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わたしと真々子  作者: 深瀬静流
8/22

真々子は小さいくせによく目立った。あの子は自分では全然気にしていないけど、男子の目には可愛く映るらしい。らしいというのは認めたくないわたしの意地だ。

 夏休みが終わったある日、こんなことがあった。めずらしく真々子がお昼に教室に来ないのだ。抱介は椅子を二脚持ってさっさと現れたのだが、真々子はすぐ行くといってどこかへ行ったらしく、先にお弁当を広げ始めた。

 でも、真々子がこないと、お弁当は始まらない。抱介のお母さんが作ったお弁当を食べるのは真々子で、真々子が握ったおにぎりを食べるのは鉄平と抱介だからだ。

 わたしが自分の席でお弁当を食べながら教室の出入り口を気にしていると、真々子がようやく入って来た。真々子は不機嫌で、というか、考え事をしているときの無口な表情で、鉄平たちの席に着いた。

 いつものように抱介のどうでもいいおしゃべりが賑やかだけど、抱介が真々子をからかっても真々子は上の空で、そのようすを鉄平がさりげなく気にしていた。

 その日は、それで終わったのだけれど、数日してお昼にやって来た真々子は明らかに不機嫌だった。

 抱介は、持ってきた椅子に座るなり、お弁当を広げるより先にわたしと鉄平にいった。

「朝から真々子が変なんだよ。誰とも口きかないし、先生に教科書読めって言われても岩牡蠣みたいに机にへばりついて英語の教科書読まないし」

 読まないんじゃなくて、英語、読めないんだよ。わたしは心の中で言い返す。

「なにかあったのか」

 鉄平が真々子にきいた。拗ねたようすで真々子が俯いてもじもじする。心の中にしまっておけない性格の真々子だから、鉄平に静かでやさしい声でそう聞かれると、もじもじ話し出すのだが、このたびは、いつもとちがって言いづらいことらしい。

 わたしは俄然興味を覚えた。お箸を置いて真々子のところに行き、制服の袖を引っ張って教室の隅に連れて行った。

「言いなよ真々子。言わないと気持ち悪いでしょ。いつまでも黙っていると、言葉がゲロになって出てくるよ」

 真々子が嫌な顔をした。

「トコちゃん、汚い」

「うぉええええ」

 吐くまねをしてやる。

「わかったよ」

 あのね、といって真々子が話した中身は、A組に野村君という柔道部の男子がいるのだが、野村君は一年ながら柔道部のホープで、順調に東京都の選抜大会で我が三ツ星高校を勝利に導いており、このままいけば、国体出場も夢ではないと期待がかかる、すごい男子なのだ。しかもイケてるし。ファンの女子も多いし。

 その野村君が、あろうことか、真々子に告白したらしい。そんな暇あるのかよ。部活の柔道で高校生活、ぶっつぶれているんじゃないのかよ

 わたしはいささか興奮した。だって、野村君だよ。わたしだって、こくられてみたいっつうの。

「付き合うって、よくわかんないんだよね」と、真々子は続けた。

「野村君は部活で忙しいし、真々子だって、家に帰ったらお掃除してお洗濯して、買い物に行って、お夕飯の支度して、そんで宿題して、テレビ見て、ゲームして、ママが帰ってきたらご飯を出してあげて、お風呂に入ったら寝る時間だもん」

 かわいそうな真々子。真々子は高校生だけど、半分主婦してるんだよね。そうやって、おばさんと二人、助け合って暮らしているんだよね。

「だから、野村君にそう言ったの。そしたら」

「うん。野村君、なんて言ったの」

「今はお互いに忙しいけど、ぼくのほうは国体を目指し終わったら通常の部活になるし、伊坂さんに負担にならないように、日曜とか会って、渋谷をぶらぶらしたり、テーマパークに行ったりしようよ、って」

 う、うらやましい。

「で、真々子はなんて答えたの」

「鉄平にきいてみる、って答えた」

「うっ」

 だめだ。恋愛なんてできるわけない。いま、真々子の真後ろには、その鉄平と抱介が立っていて、今の話をこっそり聞いている。鉄平は安心したようだったけど、真々子の話には続きがあった。

「でもさ、考えてみれば、真々子はもう大人だし、鉄平もだいぶ大きく育ったし、いつまでも真々子がいなくても大丈夫かな、ってさ、考えてさ、そんでもってさ、そろそろ鉄平を乳離れさせてもいい頃かなってさ、そんでね、野村君が暇になったら、二人で渋谷・原宿・明治神宮あたりへ行ってみようかな、なんてさ、どうかな?」

「角田にきいてみな」

「トコちゃん。今も言ったけど、もう真々子はおとなだよ。鉄平は真々子の子供で、あああんなに大きくなったの。だから、乳離れしてもいい頃かな、ってさ」

「角田は真々子の乳なんか吸ってないだろ」

 おもわず大きな声を出していた。教室中のみんなが振り返る。どっと汗が出てきた。すると、後ろにいた鉄平が、真々子の肩をつんつんして振り向かせた。そして、真剣な表情でいった。

「真々子。今度の日曜に渋谷・原宿・明治神宮あたりをぶらぶらしに行こう。そうしよう」

「え。でも真々子は野村君と」

「おれと行こう。野村じゃなくて」

 鉄平は、野村とは付き合うな、とはいわない。いえばいいのに。おまえをだれにもわたさないって。はっきりいわないと真々子には伝わらないのに。

「おれも行く行く。なに着て行こうかな。坂巻も行くだろ。みんなで行こうぜ」

 抱介はもうその気だ。真々子が、ほんの少しだけ、鉄平以外の男子に目が行きかけたことの重大さなんか、てんでわかっていないけど、鉄平には伝わっていた。

 でもね、真々子。大切なものって、自分が所有しているうちは、その値打ちがわからなくて、手の中からこぼれ落ちていったとき、はじめてわかるんだよ。どんなに大切な存在だったかって。

 鉄平だってモテるんだよ。真々子がいるから、鉄平はよそ見しないけど、それだって、先はどうなるか、誰にもわからないんだよ。

 席に戻って三人仲良くお弁当を食べはじめたので、自分も自分の席でお弁当を食べながら、わたしはそんなことを考えていた。

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