで殺していたように。


 自分は保護施設、通称ヤロウランド、其処に入れば密猟者からは生き延びる事は出来るのかもしれない。

 丁度、絶滅寸前の野生動物を動物園に保護するように。


 でも、其処には自由は無い。

 有るのは保護と称し狭い施設の中で女装して女性たちに紛れ込み息をひそめて生活するだけだ。

 俺が昔保護施設をTVで見たときは、十代前半くらいの色白な男の子が施設の中でキャミソールのような服を一枚着せられ、虚ろな表情をしたまま身動き一つせずフランス人形の様に椅子に座っている様子を映していた。

 ガラスを越しに見学に来ていた小学生位の真っ黒に日焼けした少女の方が、

 「どうせ、パチもの(オンナ)なんだろ?」

 と言わんばっかりに彼の局部をガン見し、彼を驚かせ、動かせようとしてガラスの仕切りをドンドン乱暴に叩き、さらには恥ずかしげもなくパンツ丸見えの格好でガラスをガンガン乱暴にけった揚げ句、職員につまみ出される彼女の方が余程男の子ぽかったのが今でも強烈に印象に残っている。

 彼が白衣を来た女性達に囲まれながら、外の刺激に何も反応せずに無表情に髪を丁寧にブラッシングされる様はまるで人形の様と思った。

 そんな物は生きてはいない、ただ死んでいないだけだとも思った。



 『生きていると、死んでいない』は同義ではない。

 俺は死にたくは無い、けれど其処までして命を繋ぎとめたくない。


 ――ただ俺は生きたいだけだ。


 例え短くとも自由に生き、そして誇りを胸に死んでいきたい。

 丁度、最後まで男として逃げも隠れもせず、褌一丁で逝った英雄「赤城」の様に。


 俺は彼のヨレヨレになった(ノート)を見返し、『何物にも屈せず』の文字をみて決意を新たにした。

 女性だらけの一見華やかなハーレム(デストビア)、この静かに滅び行く世界をオレは堂々と生きてゆく決意を。


 トイレに向かうと、今まで着ていた女装服のジャンバースカートを脱ぎ捨て、パットの入ったブラをむしり取ると、今まで穿いていたランジェリーショーツを男の誇りたる褌に履き替える。


 ただ其れだけを身に付け、何も隠さず、隠れず、これから堂々と生きてゆくのだ。

 種として滅びる寸前の者の誇り、矜持を護るために。


                  了


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです! ぶっ飛んだバカっぽい話を期待していたら(口が悪くてごめんなさい)、真面目に考えさせられる内容で驚きました。主人公の正体が明らかになるタイミングが、遅すぎず早すぎず絶妙。筒井…
[一言] 最初、?のまま読み進めると、こういうことかっ!と驚いたり納得したり。最後まで物語の力に引きずり込まれました。 俗に言うホラーっぽくはないけれど、現在でさえ、男性が少なくなっている時代。近未来…
[一言]  ラノベにありがちな世界……そんな世界における男の生きざまを、褌というアイテムを用いて哀しさと可笑しさとを上手く融合させたあたりは見事です(笑)。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ