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高校に入っても中学の時と同じ気分で真々子は昼の時間になると鉄平の教室にお弁当を持ってやって来た。しかし、小学校の地元メンバーがそのまま中学校に移行した中学のときとちがって、高校ではそんな真々子の勝手が通るわけもなく、ひと悶着起きた。
「なんで、真々子が鉄平の教室に来ちゃいけないのよ」
気が強い真々子が橋本さんに言い返した。橋本さんというのは、集団で歌って踊るアイドル少女グループのセンターを務める人気アイドルに似ていて、自分でも美人だとおもっているから、それを鼻にかけてクラスで幅を利かせている勘違い女だ。
「来たっていいわよ。休み時間ならね。でも、お昼休みに来るのはだめよ。自分の教室でお弁当を食べなさいよ」
「いいじゃない、どこで食べたって。真々子に命令しないで」
「なに言ってんの、この子。あなたが座ったら、その椅子の子が座れなくなるでしょ。その子に立って食べろっていうの? それとも、あなたが立って食べる?」
橋本さんが、仲良しグループに振り向いて、勝ったように笑った。橋本さんのいっていることのほうが正しい。真々子は自分の教室で食べればいいのだ。昼休みにB組まで出張してくることはないのだ。
「椅子ね。問題は椅子なんだね?」
と、真々子。次の日から、真々子は抱介に椅子を二脚持たせてやって来た。抱介は、自分の役目ができたものだから喜んでいた。真々子に受け入れられたとおもっているのだろう。そして、鉄平の机を囲んで三人でお弁当を食べだした。
少し離れた自分の席でお弁当を食べながら、三人の様子を見ていると、どうやら真々子は、抱介のお母さんが作ったお弁当の豪華さに我慢ができなくなったらしくて、お弁当箱を抱え込むようにして一心不乱に食べている。そりゃあ、国産牛の霜降り肉とか、分厚い豚ロースとか、エビとか、ホタテとか、真々子の家ではお正月にしか食べられないものばかりだからね。気持ちはわかるよ。
鉄平と抱介は、相も変わらずバカでかいおにぎりをほおばりながら、幸せそうにもぐもぐしている真々子を平和そうに眺めている。二人とも、バカじゃないの。
「トコちゃんもたまには一緒に食べようよ。こっちにおいでよ」
お弁当から顔を上げて真々子がわたしを誘った。
「おう。おまえも来いよ。なんでいつもそっちなんだよ」
わたしは返事をしない。知らんふりして自分の席でお弁当を食べる。これは中学の時からの決まり事だ。一緒にお弁当を食べないことで、自分としては一線を引いるつもりだ。ベタベタした付き合いが嫌いなのだ。
わたしが無視しているものだから、抱介もわたしにかまわなくなった。そんな感じで、いつの間にか抱介は、真々子と鉄平の隙間にちゃっかり馴染んでしまった。
そんなこんなで、三ツ星高校の学校生活にも慣れ、順調に一学期が終わって夏休みになった。と、いいたいところだけど、わたしは、この、下から三番目のレベルの低いガラの悪い高校をだいぶ舐めていたようだ。
100点以下をとったら転校させますからねとお母さんが釘をさし、わたしも、そんな条件でいいのなら楽勝だぜと喜んでいたが、いくらレベルが低いといっても公立は公立で、テストの内容までレベルが低いわけではなく、低いのは平均点であって、100点をとるのは別物だった。
いつもは100点取れていても、たまには89点ということもあったりして、それを、いくらお母さんに、平均点は13点だったんだよ、と言い訳しても89点にかわりはなく、つまり、テストのレベルがそれほど高かったのだと言い逃れしても通用しなくて、塾の夏期講習に行かされるはめになってしまった。
真々子は真々子で、高校生になったらアルバイトができるから、さっそく駅前のハンバーガーショップにもぐりこんで、「いらっしゃああああいませええええ」と元気いっぱいだった。
真々子の場合は、真々子のお母さんを少しでも助けたいという思いがあってのアルバイトなんだけど、接客するカウンターから顔だけ出ているところは、やはり面白い。小さすぎるだろ、真々子。
真々子がマックでバイトしはじめたら、小学生男子と中学生男子と高校生男子の客が増えたとかいう噂は、本当かどうか知らないが、その男子の中に鉄平がいたことは間違いない。
わたしは学習塾だったけど、鉄平は真々子がバイトしている店に塾代わりに通って、お腹がすいたらハンバーガーを食べ、喉が渇いたらソフトドリンクを飲み、真々子がバイトしているあいだ勉強していた。
だが、目ざわりなのは、そこに抱介が参入していたことだ。抱介は、あのお母さんの息子だけあって、やっぱり頭が良かった。鉄平と張り合えるぐらい頭がいい。でも、性格は真々子寄りで、することの予測がつかない。勉強に飽きると、女子中学生のグループに声をかけてキャアキャアふざけたり、小学生の女の子たちをからかったりして遊んでいた。
そんなわけで鉄平と抱介は真々子の帰る時間まで店に居座っていて、「おまたせえ、鉄平。帰ろうか」と、真々子が着替えて鉄平にいえば、「おう。帰るか」と、腰を上げるのが抱介で、鉄平は無言で真々子の手を握って店を出る。
外はいい感じに夕暮れて、風は生ぬるいけど、風に吹かれて髪が乱れれば心地よく、三人横並びで歩道を塞いで、知らないおじさんに怒られたりしながら、駅前から70メートルほど歩いたところにある銀行横の、塾が入っている三階建てのビルまでくる。
「トコちゃん。お疲れえ」
わたしが階段を降りていくと、真々子がそういって手を振る。わたしと真々子が並んで歩き、その後ろを鉄平と抱介が並んで歩く。駅前は、そろそろ帰宅する会社員の人たちが増えはじめ、バス停に直行するのはサラリーマンで、大型スーパーに直行するのは働いるおばさんたちだ。
駅前の雑踏を楽しみながら歩いていると完全に日が暮れて、わたしたちの家はもうすぐだ。
アパートの前で真々子が「またあしたねえ」と手をふり、マンションの前でわたしが、「じゃあ」と手を振り、鉄平と抱介が同じ家に帰って行く。
わたしたちは、同じ高校で、高校生という共通点で繋がっている。高校を卒業したら、わたしたちはバラバラになってしまうのだろうか。そんな不安が一瞬胸をよぎる。でも、そんなのは、先の話だ。まだ、高校生活は始まったばかりだから。
そんなふうに自分を納得させたけど、かすかな不安は小さな棘のように心に残ったのだった。